六華 snow crystal 5

なごみ

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第1章

鍋を囲んで

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**有紀**


『今晩、鍋パーティーするよ~~!  食べに来ない?  和希が佐野さんを連れてくるんだけど、ダメかな?  』


加奈からのLINEに戸惑う。


加奈と横田くんは、私を遼介にくっつけようとでもしているのだろうか。


遼介はまだ、横田くんと加奈に再婚していることを伝えていないのかもしれない。


『加奈、なんか誤解してない?  私も遼介もよりを戻すつもりなんかないの。申し訳ないんだけど、パスするね』


『楽しく鍋パーティーが出来たらいいなって思ってるだけよ。佐野さんだって友達としての付き合いって割り切ってるんでしょう?  それに今日、麻子さんが子供服とおもちゃのおさがりを持ってきてくれたの。よかったら有紀に使って欲しいって』



麻子さんが?  


わたしたち後輩にもなにかと面倒見のいい、優しい先輩だった。


麻子さんのお子さんたち、上の男の子はもう小学生になっているだろうな。下の女の子は年長さんくらいね。


いまの美冬みたいな、よちよち歩きの赤ちゃんだったな。


麻子さんには、ずっとご無沙汰で会っていなかったのに。覚えていてくれて、私の娘のために……。


そう思うと少し胸が熱くなった。シングルマザーになって、ちょっとした人の優しさに心をうたれる。


『ありがとう。じゃあ、やっぱり鍋パーティーに行くわ』







美冬がいるから、お店よりもおうちの方が、なにかと便利で気が楽だった。


麻子さんがくださったおもちゃが、美冬はとっても気に入ったようだ。


キャッキャと奇声をあげて、シンバルを叩いて宙返りするお猿に夢中になっている。


こんな楽しいオモチャは買ってあげてなかった。いつもブロックや積み木、絵本など、頭や指先を使うオモチャがいいと勝手に決めつけていたから。


私も子供の気持ちを考えずに、親の願望だけを、無意識に優先していたのね。


嬉しいとか、感動することも、情緒にはとても大切なのに。


野菜やお豆腐などを切って準備をしていたら、横田くんと遼介が早くも到着した。


「頼まれた肉と、コンビニでデザート買ってきたぞ」


横田くんが袋から取り出したプリンやゼリーなんかを冷蔵庫におさめた。



加奈がテーブルにカセットコンロを用意して、鍋を火にかけた。


鍋は仕切りが付いていて、二種類の味が同時に楽しめるようになっていた。



「へー、面白いね、この鍋」


「和希と佐野さんはすき焼きがいいんだって。私は寄せ鍋が食べたかったから。有紀はどっちが好き?」


加奈が鍋に寄せ鍋の素と、すき焼きの素を別々に入れた。


「私はどっちも食べるから心配しないで」


「そういうと思った。どっちもいいわね、飽きたら違うのも食べましょう」


寄せ鍋には魚介類、すき焼きにはお肉、きのこや白菜、しらたき、春菊なども入れて煮えるのを待った。


遼介がオモチャを使って美冬の遊び相手になっていた。


「へー、佐野さん、意外と子供と遊ぶの上手なのね」


菜箸を片手に加奈が感心している。


「俺、一応、二人の子供の親だろう。少しでも慣れないとな」


加奈と横田くんに、彩矢との再婚のことは話していたんだな。


同じ病院じゃないから、相談もしやすいのかもしれない。



美冬も遼介が気に入ったのか、ニコニコしながら、会話にならないコミニュケーションを楽しんでいる。


遼介の膝の上に抱っこされた美冬をみて、胸に痛みを感じた。



どうして?   


遼介とやり直したいなんて思ってないのに……。





鍋が出来あがり、小さなテーブルを美冬も入れて5人で囲んだ。


「わー、美味しそう。お肉もお野菜もたくさんあるから、じゃんじゃん食べてね!」


遼介と横田くんはどんぶりに卵を割入れたので、加奈と一緒に寄せ鍋から食べた。


「ほら、美冬も食べてごらん。お魚おいしいよ」


たらの身を美冬のちっちゃなお口に入れた。


「おいしっ!」


ふふふっ、アハハハッ!!


美冬がおぼえたての言葉で力説したので、みんなで笑った。


赤ちゃんなにをしても、なにを言っても可愛らしい。


「美冬ちゃん、おさかな美味しいね。美味しいって言えたね~~」


加奈が美冬に優しく微笑みかけた。


「子供はいいな。あっという間に言葉を覚えて。なんで英語ってなん年勉強しても覚えられないんだろうな?」


横田くんが、卵につけたお肉を食べながら不満げにつぶやく。



「そういえばおまえたち、結婚式はどうするんだ?」


遼介が横田くんと加奈を交互に見つめて聞いた。


「加奈にまかせるよ。式は女のためのものだろう」


まるでどうでもいいような横田くんの口ぶりに、加奈はムッと顔をしかめた。


「加奈はどうしたいの?  やっぱり一生に一度のことだもの、したほうがいいんじゃない?」


加奈を擁護するように言ってみた。


「式は挙げたいけどね。披露宴とか、あんまり大げさなことはしなくてもいいのかなって思って……。今はそういうの流行らないし、どこか海外で挙式してこようかな」



少し恥ずかしげに加奈はささやく。


「そうなんだ。じゃあ、ハワイがいいんじゃない。ハワイの挙式よかったよー!! あ、、」


言ってしまってから、私自身がひどく取り乱し、身の置きどころを無くした。


笑ってごまかすことも出来ずにうつむく。


美冬までがおとなしく、シーンと静まりかえった。



「そ、そうだな。ハワイはよかったよな~~」


遼介が気を利かせたつもりで、おどけたように言ったけれど、なんのフォローにもならなかった。



こういうときは話題を変えてよ!



