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第4章 煙の彼方に忍ぶ影

第12話 シャウラの受難

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 「ん~、美味しい~!!」

 広間にミミの声が響く。

 「まじか!!これ本当に山菜か!?美味ぇ!!」「へえ~、これがテンプラか!!」

 ケインとキールも口々に叫ぶ。

 僕らは温泉宿「かれん」の広間で、宿自慢の和食コースを楽しんでいた。刺身に天麩羅、鍋料理。どれもこれも絶品だ。

 「このお米は遥か山の向こう、キュアノス国から仕入れた1級品です。それからこちらのお鍋、お肉はピュロス地方の特産で、お味噌はバトス地方から取り寄せた豆から作った自家製なんですよ。それから……」

 女将のカレンがお膳に並んだ食事についてひとつずつ説明しているが、僕はそれを上の空で聞いていた。

 「ねえテオン??もう、ぼーっとしてたらテオンの分も食べちゃうよ?」

 隣のララが浴衣の裾を押さえて手を伸ばす振りをする。目の前に彼女のうなじが現れたかと思うと、すぐに髪が流れ落ちて隠れてしまう。ふわっと甘い香りが漂った。

 お風呂上がりのララを見てからずっと心臓がうるさい。村にいたときも、村を出てからも、ずっと一緒に旅をして来たというのに、一体どうしたというのか。

 「本当に貰っちゃうよ?」

 ララが唐揚げを手掴みで取っていく。

 「ああ、好きに食べなよ」

 僕はそう言って再び茶碗に箸を突き刺す。カレンが先程使い方を教え、是非試してみてくださいとみんなの元に置いていったものだ。ユカリやバウアーは使ったことがあるらしく、難なくご飯を口に運んでいる。僕も箸の練習に集中する。そうして少しでも気持ちを落ち着かせるのだ。

 「今日のテオンつまんない……。それでさゼルダちゃん。さっきの続きなんだけど……」

 彼女は反対に座るゼルダと何やら内緒話をしている。内緒と言ってもすぐ近くにいる僕には丸聞こえだ。ずっとアデルとのことについて話していた。当の彼は離れたところでオルガノと食事しているので、そこまで聞こえなければ問題ないのだろう。

 「アデルさんとは付き合えないって……どういうことなの?」

 「いやだから……私はアローペークス、彼はアイルーロスなのですよ?」

 「うん、それで?種族が違うとどうして恋をしたらいけないの?」

 アルト村でも、僕の前世でも、人間と言えばヒューマンだけだった。だがこの世界では色んな種族が暮らしている。しかし見た目はほとんど変わらないのだから、異種族同士で結婚するケースだってあっていいのではないか。

 「まず私たちアローペークスは他の人類に比べて寿命が長いです。それに他の種族とは子供が産まれにくく、産まれたとしても短命になると言われています。異種族間の結婚が不幸を招くというのは常識ですよ?」

 「そんなものなのかなあ?私だったら種族とか考えずに、好きな人と一緒にいたいと思うけどな。私がヒューマンしか知らなかったからそう思うだけなのかなあ?」

 「そうですよ。ララさんはそんなこと気にしなくても普通に恋が出来てるんですから、私のことは気にしないで幸せになってください」

 「ちょ!?ゼルダちゃん、どこ見ていっているのかな?」

 僕も普段なら笑って済ませるところだが、今日はララと一緒に赤くなってしまう。いや、さすがに村を飛び出してまで付いてきたララが誰を好きかなんて分からない僕ではない。でも……。

 『素直じゃないやつ』

 (ライトうるさい……)

 「なあアデルさんよ。サソリってやつは見つかりそうなのか?」

 アデルの後ろに座っていたキールが、振り向いて声を掛ける。

 「この近くを拠点にしてたってことは分かってるんだけどね。あれから気配がさっぱり辿れなくて。このオルガノさんは気配察知が使えるから常に探して貰ってるんだけどね」

 「はあ。だってサソリってお前と同じ種族なんだろ?子供っぽいやつを片っ端から調べたら済む話なんじゃねえのか?」

 僕もそう思っていた。サソリもアデルと同じ種族ならすぐ見つかるだろうと。だが……。

 「はは。そうだったら本当に良かったろうね。サソリ……シャウラはね。アレーナの出身だけどフェリスアレーナじゃないのさ」

 「えっ……?」

 食事をしていた何人かがアデルの方を向く。ゼルダは悲しそうに俯いている。

 「シャウラはね、見た目は普通のヒューマンなんだ。小さくもない。あの子は……旅人のヒューマンとアレーナの娘の間に出来た子供なんだ」

 「え、でも異種族間で子供は出来にくいって……」

 「ああ。だから面白半分で、安易に異種族との淫らな行為に及ぶ者が出てくる。あの事件も……旅人の男が遊びと称して強引に迫った結果だ。だが妊娠の可能性はゼロじゃない。そうして……シャウラが産まれたんだ」

