冷徹弁護士は甘い罠を張る

邉 紗

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冒頭陳述

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あっと思った時には遅かった。

慣れないピンヒール。ぐにゃりと足首が曲がる。足場の悪い階段ではとっさに立て直すこともできず、手すりを掴もうとした手は空を切った。

原因は踵の高いパンプスだけではない。
着慣れないふわふわとしたドレスも足に絡まり、体はぐらりと傾いだ。

(―――落ちる)

周囲から悲鳴があがる。

宙に投げ出された体はあっという間に重力を帯びる。

「――――危ない‼」

階段の下から怒鳴ったのは、七生ななおだった。
いつも人を小ばかにしたような笑みで見下してくる顔が、今は遥か下方に見える。
一番ぶつかりたくない人間だ。

しかしふみは、彼に吸い込まれるように落ちた。
転がり落ちる中、パーティー参加者たちの驚いた顔が視界の端に流れるように映った。

このままだと七生を押しつぶしてしまう。
怪我などさせたら、治るまで毎日くどくどと嫌味を言われ、慰謝料請求、場合によっては精神的苦痛が……などと訴訟を起こされかねない。

避けてほしいのに、彼は文に向かって腕を大きく広げて身を乗り出した。

意外にもその時、彼には似つかわしくない弱弱しい表情が目に入る。

(――――え……)

七生が自分を案ずるなどありえないことだ。



――――いや、そうか。

いくら彼が冷酷無情な男でも、目の前で起きた惨劇に手を差し出さないなんてことはなかったのかも。人を救うべく立場の弁護士なのだし。

途中ガツンと頭に衝撃がくる。
くらりとして全身の力が抜けた。

助けようとしてくれた彼に手を伸ばすことも避けることも出来ず、十数段の階段を転げ落ちた文は、思い切り七生に体当たりをしてやっと止まることができた。

七生に抱きしめられ、腕の中で意識を朦朧とさせる。

「……救急車を呼んでくれ! 早く!」

七生のこれほど取り乱す声を聴いたのは初めてだ。

(ついさっきまで、わたしなど視界に入れようともしていなかったくせに)

全身に痛みを感じながら、この男も人間だったのだと変なことを考えながら意識を失った。


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