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「……殿下。この赤い植物の集合体は、一体どのような意図で私の机に配置されたのかしら」
翌朝、執務室に入るなり、レーンは机の上に鎮座する巨大な薔薇の花束を見て足を止めた。
「おはよう、レーン。それは見ての通り、君への……その、新しい契約の締結を祝したプレゼントだ」
アリスティードが、少し頬を染めながら爽やかに微笑む。
「プレゼント?
……理解に苦しむわ。この薔薇、合計で九十九本あるわね。
一本当たりの市場価格と、輸送コスト、そしてトゲを抜くための人件費を計算すると、一回のディナー一週間分に相当するわ。
それに、植物は二酸化炭素を吸収するけれど、切り花の状態ではその機能は著しく低下する。
ただ場所を占拠し、私の視界を三割遮るだけの『赤い障害物』だわ」
「……障害物。いや、情熱的な愛の象徴というか、そういう……」
「愛の象徴?
花言葉という非科学的な根拠に基づいて、植物の死骸を贈ることに、どのような合理性があるの?
もし私の精神的安定を狙っているなら、同じ予算で『高性能な集計用そろばん』を贈る方が、よっぽど私のドーパミンを分泌させるわ」
アリスティードはガクッと肩を落とした。
「レーン様! 素晴らしい分析ですわ!」
そこへ、背後からシャロンが飛び出してきた。
「殿下! あなたはまだ分かっていらっしゃらない!
レーン様が仰りたいのは、『生花は数日で枯れる=持続性のない投資』だということですわ!
愛を誓うなら、永久に摩耗しないダイヤモンド、あるいはさらに効率的な『王宮の終身雇用権』を提示すべきですわ!」
「シャロン、極論を言うな。……レーン、せめて花瓶に……」
「不要よ。アン、この薔薇を回収して。
花弁を乾燥させてポプリにすれば、執務室の防虫効果に寄与するわ。
茎は堆肥として裏庭の菜園へ。一滴の養分も無駄にせず再利用(リサイクル)しなさい」
「……はい、お嬢様。……殿下、ドンマイです」
アンが憐れみの目を向けながら、山のような薔薇を運び出していった。
その日の昼食時。アリスティードは次なる作戦に出た。
「レーン、今日は趣向を変えて、中庭のガゼボで食事をしないか?
最高のシェフに、君の好きな……効率的な高タンパクメニューを用意させたんだ」
「中庭?
執務室からガゼボまでの往復移動時間は、早歩きで二分三十秒。
そこから食事の運搬にかかるロスと、風による料理の温度低下……。
さらに、屋外では虫の乱入による集中力の阻害リスクが四割増しになるわ。
……殿下、あなたは私に、食事という名の『苦行』を強いるつもりかしら?」
「く、苦行!? いや、たまには外の空気を吸ってリフレッシュした方が、午後の作業効率が上がると思って……」
「リフレッシュ?
私の脳は、整然と並んだ数字を見ることで最もリフレッシュされるの。
大気中の酸素濃度を気にするなら、換気扇を最新の魔導式に替える方がよっぽど安上がりだわ。
却下よ。食事はここで、最短ルートで済ませるわ」
アリスティードは、用意していた「ロマンチックなピクニックセット」を虚しく見つめた。
「殿下! レーン様の仰る通りですわ!」
シャロンがまたしても割り込む。
「『食事は燃料補給』。レーン様のこの教えを忘れたのですか?
風景を楽しむなど、眼球の運動エネルギーの無駄遣い!
我々は咀嚼と嚥下に全ての演算リソースを割くべきなのですわ!」
「シャロン、お前、さっきから私の邪魔をしていないか?」
「失礼な! 私はレーン様の高尚な理論を、無能な殿下にも分かるように翻訳しているだけですわ!」
午後。ついにアリスティードは、最後の切り札を取り出した。
それは、宝石店から取り寄せた、最高級のサファイアの指輪だった。
「レーン。これだけは受け取ってほしい。
君の瞳と同じ色のサファイアだ。……契約の証として」
レーンは指輪を手に取り、窓からの光に透かしてじっと見つめた。
「……なるほど。モース硬度9、屈折率は1.76。
不純物が極めて少なく、分子構造が安定しているわね」
「気に入ってくれたか?」
アリスティードが期待に目を輝かせる。
「ええ。このサファイアの裏面を、特殊な角度でカットして魔導回路を彫り込めば……
非常に高精度の『レーザー照射器』として機能するわ」
「……レーザー?」
「そうよ。これがあれば、遠くの壁に設置した黒板の文字を、立ち上がらずに指し示すことができる。
私の移動コストをさらに削減できる、最高の『指示ツール』だわ!
殿下、素晴らしいわ。あなたがこれほどまでに応用性の高い備品を選んでくれるなんて」
レーンは嬉しそうに、指輪をはめた手を動かしてシミュレーションを始めた。
「……あぁ、そうか。……ツールか。……便利だよな……」
アリスティードは、ついに魂が口から抜け出したような顔で椅子に崩れ落ちた。
「レーン様! さすがですわ!
装飾品を実用品へと昇華させるそのセンス!
宝石すらも効率の奴隷にする……あぁ、しびれますわ!」
「シャロン、騒がしいわよ。さあ、この指輪の焦点距離を計算するわよ。
殿下、あちらの隅に立って、ターゲットになってちょうだい。
あなたの額の真ん中を狙って、照射テストを行うわ」
「……あぁ、撃ってくれ。……私のこの、不器用な恋心と一緒に撃ち抜いてくれ……」
勘違いの連鎖は、止まるところを知らない。
アリスティードの「愛の猛攻」は、レーンの「効率化フィルター」を通過するたびに、
冷徹で便利な「システム改善案」へと変換されていくのだった。
アンは、壁際でそっと胸元で十字を切った。
「……お嬢様。多分、殿下は泣いていいと思いますよ」
翌朝、執務室に入るなり、レーンは机の上に鎮座する巨大な薔薇の花束を見て足を止めた。
「おはよう、レーン。それは見ての通り、君への……その、新しい契約の締結を祝したプレゼントだ」
アリスティードが、少し頬を染めながら爽やかに微笑む。
「プレゼント?
