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互いの認識に相違がありますね
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「頭を打っていないと言っていたのに、全然目を覚まさないじゃないか藪医者め」
ぼそぼそと男の声が聞こえ、そちらに目を向けた。
慎重に体を起こす。部屋は自分ひとりだった。ドアの外から聞こえている。
すりガラスのスライドドアの向こうに人影が見えた。
聞き覚えのある男の声に耳をすます。
「ちゃんと検査は終えて、頭は皮下血腫……ようするにたんこぶのみ。脳に外傷はなかったのは事実だ。俺はその結果を伝えただけだ。そこから彼女がいつ目覚めるかなんてわからないよ」
「それを見定めるのが医者の仕事じゃないか」
「あのねぇ、俺を強引に主治医に指名したのは七生なのに、文句ばかりだと担当変えさせてもらうよ。弁護士のくせに感情にまかせて侮辱して、訴えてやってもいいんだからな」
憮然と答えたのも男の声だ。
途中出てきた名前にピクリと反応する。
(―――七生? あの、間宮七生がいるの?)
「まさか俺に勝てるとでも?」
この自信満々な声は、自分がよく知る七生に間違いなさそうだ。
「お前に勝てる弁護士くらい用意してみせる」
ふたりは気安い仲なのか、攻撃的な掛け合いをしていた。
「丸一日だ。気を失ってから一度も目を覚まさないしピクリとも動かないんだぞ。たんこぶだけなんて本当かと、心配するのは当然だろう。見落としはないのか」
「脳震盪が見受けられたけれど、度合いは様子を見てみないとわからないよ。風邪もひいてるみたいだから、点滴に栄養剤と抗生物質もいれてるんだ。薬の副作用で余計に眠い可能性もあるね」
「ただ寝てるだけだって?」
納得いかなそうな声に、医者のうんざりしたため息が聞こえた。
「全身に打撲はあるけれど、軽いものだ。足を少し捻っているが骨折もなし。彼女を受け止めた七生のほうが怪我が多いくらいだよ。
それよりも、ちょっと痩せすぎかな。貧血ぎみだし栄養失調の兆候も見られる。
寝不足に疲労も重なってるだなんてお前の会社、ブラック企業だったっけ?」
「俺の会社じゃない。俺は顧問弁護士として契約しているだけだ。……まぁ、吾妻は文を良いように使いすぎていたから、さすがにそろそろ釘をさしておくくらいはするけどな」
こればかりは七生のセリフに同感だった。
副社長である吾妻に秘書を任命されてから二カ月。だんだんと慣れては来たが、不得意な分野のため心労も疲労もピークだった。
「特別個室まで用意してあげちゃって。俺の病院結構高いけど大丈夫? 文ちゃん愛されてるね~」
「うるさい。資金の心配など無用だ。あと、文の名前を気安く呼ぶな」
七生の話はいつ聞いていても口が達者だ。
いつも気どった口調しか知らないから、本当にあの七生かと思うくらい砕けているが、友人といると普段はこんな感じなのだろう。
「うわ、嫉妬してる七生とかおもしろすぎる」
揶揄いを含んだ笑いを聞きながら、文は首を傾げた。
階段から落ちて頭を打ったことは確からしい。
その事実確認はできたが、それ以外はさっぱり意味がわからない。
今まで名前で呼ばれたことなど合っただろうか。それほど親しくしたことなどない。
ぼそぼそと男の声が聞こえ、そちらに目を向けた。
慎重に体を起こす。部屋は自分ひとりだった。ドアの外から聞こえている。
すりガラスのスライドドアの向こうに人影が見えた。
聞き覚えのある男の声に耳をすます。
「ちゃんと検査は終えて、頭は皮下血腫……ようするにたんこぶのみ。脳に外傷はなかったのは事実だ。俺はその結果を伝えただけだ。そこから彼女がいつ目覚めるかなんてわからないよ」
「それを見定めるのが医者の仕事じゃないか」
「あのねぇ、俺を強引に主治医に指名したのは七生なのに、文句ばかりだと担当変えさせてもらうよ。弁護士のくせに感情にまかせて侮辱して、訴えてやってもいいんだからな」
憮然と答えたのも男の声だ。
途中出てきた名前にピクリと反応する。
(―――七生? あの、間宮七生がいるの?)
「まさか俺に勝てるとでも?」
この自信満々な声は、自分がよく知る七生に間違いなさそうだ。
「お前に勝てる弁護士くらい用意してみせる」
ふたりは気安い仲なのか、攻撃的な掛け合いをしていた。
「丸一日だ。気を失ってから一度も目を覚まさないしピクリとも動かないんだぞ。たんこぶだけなんて本当かと、心配するのは当然だろう。見落としはないのか」
「脳震盪が見受けられたけれど、度合いは様子を見てみないとわからないよ。風邪もひいてるみたいだから、点滴に栄養剤と抗生物質もいれてるんだ。薬の副作用で余計に眠い可能性もあるね」
「ただ寝てるだけだって?」
納得いかなそうな声に、医者のうんざりしたため息が聞こえた。
「全身に打撲はあるけれど、軽いものだ。足を少し捻っているが骨折もなし。彼女を受け止めた七生のほうが怪我が多いくらいだよ。
それよりも、ちょっと痩せすぎかな。貧血ぎみだし栄養失調の兆候も見られる。
寝不足に疲労も重なってるだなんてお前の会社、ブラック企業だったっけ?」
「俺の会社じゃない。俺は顧問弁護士として契約しているだけだ。……まぁ、吾妻は文を良いように使いすぎていたから、さすがにそろそろ釘をさしておくくらいはするけどな」
こればかりは七生のセリフに同感だった。
副社長である吾妻に秘書を任命されてから二カ月。だんだんと慣れては来たが、不得意な分野のため心労も疲労もピークだった。
「特別個室まで用意してあげちゃって。俺の病院結構高いけど大丈夫? 文ちゃん愛されてるね~」
「うるさい。資金の心配など無用だ。あと、文の名前を気安く呼ぶな」
七生の話はいつ聞いていても口が達者だ。
いつも気どった口調しか知らないから、本当にあの七生かと思うくらい砕けているが、友人といると普段はこんな感じなのだろう。
「うわ、嫉妬してる七生とかおもしろすぎる」
揶揄いを含んだ笑いを聞きながら、文は首を傾げた。
階段から落ちて頭を打ったことは確からしい。
その事実確認はできたが、それ以外はさっぱり意味がわからない。
今まで名前で呼ばれたことなど合っただろうか。それほど親しくしたことなどない。
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