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「……四千九百九十九、五千。完了。予定より三分十二秒、前倒しね」
深夜の執務室。レーンは羽ペンを置くと、凝り固まった首を一度だけ鳴らした。
「……終わった。本当に、あの山のような書類が、一夜で消えた……」
アリスティードは、インクで汚れた手を見つめながら、感動と疲労の入り混じった声を出す。
「感動している暇があるなら、机の上を片付けなさい、殿下。
散らかった環境は、明日の作業開始時の集中力を三パーセント低下させるわ」
「わかった、すぐにやる。……ところで、レーン。少し、真面目な話をしてもいいか?」
「真面目な話? 今まで不真面目な話をしていたつもりはないけれど。
一分以内で要件をまとめなさい。私の睡眠スケジュールに食い込むわ」
アリスティードは椅子を引き、レーンの正面に座り直した。
「あの日……卒業パーティーの夜に私がやろうとしていた『婚約破棄』のことだ」
「……あぁ、あの非効率な儀式のことね。
既に私の頭の中では受理済みよ。今更、蒸し返す必要性を感じないわ」
「いや、形式上はまだ、私たちは婚約者のままだ。
だが、今のままではいけないと思うんだ。
君を『家同士の契約』という古い鎖で縛り続けるのは、君の知性に対する侮辱だ」
レーンは少し意外そうに、アリスティードを見つめた。
「あら。あなたにしては、論理的な意見ね。
確かに、現在の婚約契約書には『王太子妃は社交を第一の義務とする』という、
今の私の業務内容とは著しく矛盾する条項が含まれているわ」
「だから、本当の意味で……あの日の続きをしよう。
レーン・ド・ヴァレリー。私、アリスティード・フォン・リディアルは、君との古い婚約を破棄する!」
アリスティードが宣言すると、部屋の隅で居眠りをしかけていたシャロンが飛び起きた。
「はっ! ついに来ましたわね!
レーン様を自由にするための、爆速の絶縁状! 私、証人としてサインいたしますわ!」
「シャロン、あなたは黙っていなさい。
……殿下。婚約を破棄して、その後はどうするつもり?
私というリソースを手放せば、王国の運営効率が致命的に低下するのは理解しているわね?」
「手放すつもりはない。……契約の『更新』をしたいんだ」
アリスティードは懐から、一枚の新しい羊皮紙を取り出した。
そこには、彼が必死に考えたであろう拙い、しかし真剣な文字が並んでいた。
「これは……『王立国家最高経営責任者・兼・共同統治契約書』?」
レーンが読み上げると、アリスティードは少し照れ臭そうに頷いた。
「君を『王太子妃』という枠に押し込めるのはやめる。
君はこの国の実務の頂点に立ち、私はそれを守る剣となり、君が描く理想を国民に伝える拡声器になる。
愛だの恋だのという不確かな言葉ではなく……この『契約』で、君と結ばれたいんだ」
レーンは書類を隅々まで精査した。
「……第十五条。『公務終了後、一日に一度、アリスティードはレーンの頭を撫で、その日の功績を称えるものとする。これは精神衛生上のメンテナンスとして定義する』。
……殿下。この条項、明らかに個人的な願望が混じっているわね」
「必要なメンテナンスだ。……ダメか?」
レーンはフンと鼻を鳴らした。
「……精神的な安定が作業効率に寄与するのは事実よ。
論理的な妥当性は、認めなくもないわね」
「じゃあ……!」
「いいわ。旧来の非効率な婚約は、今この瞬間をもって破棄。
そして、この『合理的パートナーシップ契約』を締結しましょう。
……ただし、殿下。第十五条の実行時間は、三秒以内に収めること。それ以上は、単なる『甘え』よ」
「……あぁ、交渉成立だ!」
アリスティードが嬉しそうにペンを握る。
「おめでとうございます、レーン様!
