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「ご、五千億……ガメルだと!?」
ジェラルド殿下の素っ頓狂な声が、玄関ホールにこだました。
彼が握りしめている羊皮紙。
そこに書かれているのは、私が弾き出した『王太子殿下へのコンサルティング業務委託および精神的苦痛に対する包括的補償請求額』の総計である。
「ふざけるな! なんだこの桁は! 国家予算の三年分だぞ!?」
「ええ、その通りです。計算がお早くて助かりますわ」
私は涼しい顔で頷いた。
「内訳をご説明しましょうか? まず基本料金ですが、私の時給は現在、市場価格の500倍に設定させていただいております」
「500倍!? 暴利だ!」
「いいえ、適正価格です。私の業務効率は通常の文官の100人分に相当します。さらに、殿下の補佐業務には『特殊技能(お守りスキル)』が必要不可欠。この希少価値(レアリティ)を加味すれば、500倍でもお安いかと」
私は手帳を開き、淡々と続けた。
「次に、『危険手当』です。殿下の執務室は書類の雪崩が頻発する危険地帯。さらに、殿下の思いつきによる無茶振りという『精神的災害』への備えも必要です」
「災害だと……!?」
「そして最も高額なのが、こちらの項目。『リリナ様教育・監視料』および『殿下の尻拭い特別税』です」
私は紙の下の方を指差した。
「リリナ様が現場にいる限り、私の作業効率は40%低下します。その損失補填に加え、殿下が過去に私の提案を無視して発生させた損害の回収……これらを積み上げると、この金額になります」
「ぐぬぬ……!」
ジェラルド殿下の手が震えている。
「こ、こんな金額、払えるわけがないだろう! 国庫が空になる!」
「払えない? それは残念ですね」
私はパタン、と手帳を閉じた。
「ビジネスの基本ですが、対価を支払えない顧客(クライアント)に、商品は提供できません。よって、交渉決裂です」
「ま、待て! 値引きは!? 元婚約者割引とかないのか!」
「ありません。むしろ『元婚約者だからこその割増料金(プレミアム・ペナルティ)』が加算されています」
私は冷酷に言い放った。
「殿下。貴方は一度、タダで使えていた最高級の道具(私)を、自らドブに捨てたのです。それを拾い直すには、新品を買う以上のコストがかかる。……常識でしょう?」
「くっ、くそぉぉぉ……!」
ジェラルド殿下は悔しそうに唇を噛んだ。
論理では勝てない。
金も払えない。
ならば――。
「……権力だ」
殿下の目が濁った光を帯びた。
「私は王太子だぞ! 次期国王だ! 王命を使えば、貴様の財産も身柄も、どうとでもできるんだぞ!」
彼は最後の切り札を切った。
強制徴用。
王権を振りかざした暴論だ。
「アークライト家を取り潰すぞ! クライシス家からも爵位を剥奪してやる! それでもいいのか!」
殿下が喚き散らす。
私は呆れて溜め息をつこうとした。
その時。
「……ほう?」
私の隣で、今まで黙って聞いていた「魔王」が、低く笑った。
「爵位を剥奪、か。面白い」
ラシード様だ。
彼は一歩前に出た。
その全身から、目に見えないほどの重圧(プレッシャー)が放たれている。
「やってみるがいい、ジェラルド」
「な、なんだその態度は! 宰相の分際で!」
「勘違いするな。私が宰相を務めているのは、単に『国益の効率化』が趣味だからだ。地位に未練などない」
ラシード様は冷ややかに言い放った。
「だが、もし君が私から爵位を奪い、ミリューに手出しをするというなら……私は即座に、この国の経済を『停止』させる」
「……は?」
「クライシス家が保有する国債の償還期限を明日に変更し、王都の物流網を握る商会への出資を引き上げ、隣国との同盟維持のための私財投入もすべて打ち切る」
ラシード様は、まるで明日の天気を語るように続けた。
「そうすれば、一週間以内にこの国の通貨は紙切れとなり、物流は麻痺し、暴動が起きるだろうな。……その時、困るのは誰だ?」
「なっ……!?」
ジェラルド殿下の顔色が、青を通り越して土色になった。
そうだった。
クライシス公爵家は、王家よりも金を持っている。
