悪役令嬢は婚約破棄に歓喜!

夏乃みのり

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王城のジェラルド殿下の執務室は、相変わらず冬の時代を迎えていた。


「金がない……」


ジェラルドが頭を抱えて唸る。

かつては湯水のように使えていた交際費や機密費が、底をついていたのだ。

原因は明白。

ミリューがいなくなったことで、無駄な出費をカットするストッパーが外れ、さらに彼女への慰謝料(仮払い)や、滞った公務の違約金が発生しているからだ。


「ねえ、ジェラルド様ぁ。新しいドレスが欲しいんですけどぉ」


空気を読まずに、リリナが甘ったるい声でおねだりをする。


「無理だ! 今月はもう予算がない!」


「ええーっ? ケチ臭いですぅ。王太子なのに貧乏なんて、信じられなーい」


リリナは頬を膨らませた。

彼女の思考回路は単純だ。

『王太子=お金持ち=幸せ』。

その方程式が崩れた今、彼女の計算高い脳みそ(ただし偏差値は低い)が、新たなターゲットを検索し始めた。


(ジェラルド様、もうダメかも……。顔はいいけど、お金がないなら意味ないしぃ)


リリナはチラリと窓の外を見た。


噂では、ミリューが嫁いだクライシス公爵家は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで資産を増やしているという。

しかも当主のラシード公爵は、ジェラルド様に負けない美形で、独身(正確にはまだ婚約段階)。


(……乗り換えるなら、今?)


リリナの瞳に、俗っぽい野望の炎が灯った。


(ミリュー様みたいな堅物に、公爵様は勿体ないわ。私みたいな可愛くて守ってあげたくなる女の子の方が、公爵様だってお似合いなはず!)


「ジェラルド様、私、ちょっと実家に帰ってきますぅ」


「あ? ああ、そうか。気をつけてな」


ジェラルドは書類と格闘するのに忙しく、適当に返事をした。


リリナはニヤリと笑った。

行き先は実家ではない。

目指すは、王都一番の優良物件、クライシス公爵邸だ。





「……というわけで、門の前に『自称・ミリュー様の妹分』という女性が来ておりますが」


トマスからの報告を聞き、私は計算機を叩く手を止めた。


「妹分? 私に妹はいませんが」


「桃色の髪の、小柄な女性です。『お姉様に謝りたいことがあるのぉ』と、涙ながらに訴えております」


「ああ、リリナ様ですね」


私は合点がいった。

謝罪?

あのリリナ様が?

あり得ない。

地球がひっくり返っても、彼女が自発的に謝罪などするはずがない。


「目的は別にあると推測されます。……ラシード様はどう思いますか?」


向かいのデスクで仕事をしていたラシード様が顔を上げる。


「追い返せ。時間の無駄だ」


「まあ、そう仰らずに。敵の動向を探るのもリスク管理の一環です。それに……」


私は悪戯っぽく笑った。


「彼女、いい『実験台』になるかもしれませんよ?」


「実験台?」


「ええ。我が家の使用人たちが、私の教育(業務改善)によって、どれだけ『無駄な情に流されない鉄のメンタル』を獲得したか。そのテストケースとして最適です」


ラシード様は少し考えてから、ため息をついた。


「……君がそう言うなら。ただし、私の半径三メートル以内には近づけるなよ。あの香水の匂いは頭痛がする」


「承知いたしました。トマス、お通しして」





数分後。

応接室に通されたリリナは、キョロキョロと室内を見回していた。


(へぇ~、意外と綺麗じゃない。もっと古臭い屋敷だと思ってたけど)


リリナは値踏みするように家具を見る。

どれも最高級品だ。

掃除が行き届いており、埃一つない。


(これなら合格ね。よし、まずはミリュー様を油断させて、その隙に公爵様に色目を使って……)


ガチャリ。

扉が開き、私が一人で入室した。


「ごきげんよう、リリナ様。わざわざ謝罪に来てくださるなんて、奇特なことですわね」


「あ、ミリューお姉様ぁ!」


リリナは瞬時に「可憐な妹キャラ」の仮面を被り、駆け寄ってきた。


「私、ずっと気にしてたんですぅ! 私がジェラルド様と仲良くしちゃったせいで、お姉様を追い出すことになっちゃって……。ごめんなさいぃ!」


嘘泣きだ。

涙腺のコントロールが見事だ。

目薬でも仕込んでいるのだろうか。


「謝罪は受け取りました。で、用件はそれだけですか? お帰り口はあちらですが」


私は冷たく切り返す。


「そ、そんなぁ! せっかく来たんですから、お茶くらいご馳走してくれてもいいじゃないですかぁ。……それに、公爵様にもご挨拶したいですしぃ」


本音が出た。


「ラシード様は多忙です。面会のアポイントメントは一ヶ月先まで埋まっております」


「えーっ? でもぉ、私、ジェラルド様の婚約者ですよぉ? 将来の王妃ですよぉ? 特別扱いでいいじゃないですかぁ」


リリナは上目遣いで私を見る。

この技で、彼女は数々の男を落としてきたのだろう。

だが、残念ながら私は女だし、私の目には「非効率な媚び」としか映らない。


「特別扱いは、我が家の家訓(効率化)に反します」


「むぅ……。あ! そうだ!」


リリナは何かを思いついたように手を打った。


「私、この屋敷でお手伝いしますぅ!」


「はい?」


「だってぇ、お姉様、お仕事が大変なんでしょう? 私が手伝ってあげます! こう見えても私、気配りできるんですよぉ?」


(……潜入工作、というわけですか)