これで晴れて、法的にも『効率の女王』ですわ! 私、お祝いに王宮の全在庫を棚卸ししてきますわ!」
「シャロン、それはお祝いではなくただの業務よ」
窓の外では、新しい時代の夜明けを予感させるような、澄んだ月光が差し込んでいた。
「婚約破棄」という名の、過去との決別。
それは二人の関係が、感情という名の迷路を抜け、
「完璧な王国」を築くための最強の歯車として噛み合った瞬間だった。
深夜の執務室。レーンは羽ペンを置くと、凝り固まった首を一度だけ鳴らした。
「……終わった。本当に、あの山のような書類が、一夜で消えた……」
アリスティードは、インクで汚れた手を見つめながら、感動と疲労の入り混じった声を出す。
「感動している暇があるなら、机の上を片付けなさい、殿下。
散らかった環境は、明日の作業開始時の集中力を三パーセント低下させるわ」
「わかった、すぐにやる。……ところで、レーン。少し、真面目な話をしてもいいか?」
「真面目な話? 今まで不真面目な話をしていたつもりはないけれど。
一分以内で要件をまとめなさい。私の睡眠スケジュールに食い込むわ」
アリスティードは椅子を引き、レーンの正面に座り直した。
「あの日……卒業パーティーの夜に私がやろうとしていた『婚約破棄』のことだ」
「……あぁ、あの非効率な儀式のことね。
既に私の頭の中では受理済みよ。今更、蒸し返す必要性を感じないわ」
「いや、形式上はまだ、私たちは婚約者のままだ。
だが、今のままではいけないと思うんだ。
君を『家同士の契約』という古い鎖で縛り続けるのは、君の知性に対する侮辱だ」
レーンは少し意外そうに、アリスティードを見つめた。
「あら。あなたにしては、論理的な意見ね。
確かに、現在の婚約契約書には『王太子妃は社交を第一の義務とする』という、
今の私の業務内容とは著しく矛盾する条項が含まれているわ」
「だから、本当の意味で……あの日の続きをしよう。
レーン・ド・ヴァレリー。私、アリスティード・フォン・リディアルは、君との古い婚約を破棄する!」
アリスティードが宣言すると、部屋の隅で居眠りをしかけていたシャロンが飛び起きた。
「はっ! ついに来ましたわね!
レーン様を自由にするための、爆速の絶縁状! 私、証人としてサインいたしますわ!」
「シャロン、あなたは黙っていなさい。
……殿下。婚約を破棄して、その後はどうするつもり?
私というリソースを手放せば、王国の運営効率が致命的に低下するのは理解しているわね?」
「手放すつもりはない。……契約の『更新』をしたいんだ」
アリスティードは懐から、一枚の新しい羊皮紙を取り出した。
そこには、彼が必死に考えたであろう拙い、しかし真剣な文字が並んでいた。
「これは……『王立国家最高経営責任者・兼・共同統治契約書』?」
レーンが読み上げると、アリスティードは少し照れ臭そうに頷いた。
「君を『王太子妃』という枠に押し込めるのはやめる。
君はこの国の実務の頂点に立ち、私はそれを守る剣となり、君が描く理想を国民に伝える拡声器になる。
愛だの恋だのという不確かな言葉ではなく……この『契約』で、君と結ばれたいんだ」
レーンは書類を隅々まで精査した。
「……第十五条。『公務終了後、一日に一度、アリスティードはレーンの頭を撫で、その日の功績を称えるものとする。これは精神衛生上のメンテナンスとして定義する』。
……殿下。この条項、明らかに個人的な願望が混じっているわね」
「必要なメンテナンスだ。……ダメか?」
レーンはフンと鼻を鳴らした。
「……精神的な安定が作業効率に寄与するのは事実よ。
論理的な妥当性は、認めなくもないわね」
「じゃあ……!」
「いいわ。旧来の非効率な婚約は、今この瞬間をもって破棄。
そして、この『合理的パートナーシップ契約』を締結しましょう。
……ただし、殿下。第十五条の実行時間は、三秒以内に収めること。それ以上は、単なる『甘え』よ」
「……あぁ、交渉成立だ!」
アリスティードが嬉しそうにペンを握る。
「おめでとうございます、レーン様!
これで晴れて、法的にも『効率の女王』ですわ! 私、お祝いに王宮の全在庫を棚卸ししてきますわ!」
「シャロン、それはお祝いではなくただの業務よ」
窓の外では、新しい時代の夜明けを予感させるような、澄んだ月光が差し込んでいた。
「婚約破棄」という名の、過去との決別。
それは二人の関係が、感情という名の迷路を抜け、
「完璧な王国」を築くための最強の歯車として噛み合った瞬間だった。
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