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「……エーミール。なんだ、あれは」
グライフェン邸のテラス。
そこから見下ろす城下町の景色は、この数ヶ月で劇変していた。
以前は寂れたシャッター商店街(のような雰囲気)だったメインストリートは、今や人でごった返している。
色とりどりの屋台が並び、観光馬車が行き交い、活気ある声がここまで響いてくる。
それはいい。
領地が豊かになるのは喜ばしいことだ。
だが、レオニード様が震える指で差しているのは、街の中央広場に新しく設置された『あるモノ』だった。
「あれは……俺か?」
「はい。領民有志が寄贈してくれた、あなたの銅像です」
私は紅茶を飲みながら、満足げに頷いた。
広場の中央にそびえ立つ、高さ3メートルの金色の像。
モデルはもちろん、レオニード様だ。
ただし、ポーズが独特である。
上半身は裸で、両腕を頭の後ろで組み、腹筋を強調する『アブドミナル・アンド・サイ』のポーズをとっている。
台座にはこう刻まれている。
『守護神レオニード ~筋肉は裏切らない~』
「……恥ずかしい。死にたい」
レオニード様が手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
「なぜ脱がせたんだ……。なぜあのポーズなんだ……」
「あら、芸術的ではありませんか。あなたの腹直筋の溝(カット)まで忠実に再現されていますよ」
「再現しなくていい! あんなものが広場にあったら、子供が泣くぞ!」
「いいえ、見てください」
私が指差すと、銅像の周りには人だかりができていた。
観光客たちが銅像の前で同じポーズをとり、記念撮影(魔法絵画)をしている。
「『キャー! これがあの伝説の筋肉像ね!』」
「『触ると健康になるらしいぞ! ご利益、ご利益!』」
「『拝んでおこう。受験に受かりますように(なぜか)』」
大人気である。
レオニード様は信じられないものを見る目で、その光景を凝視している。
「……拝まれている……」
「ええ。今やグライフェン領は、大陸有数の観光スポットになりましたから」
私はギルバートから渡された『月次報告書』を開いた。
「『氷屑石(フローズン・ティア)』の売上は右肩上がり。新作の『冷感枕』も完売。そして……」
私はニヤリと笑った。
「先月オープンした『グライフェン温泉郷』。これが大当たりですわ」
裏山に掘り当てた温泉は、瞬く間に口コミで広がった。
『魔公爵の隠し湯』という中二病心をくすぐるネーミングと、『美肌と筋肉疲労回復』という効能が、王都の疲れ切った貴族たちに刺さったのだ。
今では、予約一ヶ月待ちの人気リゾートとなっている。
「おかげで、街の宿屋もレストランも大繁盛。税収は去年の十倍になりました」
「じゅ、十倍……」
「はい。これで、借金(屋敷の修繕費など)は完済。これからは黒字経営です」
私は報告書をパタンと閉じた。
「レオニード様。あなたはもう『貧乏な辺境伯』ではありません。『富豪のマッスル領主』です」
「……マッスル領主という呼び名は、なんとかならんのか」
レオニード様は溜息をつきつつも、その表情は安堵していた。
「だが……そうか。領民たちが、飯を食えるようになったなら……俺が笑い者になるくらい、安いものだ」
「笑い者ではありませんよ。……愛されているのです」
私は立ち上がり、テラスの手すりに寄りかかった。
「見てください。みんな、笑顔でしょう?」
かつては「呪われた土地」と忌み嫌われ、うつむいて歩いていた人々。
それが今では、活気に満ち、笑い声が絶えない。
その中心にいるのは、間違いなくレオニード様だ。
「……エーミール」
レオニード様が私の隣に並ぶ。
「お前は……魔法使いなのかもしれないな」
「魔法?」
「ああ。俺が何年も変えられなかったこの景色を……たった数ヶ月で、こんなに明るいものに変えてしまった」
彼は愛おしそうに街を見下ろし、それから私を見た。
「俺の人生もだ。……お前が来てから、世界が色づいた」
「……ふふ」
私は照れ隠しに、彼の厚い胸板をツンと突いた。
「魔法ではありません。……『経営戦略』と『愛』ですわ」
「愛、か」
「ええ。この街には、私が愛するものが詰まっていますから」
あなたの筋肉、美味しい野菜、綺麗な宝石、そして温泉。
これらを組み合わせて「売れる形」にしただけだ。
「……奥様!」
良い雰囲気になりかけたところで、またしても邪魔が入った。
今度は、商業ギルドの代表者だ。
息を切らしてテラスに駆け上がってくる。
「た、大変です! 観光客が増えすぎて、『マッスル饅頭』の在庫が切れました!」
「マッスル饅頭?」
レオニード様が眉をひそめる。