この国の経済の心臓部は、実質的にラシード様が握っているのだ。
彼を敵に回すということは、国の破滅を意味する。
「そ、そんなこと……できるわけが……」
「できるさ。今の私には、優秀すぎる『財務参謀(ミリュー)』がついているからな」
ラシード様は私の腰を引き寄せ、ニヤリと笑った。
「彼女の頭脳があれば、国の一つや二つ、合法的に経済破綻させるなど造作もない。……だろう? ミリュー」
「ええ、計算上は可能です」
私は即答した。
「物流のハブを三箇所封鎖し、為替操作を二段階行えば、四日で王都の市場機能は停止します。シミュレーション済みです」
「ひぃっ……!」
ジェラルド殿下が後ずさる。
彼は今、理解したのだ。
目の前にいるのは、単なる元婚約者と部下ではない。
この国を裏で支配できる「最凶のカップル」なのだと。
「わ、わかった……! もういい!」
ジェラルド殿下は負け犬の遠吠えのように叫んだ。
「帰る! 帰ればいいんだろう! くそっ、どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって!」
彼は捨て台詞を残し、逃げるように屋敷を飛び出していった。
その背中は、来た時よりも一回り小さく、そして哀れに見えた。
ガチャン、と扉が閉まる。
屋敷に再び、静寂が戻った。
「……ふぅ。業務終了ですね」
私は肩の力を抜いた。
やれやれ、貴重なティータイムを邪魔されてしまった。
「大丈夫か? ミリュー」
ラシード様が心配そうに覗き込んでくる。
「ええ。想定内です。むしろ、殿下が払えない額を提示して諦めさせるという『損切り』の手法が上手くハマりました」
「そうではない。……腕だ」
ラシード様は、ジェラルド殿下が触れようとした私の右腕を、そっと持ち上げた。
そして、懐から真っ白なハンカチを取り出すと、その部分をゴシゴシと拭き始めた。
「……ラシード様? 痛いです」
「消毒だ。あの男の菌がついているかもしれん」
彼は真剣な顔で、親の敵のように私の腕を拭いている。
その必死さが、なんだかおかしくて、そして少し愛おしかった。
「もう、気にしすぎですわ。触れられてもいませんよ」
「触れられそうになっただけで不愉快だ。君は私の……私の管理下にある重要な資産なのだから」
「資産、ですか」
「……いや、違うな」
ラシード様は手を止め、私の目を見た。
「君は、金では買えない。国家予算を積まれても、世界の半分を差し出されても……私は君を手放さない」
その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、私の胸に響いた。
彼は私の価値を、数字(かね)で測れないものとして認めてくれている。
合理主義者の彼が、非合理なほどの執着を見せてくれている。
「……光栄です、ボス」
私は少し照れ隠しに、ビジネスライクに答えた。
「その評価に見合うよう、今後も精一杯働かせていただきますわ」
「ああ。頼む。……一生な」
ラシード様は私の腕に、今度はハンカチ越しではなく、直接唇を寄せた。
それは消毒ではなく、所有の証(マーキング)のようだった。
「さて、邪魔者も消えたことだし……」
ラシード様は顔を上げ、いつもの「仕事の顔」に戻った。
「中断していた業務に戻ろうか。……それとも、気分転換に少し甘いものでも食べるか?」
「甘いもの……マロングラッセですか?」
「いや、もっといいものがある」
彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「先ほど君が提示した『5000億ガメル』の請求書……あれをジェラルドが忘れていった。これを肴に、お茶を飲むというのはどうだ?」
「……ふふっ、悪趣味ですね」
私は笑った。
「最高です。あの間抜けな顔を思い出しながら飲むお茶は、さぞ美味しいでしょうね」
私たちは顔を見合わせて笑い合い、仲良く執務室へと戻っていった。
王太子撃退完了。
しかし、これはまだ終わりの始まりに過ぎない。
追い詰められたジェラルド殿下とリリナ、そして傾きかけた国の運命が、私たちの元へ転がり込んでくるのは、そう遠い未来のことではなかった。