分かりやすい。

内部に入り込み、ラシード様に接触する機会を狙うつもりだ。


普通なら断る。

だが、私の脳内でそろばんが弾かれた。


(リリナ様を無償労働力として使い、その無能っぷりをラシード様に見せつければ、『ミリュー以外は無理だ』という認識がより強固になる。……リスクよりもリターンが大きいですね)


私はニッコリと微笑んだ。


「素晴らしいご提案です。人手はいくらあっても困りませんから」


「えっ、本当ですかぁ?(やった! チョロいわね!)」


「では、早速働いていただきましょう。トマス!」


私は執事を呼んだ。


「リリナ様がボランティア(無給)で手伝ってくださるそうです。まずは『初級コース』の業務を割り当ててください」


「かしこまりました」


トマスは恭しく一礼し、リリナに向き直った。


「ではリリナ様、こちらへ。制服に着替えていただきます」


「えっ、制服? 可愛いやつですかぁ?」


「ええ、機能的で素晴らしい作業着です」





三十分後。


「な、なんなのよこれぇぇぇ!!」


リリナの悲鳴が、屋敷の裏庭に響き渡った。


彼女に与えられた仕事。

それは『堆肥作り』だった。


「く、臭い! 汚い! なんで私がこんなこと!」


リリナは地味な茶色の作業着に身を包み、スコップで落ち葉と生ゴミを混ぜていた。


「リリナ様、手が止まっております」


監視役のメイド(私の教育を受けた精鋭)が、無表情で指摘する。


「だってぇ! 重いんですものぉ! もっと楽な仕事ないのぉ? お茶汲みとか、公爵様の肩揉みとか!」


「お茶汲みは『温度管理検定一級』が必要です。肩揉みは『人体構造学』の修了が必要です。貴女には資格がありません」


「なによそれぇ!」


リリナは涙目だ。


「それに、これは重要な仕事です。この堆肥が来年の農作物の収穫量を左右します。貴女の働きが、領民の胃袋を支えているのです」


「知るかぁぁぁ!」


リリナはスコップを投げ出した。


「もう嫌! 公爵様に直訴してやる! こんな酷い扱い、許されるわけないわ!」


リリナは作業着のまま、屋敷の中へと駆け出した。


泥だらけの姿で、臭いを漂わせながら。


目指すは執務室。

そこにいるラシード様に泣きつき、「ミリュー様にいじめられました」と訴える作戦だ。


(見てなさいよミリュー! 私の涙と色仕掛けで、公爵様を味方につけてやるんだから!)


リリナは廊下を走り、執務室のドアをバン! と開け放った。


「公爵様ぁぁぁ! 助けてくださいぃぃ!」


そこにいたのは。


眉間に深い皺を寄せ、書類にサインをしているラシードと、その横でストップウォッチを持ってタイムを計測している私だった。


「……なんだ、騒々しい」


ラシード様が顔を上げる。

その目は、ゴミを見るように冷たかった。


「あ、あのっ……ひぐっ、私、酷いことされて……」


リリナは胸元をはだけ(作業着だが)、涙ながらに駆け寄ろうとした。


その時だった。


「止まれ」


ラシード様の声が、物理的な圧力を持ってリリナの足を止めた。


「……臭うぞ」


「えっ?」


「堆肥の臭いだ。……私の執務室に、菌を持ち込むな」


ラシード様はハンカチで鼻を覆った。


「それに、なんだその格好は。汚らしい。ミリューを見習え。彼女はいつだって清潔で、機能的で、美しい」


「え、あ、でも、これはミリューお姉様が……!」


「ミリューの指示なら、それが最適解なのだろう。堆肥作りはお似合いだ。精々、いい肥料になってくれ」


バッサリ。


一刀両断だった。

色仕掛けはおろか、視界に入れる価値すらないと言わんばかりの態度。


リリナは口をパクパクさせ、それから顔を真っ赤にして私を睨んだ。


「お、覚えてなさいよぉぉ! 明日の夜会で、この屈辱を晴らしてやるんだからぁぁ!」


リリナは泣きながら走り去っていった。


パタン、とドアが閉まる。


「……騒がしい客だったな」


ラシード様は何事もなかったようにペンを動かし始めた。


「ええ。ですが、データは取れました」


私はストップウォッチを止めた。


「彼女の忍耐力は三十分。労働適性はゼロ。……やはり、使い道はありませんね」


「肥料にするのも勿体ないな」


「ふふっ。でも、捨て台詞が気になりますね。『明日の夜会』……何か仕掛けてくるつもりでしょう」


私はニヤリと笑った。


「望むところです。あちらがその気なら、完膚なきまでに『論破(駆除)』して差し上げましょう」


次なる戦いの舞台は、王主催の舞踏会。

そこでリリナとの最終決戦が行われる。

私にとっては、ただの「害虫駆除作業」の一環に過ぎないけれど。
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