しくじったのは自分なのに遼介を責めたくなる。


「あ、お肉煮えてるよ~  早く食べないと固くなっちゃうよ」



加奈がうまく誤魔化してくれてホッとする。


寄せ鍋のあと、すき焼きも食べて、お腹はいっぱいになった。


横田くんが冷蔵庫からデザートを出して美冬に勧める。


「ほら、これなら美冬だって好きだろう。どっちがいい? プリンか?  ゼリーか?」


「アイシュ、、」


「あらま、残念でした。美冬はアイスが食べたいって。うははっ」


美冬はプリンもゼリーも好きだけど、まだアイスしか言えなかっただけ。



「なんだよ、母親に似て、あまのじゃくだな」


横田くんは機嫌を損ねて、口を尖らせた。


「美冬ちゃん、アイスあったよ。食べる?」


加奈が冷凍庫からバニラのアイスを出して、手渡してくれた。


「加奈、ありがとう。美冬、ママが食べさせてあげる」



美冬は眠くなったようで、アイスを半分も食べないうちに、こっくりこっくりと居眠りをしはじめた。


「美冬、眠くなったみたいなの。そろそろ帰るわ。後片づけしないでごめんね」


「いいよ、そんなの。美冬ちゃん疲れちゃったのね」


加奈がコートや帽子を美冬に着せてくれた。


麻美さんがくれたオモチャとお洋服が入った紙袋は、遼介が持った。



「ご馳走さま。お鍋美味しかった~   じゃあ、またね」



玄関先で見送る加奈と横田くんに手を振って、アパートを出た。



アパート前に停めてある遼介の車に乗るのことに、さほど抵抗は感じなくなったけれど。



私たち本当にお友達だもの。






「美冬のせいでゆっくり出来なくてごめんね」


もうぐっすりと眠ってしまった美冬を、起こさないように後部座席に乗り込み、遼介に謝った。


「いいよ、別に。鍋うまかったなぁ、ひとりで食べる晩飯は侘しいからな」


なんとなく責められているような気がして、返答に困った。


「彩矢の子どもとはその後どうなの?  やっぱりまだ同居は無理なの?」


「前よりは良くなってきたかもな。保育園の友達との遊びに夢中だし、俺と会うことにも慣れてきたから」


「そうなんだ。子どもは慣れるのが早いもんね」


バックミラーに映る遼介の顔は、確かにこの間よりも明るく見えた。



今日の遼介はアパートでも明るくて、それはもしかしたら私と会えるようになったから? なんて思ってた。



もしかして、私とよりを戻そうとしているのではないかと警戒までしていたけれど、そんな心配はいらなかったんだ。



「よかったね。早くみんなで暮らせるいいね」


「う、うん……」


そのあとはなんとなく会話が続かなくなって、実家までの距離がとても長く感じられた。


「ありがとう。じゃあ、気をつけて帰ってね」


「うん、元気でな、頑張れよ」


遠ざかる遼介の車を見つめて、なぜだか目に涙がにじんだ。



晴れ渡った星空を見上げた。


吹きすさぶ風はもうすっかり冬だった。


寒風がセミロングの髪を舞あげる。


寒さがひどく身にしみた。



今までシングルマザーの侘しさを、こんなに強く感じたことはなかった。



涙を拭いて、実家の玄関ドアを開けた。







玄関のドアを開けると、遥香のアンクルブーツが揃えてあった。


健人さんの靴はないから、一人で来たのかな? 


また作りおきの惣菜を横取りしに来たのでは?


リビングに入ると母と遥香がケーキを食べていた。


「ただいま」


「おかえり。あら、美冬は眠っちゃったのね」


母が立ち上がって、抱っこされている美冬をそっと受け取ってくれた。


「お姉ちゃん、このケーキめっちゃ美味しいよ~」


遥香がそう言って、フォークですくったケーキを口にいれた。


「もう9時も過ぎてるのによく食べられるわね、そんなもの。いいなぁ、やせの大食いは」


甘いものは別腹だから、お腹いっぱいの私だって、ケーキなら食べたいけれど……。



「私も最近は太ってきちゃったのよ。ふふふっ、幸せ太りってやつかなぁ」


遠慮のない遥香が当てつけがましくのろけて言った。



ふん、なによ、皆さん、お幸せでよろしいこと。


食卓テーブルの椅子に腰かけていた父は、答案用紙をテーブルいっぱいに広げて、テストの採点をしていた。



駿太は今夜もバイトなはずだ。


「お姉ちゃん、さっき私が送ったLINEみてくれた?  このケーキ、谷さんが持ってきてくれたのよ。あとでまた来ますって言ってたけど、もう9時ね。これから来るのかしら?」



「えっ、修二さんが?」



どうして、何をしに来たの?



「やだ、LINE見てなかったの?  いつまでも怒ってないでさ、許してあげたらどう?  感じの良さそうな人じゃない、イケメンだし。この際バツ2男だっていいじゃないの。美冬のためにも、」


遥香が言い終わらないうちに、父の叱責が飛んだ。


「遥香、無責任なことを言うな! なにがイケメンだ、相変わらず口先ばかりで、約束の守れない男じゃないか。不愉快だ、もう家に来ても入れるな!」


採点しているプリントから目を離さずに、口角から泡を飛ばす勢いで怒鳴った。



……修二さんは、、修二さんは、そんな人じゃない。


もっといいかげんな悪い男だったら諦めもつく。



優しすぎて言えなかったんでしょう?



そんな修二さんだから、いつまでも嫌いになれなくて、だから私はこんなに苦しい。








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