ジェラルド殿下の素っ頓狂な声が、玄関ホールにこだました。
彼が握りしめている羊皮紙。
そこに書かれているのは、私が弾き出した『王太子殿下へのコンサルティング業務委託および精神的苦痛に対する包括的補償請求額』の総計である。
「ふざけるな! なんだこの桁は! 国家予算の三年分だぞ!?」
「ええ、その通りです。計算がお早くて助かりますわ」
私は涼しい顔で頷いた。
「内訳をご説明しましょうか? まず基本料金ですが、私の時給は現在、市場価格の500倍に設定させていただいております」
「500倍!? 暴利だ!」
「いいえ、適正価格です。私の業務効率は通常の文官の100人分に相当します。さらに、殿下の補佐業務には『特殊技能(お守りスキル)』が必要不可欠。この希少価値(レアリティ)を加味すれば、500倍でもお安いかと」
私は手帳を開き、淡々と続けた。
「次に、『危険手当』です。殿下の執務室は書類の雪崩が頻発する危険地帯。さらに、殿下の思いつきによる無茶振りという『精神的災害』への備えも必要です」
「災害だと……!?」
「そして最も高額なのが、こちらの項目。『リリナ様教育・監視料』および『殿下の尻拭い特別税』です」
私は紙の下の方を指差した。
「リリナ様が現場にいる限り、私の作業効率は40%低下します。その損失補填に加え、殿下が過去に私の提案を無視して発生させた損害の回収……これらを積み上げると、この金額になります」
「ぐぬぬ……!」
ジェラルド殿下の手が震えている。
「こ、こんな金額、払えるわけがないだろう! 国庫が空になる!」
「払えない? それは残念ですね」
私はパタン、と手帳を閉じた。
「ビジネスの基本ですが、対価を支払えない顧客(クライアント)に、商品は提供できません。よって、交渉決裂です」
「ま、待て! 値引きは!? 元婚約者割引とかないのか!」
「ありません。むしろ『元婚約者だからこその割増料金(プレミアム・ペナルティ)』が加算されています」
私は冷酷に言い放った。
「殿下。貴方は一度、タダで使えていた最高級の道具(私)を、自らドブに捨てたのです。それを拾い直すには、新品を買う以上のコストがかかる。……常識でしょう?」
「くっ、くそぉぉぉ……!」
ジェラルド殿下は悔しそうに唇を噛んだ。
論理では勝てない。
金も払えない。
ならば――。
「……権力だ」
殿下の目が濁った光を帯びた。
「私は王太子だぞ! 次期国王だ! 王命を使えば、貴様の財産も身柄も、どうとでもできるんだぞ!」
彼は最後の切り札を切った。
強制徴用。
王権を振りかざした暴論だ。
「アークライト家を取り潰すぞ! クライシス家からも爵位を剥奪してやる! それでもいいのか!」
殿下が喚き散らす。
私は呆れて溜め息をつこうとした。
その時。
「……ほう?」
私の隣で、今まで黙って聞いていた「魔王」が、低く笑った。
「爵位を剥奪、か。面白い」
ラシード様だ。
彼は一歩前に出た。
その全身から、目に見えないほどの重圧(プレッシャー)が放たれている。
「やってみるがいい、ジェラルド」
「な、なんだその態度は! 宰相の分際で!」
「勘違いするな。私が宰相を務めているのは、単に『国益の効率化』が趣味だからだ。地位に未練などない」
ラシード様は冷ややかに言い放った。
「だが、もし君が私から爵位を奪い、ミリューに手出しをするというなら……私は即座に、この国の経済を『停止』させる」
「……は?」
「クライシス家が保有する国債の償還期限を明日に変更し、王都の物流網を握る商会への出資を引き上げ、隣国との同盟維持のための私財投入もすべて打ち切る」
ラシード様は、まるで明日の天気を語るように続けた。
「そうすれば、一週間以内にこの国の通貨は紙切れとなり、物流は麻痺し、暴動が起きるだろうな。……その時、困るのは誰だ?」
「なっ……!?」
ジェラルド殿下の顔色が、青を通り越して土色になった。
そうだった。
クライシス公爵家は、王家よりも金を持っている。
この国の経済の心臓部は、実質的にラシード様が握っているのだ。
彼を敵に回すということは、国の破滅を意味する。