「はい、お土産の新商品です。あなたの胸筋の形をした蒸しパンの中に、プロテイン入りの餡が入っています」
「……なんだそれは」
「増産体制はどうなっているの!?」
「工場もフル稼働ですが、追いつきません! さらに、『レオニード様抱き枕』の予約注文が殺到して、縫製工場がパンク寸前です!」
「だ、抱き枕ぁぁぁ!?」
レオニード様が絶叫した。
「いつの間にそんな恥ずかしい商品を!?」
「需要があるところに供給するのがビジネスです! ……ギルド長、隣町の工場にも外注を出しなさい! 機会損失は許しませんわよ!」
「は、はいっ! 一生ついていきます、女帝様!」
ギルド長が走り去っていく。
レオニード様はげっそりとした顔で私を見た。
「……エーミール。俺のプライバシー権と肖像権は、どうなっているんだ」
「契約書第5条『甲の肖像は、乙が自由に商業利用できるものとする』に基づき、私の管理下にあります」
「……そんな条項、あったか?」
「小さく書いておきました」
私は悪戯っぽく舌を出した。
「諦めてください、旦那様。あなたはもう、この領地の『マスコットキャラクター』なのですから」
「マスコット……。熊の方がまだマシだったかもしれん」
彼はガックリと項垂れたが、すぐに顔を上げた。
「……まあ、いい。お前が楽しそうなら、俺は抱き枕にでも饅頭にでもなろう」
「あら、素敵な覚悟」
「その代わり」
レオニード様は、不敵な笑みを浮かべて私に近づいた。
その瞳が、獲物を狙う獣のように光る。
「……今夜は、俺の実物(・・)の『抱き心地』を、たっぷりと確認してもらうぞ?」
「……っ!?」
ドキン。
心臓が跳ねた。
最近、この人はこういう「返し技」を覚えてしまった。
私のビジネスライクな攻撃を、甘いカウンターで返してくるのだ。
「……の、望むところですわ。商品の品質チェックは、責任者の義務ですから」
「ふっ。……覚悟しておけ」
彼は私の腰を引き寄せ、耳元で囁いた。
街の喧騒。
銅像を囲む人々の笑い声。
そして、私たちの甘い攻防戦。
グライフェン領は今日も平和で、騒がしく、そして幸せに満ちていた。
……ただ一点。
この「働きすぎ」な私のスケジュールが、そろそろレオニード様の「我慢の限界」に触れようとしていることに、この時の私はまだ気づいていなかったのである。
そう、ビジネスとプライベートのバランス。
それが次なる課題だ。
グライフェン邸のテラス。
そこから見下ろす城下町の景色は、この数ヶ月で劇変していた。
以前は寂れたシャッター商店街(のような雰囲気)だったメインストリートは、今や人でごった返している。
色とりどりの屋台が並び、観光馬車が行き交い、活気ある声がここまで響いてくる。
それはいい。
領地が豊かになるのは喜ばしいことだ。
だが、レオニード様が震える指で差しているのは、街の中央広場に新しく設置された『あるモノ』だった。
「あれは……俺か?」
「はい。領民有志が寄贈してくれた、あなたの銅像です」
私は紅茶を飲みながら、満足げに頷いた。
広場の中央にそびえ立つ、高さ3メートルの金色の像。
モデルはもちろん、レオニード様だ。
ただし、ポーズが独特である。
上半身は裸で、両腕を頭の後ろで組み、腹筋を強調する『アブドミナル・アンド・サイ』のポーズをとっている。
台座にはこう刻まれている。
『守護神レオニード ~筋肉は裏切らない~』
「……恥ずかしい。死にたい」
レオニード様が手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
「なぜ脱がせたんだ……。なぜあのポーズなんだ……」
「あら、芸術的ではありませんか。あなたの腹直筋の溝(カット)まで忠実に再現されていますよ」
「再現しなくていい! あんなものが広場にあったら、子供が泣くぞ!」
「いいえ、見てください」
私が指差すと、銅像の周りには人だかりができていた。
観光客たちが銅像の前で同じポーズをとり、記念撮影(魔法絵画)をしている。
「『キャー! これがあの伝説の筋肉像ね!』」
「『触ると健康になるらしいぞ! ご利益、ご利益!』」
「『拝んでおこう。受験に受かりますように(なぜか)』」
大人気である。
レオニード様は信じられないものを見る目で、その光景を凝視している。
「……拝まれている……」
「ええ。今やグライフェン領は、大陸有数の観光スポットになりましたから」
私はギルバートから渡された『月次報告書』を開いた。
「『氷屑石(フローズン・ティア)』の売上は右肩上がり。新作の『冷感枕』も完売。そして……」
私はニヤリと笑った。
「先月オープンした『グライフェン温泉郷』。これが大当たりですわ」
