婚約破棄されましたが、私は愛よりも信じます。

夏乃みのり

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「……ヒーナ様。少々、市場の雲行きが怪しくなってまいりました。王都の各所で、我が社の香水『悪役令嬢の執念(オブセッション)』に酷似した製品が、三分の一の価格で出回っております」


ローウェル・アセット・マネジメント本部の執務室。ゼクスが、見たこともない安っぽいラベルが貼られた小瓶を差し出してきました。


私はその瓶を手に取り、まずは成分表示……ではなく、その「粗悪なガラスの質感」に鼻を鳴らしました。


「あら、これはまた……。資源の無駄遣いにも程があるわね。商品名は? まさか『聖女の慈愛』とかいう恥ずかしい名前じゃないでしょうね」


「いえ。直球で『天使の誘惑(テンプテーション)』だそうです。販売元は、隣国から来たという謎の商人。そして、その裏で糸を引いているのは……」


「言うまでもないわね。マシュマロの在庫を失い、資産価値が暴落したミア様でしょう」


私は小瓶の蓋を開け、その香りを一瞬だけ嗅ぎました。


「……おえっ。ゼクス、これ、例の『地下室の悪臭液体』を、ただ薄い花の香りで誤魔化しただけじゃない。定着剤(スタビライザー)が入っていないわ」


「ええ。私も確認しましたが、配合比率が致命的に間違っています。香りが飛んだ後は、ただの『腐ったドブ水』の臭いしか残りません」


「素晴らしいわ! これこそが私が待ち望んでいた『最悪の競合他社』よ!」


私は歓喜に打ち震え、即座に算盤を叩き始めました。


「……ヒーナ様。普通、模造品(コピー)が出回ったら危機感を抱くものですが。なぜそんなに楽しそうなのですか?」


「決まっているじゃない。偽物が市場を席巻すればするほど、本物である私の製品の『希少価値』と『信頼性』が、広告費ゼロで跳ね上がるのよ。……さあ、ゼクス。今すぐ王都中に『緊急告知』を出しなさい」


「内容は?」


「『現在、粗悪な模造品による健康被害……あるいは異臭被害が多発しております。本物を知る貴婦人の皆様は、直ちにその使用を中止し、当本部の公式クリーニング(有料)をお受けください』……よ!」


私が作戦を練り終えた、まさにその時。


バタン! と勢いよく扉が開かれ、そこにはいつになく「強気な笑顔」を浮かべたミア様と、これまた胡散臭い髭を生やした商人が立っていました。


「ごめんあそばせ、ヒーナ様! 貴女のあくどい独占商売も、今日で終わりですわ!」


ミア様は、手にした『天使の誘惑』の瓶を掲げて高笑いしました。


「見てください! この素晴らしい香水! 貴女の十倍もいい香りなのに、お値段はたったの金貨一枚! 王都中の女の子たちが、みんな私の味方になったのよ!」


「おやおや、このお嬢さんが噂の『元・令嬢』ですか。商売というものは、お客様の笑顔で作るもの。貴女のように、金貨の音しか聞かない者に未来はありませんよ」


髭の商人が、これまた芝居がかった調子で私を指差しました。


「まあ、素敵なご忠告。……ところでミア様、その香水、今ご自身でも付けていらっしゃるのかしら?」


「当たり前よ! 見て、今この部屋中が、天使のいたずらのような素敵な香りで……」


ミア様がくるりと回って、そのドレスをなびかせた、その時。


……ピタリ、と香りが止まりました。


数秒の沈黙の後、部屋の中に漂い始めたのは。


「……っ!? な、何よこれ、何の臭い!?」


ミア様が自分の首筋を嗅いで、顔を青ざめさせました。


「言ったでしょう、ミア様。定着剤をケチった香水は、アルコールが揮発した瞬間に、ベースにある『素材の真実』を曝け出すのよ」


私は鼻を摘み、冷徹に言い放ちました。


「貴女が今纏っているのは、天使の誘惑ではなく……『百年放置された下水道の吐息』ですわ。あ、ゼクス。窓を全開にして。これ以上滞在されると、家具に悪臭が染み付いて資産価値が下がってしまうわ」


「承知しました。……あ、お隣の商人さん。貴方の服からも、なかなかの『腐敗臭』が漂い始めていますよ。これは……ああ、在庫を全部抱えて逃げる準備をした方が良さそうですね」


「な、なな……! そんな馬鹿な! 配合は完璧だったはずだ!」


商人が慌てて自分の商品を嗅ぎ、そのまま気絶しそうになってよろけました。


「ひ、ひどいわ! ヒーナ様、貴女が何か魔法をかけたんでしょう!? 私の香水が、こんなドブみたいな臭いになるはずがないわ!」


「魔法? いいえ、これは『化学(サイエンス)』と『コスト管理(マネジメント)』の結果ですわ。安かろう悪かろうの典型例ね」


私は立ち上がり、パニックになるミア様の目の前に、あらかじめ用意していた「除臭サービス」のメニュー表を突き出しました。


「さて、ミア様。その悪臭、三日は消えませんわよ。お風呂に入っても無駄です。……ですが、我が本部の特製『消臭魔導石(プロ仕様)』をお買い求めいただければ、今すぐその『汚名(臭い)』を濯いで差し上げますわ。お値段は、先ほどの売上の全額……プラス、隣国の商人の全在庫の差し押さえでいかがかしら?」


「う、売上の全額……!? そんな……!」


「あら、嫌ならそのまま王宮へお帰りになって、カイル王子にその臭いを振り撒いて差し上げれば? 彼、きっと貴女のことを『下水道の女神』として再定義してくださるわよ」


「か、買います! 買わせていただきますわーっ!」


ミア様は泣き叫びながら、集めたばかりの金貨の袋を私に差し出しました。


「毎度あり。……ゼクス、彼女たちを『洗浄室』へ。あ、ついでに隣国の商人の身元を騎士団に売っておいて。無許可営業の罰金分も、私の『情報提供料』として計上するのを忘れないでね」


「畏まりました。……ヒーナ様、今日も素晴らしい『効率的な市場の浄化』でしたね」


嵐のように去っていったミア様たちの後、私は手元の金貨を一枚、指先で弾きました。


「……ふふ。偽物のおかげで、本物の価値が証明されたわ。これで明日から、私の香水はさらに倍の値段で売れるわね」


私は、夕日に照らされる金貨の輝きを眺めながら、次の「独占禁止法ギリギリ」の戦略を練り始めるのでした。


(ミア様、次はどんな『不良在庫』を抱えてきてくださるのかしら? 私の利益のために、せいぜい頑張ってくださいませね!)
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