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「レーン様! レーン様! 真の賢者、万歳!」
王都の大通りを埋め尽くした国民たちの歓声が、空を揺らさんばかりに響いている。
「……五分。予定より五分遅れているわ。この『パレード』という名の低速移動、何の生産性があるのかしら」
豪華なオープン馬車の中で、レーンは眉間を指で押さえながら溜息をついた。
「お嬢様、そんな怖い顔をしないでください。
国民の皆さんは、偽聖女を暴いてくださったお嬢様に感謝しているんですよ」
隣でアンが苦笑しながら、民衆に手を振るよう促す。
「感謝なら、税金を滞りなく納めるという形で見せてほしいわ。
大声で叫ぶことで消費される酸素と、仕事の手を止めてここに集まる人件費の損失。
王国全体の今日の経済損失額を計算するだけで、私の頭痛が加速するわね」
「レーン様! 見てください、あちらの看板!
『効率の女神、降臨!』と書かれていますわ! 私もあそこに自分の名前を書き加えたいですわ!」
反対側の席で、シャロンが窓から身を乗り出して興奮している。
「シャロン、身を乗り出すのは空気抵抗を増やすだけよ。座りなさい」
「はい! 直ちに空気抵抗をゼロにしますわ!」
馬車がようやく王宮の正門をくぐり、謁見の間へと辿り着く。
そこでは、国王をはじめとする全閣僚が、首を長くして……あるいは首をすくめて待っていた。
「レーン嬢! よくぞ、よくぞ戻ってくれた!」
国王は玉座から立ち上がり、今にも駆け寄らんばかりの勢いだが、レーンはスッと片手を挙げて制した。
「陛下、動かないでください。
今のあなたの急激な重心移動は、昨日痛めたはずの第三腰椎にさらなる負荷をかけます。
座ったまま、三秒以内に用件を述べてください」
「あ、ああ……。すまぬ。
その、君を悪役令嬢などと呼び、失踪に追い込んだ我が国の不手際を詫びたい。
そして、この国の全実務の指揮権を君に……」
「謝罪の言葉は、私の提示した契約書の署名という形で受け取ります。
陛下、その右手に持っているペンを使いなさい。
インクの残量が少ないから、一気に書き上げないと掠れるわよ」
国王は、娘のような年齢のレーンに圧倒され、震える手で『王国管理最適化計画』に署名した。
「……よし。これでこの国は、私の管理下に入ったわ。
殿下、ぼーっと突っ立っていないで。
あなたの最初の仕事は、先ほどのパレードで散らばった紙吹雪の回収コストを算出することよ」
アリスティードは苦笑しながら、レーンの側に歩み寄った。
「レーン。まずは『お帰りなさい』と言わせてくれないか。
君が戻ってきたことで、この王宮にようやく……『正解』が戻ってきた気がするんだ」
「『正解』ではなく『最適解』よ。
……それより殿下。署名が終わったのなら、一分一秒でも早く執務室へ向かうわ。
私がいない間に溜まった未決済書類、三千件ではなく五千件に増えているそうじゃない」
「な……五千!? 誰だ、そんなに溜めたのは!」
「あなたを含めた全員の無能さの積み重ねよ。
さあ、行くわよ。シャロン、アン!