裏山に掘り当てた温泉は、瞬く間に口コミで広がった。
『魔公爵の隠し湯』という中二病心をくすぐるネーミングと、『美肌と筋肉疲労回復』という効能が、王都の疲れ切った貴族たちに刺さったのだ。
今では、予約一ヶ月待ちの人気リゾートとなっている。
「おかげで、街の宿屋もレストランも大繁盛。税収は去年の十倍になりました」
「じゅ、十倍……」
「はい。これで、借金(屋敷の修繕費など)は完済。これからは黒字経営です」
私は報告書をパタンと閉じた。
「レオニード様。あなたはもう『貧乏な辺境伯』ではありません。『富豪のマッスル領主』です」
「……マッスル領主という呼び名は、なんとかならんのか」
レオニード様は溜息をつきつつも、その表情は安堵していた。
「だが……そうか。領民たちが、飯を食えるようになったなら……俺が笑い者になるくらい、安いものだ」
「笑い者ではありませんよ。……愛されているのです」
私は立ち上がり、テラスの手すりに寄りかかった。
「見てください。みんな、笑顔でしょう?」
かつては「呪われた土地」と忌み嫌われ、うつむいて歩いていた人々。
それが今では、活気に満ち、笑い声が絶えない。
その中心にいるのは、間違いなくレオニード様だ。
「……エーミール」
レオニード様が私の隣に並ぶ。
「お前は……魔法使いなのかもしれないな」
「魔法?」
「ああ。俺が何年も変えられなかったこの景色を……たった数ヶ月で、こんなに明るいものに変えてしまった」
彼は愛おしそうに街を見下ろし、それから私を見た。
「俺の人生もだ。……お前が来てから、世界が色づいた」
「……ふふ」
私は照れ隠しに、彼の厚い胸板をツンと突いた。
「魔法ではありません。……『経営戦略』と『愛』ですわ」
「愛、か」
「ええ。この街には、私が愛するものが詰まっていますから」
あなたの筋肉、美味しい野菜、綺麗な宝石、そして温泉。
これらを組み合わせて「売れる形」にしただけだ。
「……奥様!」
良い雰囲気になりかけたところで、またしても邪魔が入った。
今度は、商業ギルドの代表者だ。
息を切らしてテラスに駆け上がってくる。
「た、大変です! 観光客が増えすぎて、『マッスル饅頭』の在庫が切れました!」
「マッスル饅頭?」
レオニード様が眉をひそめる。
「はい、お土産の新商品です。あなたの胸筋の形をした蒸しパンの中に、プロテイン入りの餡が入っています」
「……なんだそれは」
「増産体制はどうなっているの!?」
「工場もフル稼働ですが、追いつきません! さらに、『レオニード様抱き枕』の予約注文が殺到して、縫製工場がパンク寸前です!」
「だ、抱き枕ぁぁぁ!?」
レオニード様が絶叫した。
「いつの間にそんな恥ずかしい商品を!?」
「需要があるところに供給するのがビジネスです! ……ギルド長、隣町の工場にも外注を出しなさい! 機会損失は許しませんわよ!」
「は、はいっ! 一生ついていきます、女帝様!」
ギルド長が走り去っていく。
レオニード様はげっそりとした顔で私を見た。
「……エーミール。俺のプライバシー権と肖像権は、どうなっているんだ」
「契約書第5条『甲の肖像は、乙が自由に商業利用できるものとする』に基づき、私の管理下にあります」
「……そんな条項、あったか?」
「小さく書いておきました」
私は悪戯っぽく舌を出した。
「諦めてください、旦那様。あなたはもう、この領地の『マスコットキャラクター』なのですから」
「マスコット……。熊の方がまだマシだったかもしれん」
彼はガックリと項垂れたが、すぐに顔を上げた。
「……まあ、いい。お前が楽しそうなら、俺は抱き枕にでも饅頭にでもなろう」
「あら、素敵な覚悟」
「その代わり」
レオニード様は、不敵な笑みを浮かべて私に近づいた。
その瞳が、獲物を狙う獣のように光る。
「……今夜は、俺の実物(・・)の『抱き心地』を、たっぷりと確認してもらうぞ?」
「……っ!?」
ドキン。
心臓が跳ねた。
最近、この人はこういう「返し技」を覚えてしまった。
私のビジネスライクな攻撃を、甘いカウンターで返してくるのだ。
「……の、望むところですわ。商品の品質チェックは、責任者の義務ですから」
「ふっ。……覚悟しておけ」
彼は私の腰を引き寄せ、耳元で囁いた。
街の喧騒。
銅像を囲む人々の笑い声。
そして、私たちの甘い攻防戦。
グライフェン領は今日も平和で、騒がしく、そして幸せに満ちていた。
……ただ一点。
この「働きすぎ」な私のスケジュールが、そろそろレオニード様の「我慢の限界」に触れようとしていることに、この時の私はまだ気づいていなかったのである。
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