「そ、そんなこと……できるわけが……」
「できるさ。今の私には、優秀すぎる『財務参謀(ミリュー)』がついているからな」
ラシード様は私の腰を引き寄せ、ニヤリと笑った。
「彼女の頭脳があれば、国の一つや二つ、合法的に経済破綻させるなど造作もない。……だろう? ミリュー」
「ええ、計算上は可能です」
私は即答した。
「物流のハブを三箇所封鎖し、為替操作を二段階行えば、四日で王都の市場機能は停止します。シミュレーション済みです」
「ひぃっ……!」
ジェラルド殿下が後ずさる。
彼は今、理解したのだ。
目の前にいるのは、単なる元婚約者と部下ではない。
この国を裏で支配できる「最凶のカップル」なのだと。
「わ、わかった……! もういい!」
ジェラルド殿下は負け犬の遠吠えのように叫んだ。
「帰る! 帰ればいいんだろう! くそっ、どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって!」
彼は捨て台詞を残し、逃げるように屋敷を飛び出していった。
その背中は、来た時よりも一回り小さく、そして哀れに見えた。
ガチャン、と扉が閉まる。
屋敷に再び、静寂が戻った。
「……ふぅ。業務終了ですね」
私は肩の力を抜いた。
やれやれ、貴重なティータイムを邪魔されてしまった。
「大丈夫か? ミリュー」
ラシード様が心配そうに覗き込んでくる。
「ええ。想定内です。むしろ、殿下が払えない額を提示して諦めさせるという『損切り』の手法が上手くハマりました」
「そうではない。……腕だ」
ラシード様は、ジェラルド殿下が触れようとした私の右腕を、そっと持ち上げた。
そして、懐から真っ白なハンカチを取り出すと、その部分をゴシゴシと拭き始めた。
「……ラシード様? 痛いです」
「消毒だ。あの男の菌がついているかもしれん」
彼は真剣な顔で、親の敵のように私の腕を拭いている。
その必死さが、なんだかおかしくて、そして少し愛おしかった。
「もう、気にしすぎですわ。触れられてもいませんよ」
「触れられそうになっただけで不愉快だ。君は私の……私の管理下にある重要な資産なのだから」
「資産、ですか」
「……いや、違うな」
ラシード様は手を止め、私の目を見た。
「君は、金では買えない。国家予算を積まれても、世界の半分を差し出されても……私は君を手放さない」
その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、私の胸に響いた。
彼は私の価値を、数字(かね)で測れないものとして認めてくれている。
合理主義者の彼が、非合理なほどの執着を見せてくれている。
「……光栄です、ボス」
私は少し照れ隠しに、ビジネスライクに答えた。
「その評価に見合うよう、今後も精一杯働かせていただきますわ」
「ああ。頼む。……一生な」
ラシード様は私の腕に、今度はハンカチ越しではなく、直接唇を寄せた。
それは消毒ではなく、所有の証(マーキング)のようだった。
「さて、邪魔者も消えたことだし……」
ラシード様は顔を上げ、いつもの「仕事の顔」に戻った。
「中断していた業務に戻ろうか。……それとも、気分転換に少し甘いものでも食べるか?」
「甘いもの……マロングラッセですか?」
「いや、もっといいものがある」
彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「先ほど君が提示した『5000億ガメル』の請求書……あれをジェラルドが忘れていった。これを肴に、お茶を飲むというのはどうだ?」
「……ふふっ、悪趣味ですね」
私は笑った。
「最高です。あの間抜けな顔を思い出しながら飲むお茶は、さぞ美味しいでしょうね」
私たちは顔を見合わせて笑い合い、仲良く執務室へと戻っていった。
王太子撃退完了。
しかし、これはまだ終わりの始まりに過ぎない。
追い詰められたジェラルド殿下とリリナ、そして傾きかけた国の運命が、私たちの元へ転がり込んでくるのは、そう遠い未来のことではなかった。
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