今日の就寝時間までに、三千件を片付けるわよ。移動は全力疾走(爆速)よ!」
「はい、レーン様! 足の筋肉が千切れるまで並走いたしますわ!」
レーンは、重々しいドレスの裾を少しだけ持ち上げると、王宮の廊下をかつてない速度で駆け抜けていった。
その背中を見守る文官たちは、彼女の帰還を喜びつつも、
これから始まる「一切のサボりが許されない地獄の効率化」に、戦慄を覚えずにはいられなかった。
「……あぁ、レーン。君はやっぱり、世界で一番美しく、そして一番恐ろしい計算機だ」
アリスティードはそう呟くと、彼女が作り出す「完璧な王国」の歯車になるべく、
自身もまた、爆速で走り出したのである。
王都の大通りを埋め尽くした国民たちの歓声が、空を揺らさんばかりに響いている。
「……五分。予定より五分遅れているわ。この『パレード』という名の低速移動、何の生産性があるのかしら」
豪華なオープン馬車の中で、レーンは眉間を指で押さえながら溜息をついた。
「お嬢様、そんな怖い顔をしないでください。
国民の皆さんは、偽聖女を暴いてくださったお嬢様に感謝しているんですよ」
隣でアンが苦笑しながら、民衆に手を振るよう促す。
「感謝なら、税金を滞りなく納めるという形で見せてほしいわ。
大声で叫ぶことで消費される酸素と、仕事の手を止めてここに集まる人件費の損失。
王国全体の今日の経済損失額を計算するだけで、私の頭痛が加速するわね」
「レーン様! 見てください、あちらの看板!
『効率の女神、降臨!』と書かれていますわ! 私もあそこに自分の名前を書き加えたいですわ!」
反対側の席で、シャロンが窓から身を乗り出して興奮している。
「シャロン、身を乗り出すのは空気抵抗を増やすだけよ。座りなさい」
「はい! 直ちに空気抵抗をゼロにしますわ!」
馬車がようやく王宮の正門をくぐり、謁見の間へと辿り着く。
そこでは、国王をはじめとする全閣僚が、首を長くして……あるいは首をすくめて待っていた。
「レーン嬢! よくぞ、よくぞ戻ってくれた!」
国王は玉座から立ち上がり、今にも駆け寄らんばかりの勢いだが、レーンはスッと片手を挙げて制した。
「陛下、動かないでください。
今のあなたの急激な重心移動は、昨日痛めたはずの第三腰椎にさらなる負荷をかけます。
座ったまま、三秒以内に用件を述べてください」
「あ、ああ……。すまぬ。
その、君を悪役令嬢などと呼び、失踪に追い込んだ我が国の不手際を詫びたい。
そして、この国の全実務の指揮権を君に……」
「謝罪の言葉は、私の提示した契約書の署名という形で受け取ります。
陛下、その右手に持っているペンを使いなさい。
インクの残量が少ないから、一気に書き上げないと掠れるわよ」
国王は、娘のような年齢のレーンに圧倒され、震える手で『王国管理最適化計画』に署名した。
「……よし。これでこの国は、私の管理下に入ったわ。
殿下、ぼーっと突っ立っていないで。
あなたの最初の仕事は、先ほどのパレードで散らばった紙吹雪の回収コストを算出することよ」
アリスティードは苦笑しながら、レーンの側に歩み寄った。
「レーン。まずは『お帰りなさい』と言わせてくれないか。
君が戻ってきたことで、この王宮にようやく……『正解』が戻ってきた気がするんだ」
「『正解』ではなく『最適解』よ。
……それより殿下。署名が終わったのなら、一分一秒でも早く執務室へ向かうわ。
私がいない間に溜まった未決済書類、三千件ではなく五千件に増えているそうじゃない」
「な……五千!? 誰だ、そんなに溜めたのは!」
「あなたを含めた全員の無能さの積み重ねよ。
さあ、行くわよ。シャロン、アン!
今日の就寝時間までに、三千件を片付けるわよ。移動は全力疾走(爆速)よ!」
「はい、レーン様! 足の筋肉が千切れるまで並走いたしますわ!」
レーンは、重々しいドレスの裾を少しだけ持ち上げると、王宮の廊下をかつてない速度で駆け抜けていった。
その背中を見守る文官たちは、彼女の帰還を喜びつつも、
これから始まる「一切のサボりが許されない地獄の効率化」に、戦慄を覚えずにはいられなかった。
「……あぁ、レーン。君はやっぱり、世界で一番美しく、そして一番恐ろしい計算機だ」
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