……理解に苦しむわ。この薔薇、合計で九十九本あるわね。
一本当たりの市場価格と、輸送コスト、そしてトゲを抜くための人件費を計算すると、一回のディナー一週間分に相当するわ。
それに、植物は二酸化炭素を吸収するけれど、切り花の状態ではその機能は著しく低下する。
ただ場所を占拠し、私の視界を三割遮るだけの『赤い障害物』だわ」
「……障害物。いや、情熱的な愛の象徴というか、そういう……」
「愛の象徴?
花言葉という非科学的な根拠に基づいて、植物の死骸を贈ることに、どのような合理性があるの?
もし私の精神的安定を狙っているなら、同じ予算で『高性能な集計用そろばん』を贈る方が、よっぽど私のドーパミンを分泌させるわ」
アリスティードはガクッと肩を落とした。
「レーン様! 素晴らしい分析ですわ!」
そこへ、背後からシャロンが飛び出してきた。
「殿下! あなたはまだ分かっていらっしゃらない!
レーン様が仰りたいのは、『生花は数日で枯れる=持続性のない投資』だということですわ!
愛を誓うなら、永久に摩耗しないダイヤモンド、あるいはさらに効率的な『王宮の終身雇用権』を提示すべきですわ!」
「シャロン、極論を言うな。……レーン、せめて花瓶に……」
「不要よ。アン、この薔薇を回収して。
花弁を乾燥させてポプリにすれば、執務室の防虫効果に寄与するわ。
茎は堆肥として裏庭の菜園へ。一滴の養分も無駄にせず再利用(リサイクル)しなさい」
「……はい、お嬢様。……殿下、ドンマイです」
アンが憐れみの目を向けながら、山のような薔薇を運び出していった。
その日の昼食時。アリスティードは次なる作戦に出た。
「レーン、今日は趣向を変えて、中庭のガゼボで食事をしないか?
最高のシェフに、君の好きな……効率的な高タンパクメニューを用意させたんだ」
「中庭?
執務室からガゼボまでの往復移動時間は、早歩きで二分三十秒。
そこから食事の運搬にかかるロスと、風による料理の温度低下……。
さらに、屋外では虫の乱入による集中力の阻害リスクが四割増しになるわ。
……殿下、あなたは私に、食事という名の『苦行』を強いるつもりかしら?」
「く、苦行!? いや、たまには外の空気を吸ってリフレッシュした方が、午後の作業効率が上がると思って……」
「リフレッシュ?
私の脳は、整然と並んだ数字を見ることで最もリフレッシュされるの。
大気中の酸素濃度を気にするなら、換気扇を最新の魔導式に替える方がよっぽど安上がりだわ。
却下よ。食事はここで、最短ルートで済ませるわ」
アリスティードは、用意していた「ロマンチックなピクニックセット」を虚しく見つめた。
「殿下! レーン様の仰る通りですわ!」
シャロンがまたしても割り込む。
「『食事は燃料補給』。レーン様のこの教えを忘れたのですか?
風景を楽しむなど、眼球の運動エネルギーの無駄遣い!
我々は咀嚼と嚥下に全ての演算リソースを割くべきなのですわ!」
「シャロン、お前、さっきから私の邪魔をしていないか?」
「失礼な! 私はレーン様の高尚な理論を、無能な殿下にも分かるように翻訳しているだけですわ!」
午後。ついにアリスティードは、最後の切り札を取り出した。
それは、宝石店から取り寄せた、最高級のサファイアの指輪だった。
「レーン。これだけは受け取ってほしい。
君の瞳と同じ色のサファイアだ。……契約の証として」
レーンは指輪を手に取り、窓からの光に透かしてじっと見つめた。
「……なるほど。モース硬度9、屈折率は1.76。
不純物が極めて少なく、分子構造が安定しているわね」
「気に入ってくれたか?」
アリスティードが期待に目を輝かせる。
「ええ。このサファイアの裏面を、特殊な角度でカットして魔導回路を彫り込めば……
非常に高精度の『レーザー照射器』として機能するわ」
「……レーザー?」
「そうよ。これがあれば、遠くの壁に設置した黒板の文字を、立ち上がらずに指し示すことができる。
私の移動コストをさらに削減できる、最高の『指示ツール』だわ!
殿下、素晴らしいわ。あなたがこれほどまでに応用性の高い備品を選んでくれるなんて」
レーンは嬉しそうに、指輪をはめた手を動かしてシミュレーションを始めた。
「……あぁ、そうか。……ツールか。……便利だよな……」
アリスティードは、ついに魂が口から抜け出したような顔で椅子に崩れ落ちた。
「レーン様! さすがですわ!
装飾品を実用品へと昇華させるそのセンス!
宝石すらも効率の奴隷にする……あぁ、しびれますわ!」
「シャロン、騒がしいわよ。さあ、この指輪の焦点距離を計算するわよ。
殿下、あちらの隅に立って、ターゲットになってちょうだい。
あなたの額の真ん中を狙って、照射テストを行うわ」
「……あぁ、撃ってくれ。……私のこの、不器用な恋心と一緒に撃ち抜いてくれ……」
勘違いの連鎖は、止まるところを知らない。
アリスティードの「愛の猛攻」は、レーンの「効率化フィルター」を通過するたびに、
冷徹で便利な「システム改善案」へと変換されていくのだった。
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