 ララも、そして他の仲間も絶句する。

 「ヒューマンの子は、基本的にヒューマンの形質を強く引き継ぐからね。シャウラはアレーナの中では異例な大きさで育った。彼女を望んでいなかった母親は早くに育児を放棄し、集落の者たちも彼女に辛く当たった。シャウラはね……可哀想な子だったんだよ。

 彼女は迫害されながらも逞しく育ち、あっという間に大人たちの身長を超し始めた。みんな彼女を怖がるようになって、誰も近寄らなくなって、彼女は誰にも気付かれずに集落を出た。

 それに気付いた僕は、すぐに彼女を探して集落を出た。あとは夕方に話した通りさ。彼女は毒殺の技術で食い扶持を繋ぎ、今ではサソリの名で通った有名な暗殺者。彼女の罪は許すわけにはいかないけれど、その根底には彼女の生まれと、彼女を受け入れられなかった僕たちの罪があるんだ……」

 囲炉裏の中で炭がぱちぱちとぜる。広間はしんと静まり返っていた。

 「異種族の血は悲劇を招く。彼女の長身と赤紫の髪は禁忌の象徴だった。だが生まれた命には何の罪もなかったんだ。願わくば、今からでも彼女には足を洗って幸せになって欲しいんだ」

 アデルの瞳には強い光が宿っていた。気付けば僕にもシャウラを哀れむ気持ちが生まれていた。ここで逃がせば彼女は更に罪を重ねることだろう。あるいは更に凄惨な運命が待ち受けているかもしれない。

 「ゼルダちゃんが言ってた悲劇って、こういうことなのかな?」

 ララが小声で呟く。彼女のような例は頻繁にあるとは思えない。しかし少なくともアデルとゼルダにとって、それは無視できない話なのだ。その気持ちが欠片でも分かってしまった今、安易に否定することはできなかった。

 「ふう……。こうなったら私たちも手を貸さなきゃな。アデルの思いを聞いちゃった以上、ただ待ってるなんて出来ないニャ」

 そう言いながらマギーが立ち上がる。

 「ええ、必ずシャウラを捕まえて、彼女の幸せを取り戻しましょう!!」

 ゼルダも賛同する。他のメンバーもそれぞれに頷いたり声を上げたりしている。

 「ありがとう、みんな。恩に着るよ。この借りはいつか必ず返そう」

 「あれ、マギーどこいくんですか?」

 広間を後にしようとするマギーにルーミが声をかける。

 「眠くなってきたから部屋に戻るだけニャ」

 にこっと笑って彼女は階段を上がっていった。それを合図に晩餐が再開されるが、そこで再びアデルが口を開く。

 「そうか、やっぱり彼女も……」

 「ん?さっきのマギーさんがどうかしたのかい?」

 オルガノが尋ねる。

 「いや、マギーさんの昼夜の変化が少し気になって。確かにアイルーロスは夜になると攻撃性が増す特性があるんだけどね。性格が変わったりする訳じゃないんだよ」

 「えっ!?でもマギーはアイルーロスだから変わるんだよっていつも……」

 ルーミが反論する。僕ら一行の目が一斉にアデルに向く。

 「うーん、そうはいってもアレーナの誰もあんな風にはならないし、ここの女将のカレンさんだってアイルーロスだけどお昼と変わらないだろ?」

 そういえばそうだった。まだ出会って間もないが、少なくともマギーほどの変化はなかった。昼マギーの底無しの明るい人格と夜マギーの冷静沈着な人格……。

 ふとクレーネでの出来事を思い出す。いきなり服を脱いで泉に飛び込み、道連れにした僕を意地悪にからかったマギー。白く透き通った肌が脳裡にちらついて……いやいや、あのときの夜マギーは少し昼の感じが混ざっていたように思う。

 「異種族同士の血が混ざったとき、生まれた子供が2つの人格を宿すことが偶にあるらしいんだ。僕も会ったことはないけど、もしかしてマギーさんはそういうタイプの人なんじゃないかな」

 それはつまり……。

 「マギーは……純血ではない?」

 ルーミが呟く。そうだとしたらさっきの話、彼女にはまた僕らとは違うように聞こえていたのかもしれない。

 「ごちそうさま!私、マギーのとこ行ってくる!!」

 ルーミがどたどたと駆けていく。

 「マギーさん、もしかしたら彼女も何か辛い過去があるのかもしれませんね……」

 ゼルダが消え入りそうな声を漏らす。でも、それは違うような気がする。

 「マギーは、不幸なんかじゃないよ」

 気付いたらそう口に出していた。みんなの目がこちらに向いて少しぎょっとする。

 「生まれがどうだろうとマギーはマギーだ。今の彼女は僕らと楽しく旅をしている吟遊詩人だ。勝手に変な運命を押し付けるな」

 僕はそれだけ言って席を立った。ゼルダたちがそれを気にするのは仕方がないが、マギーを勝手にそこに当てはめるのは我慢できなかったのだ。

 僕はもやもやする気持ちを抱きながら、独り部屋に帰るのだった。今夜は早めに寝てしまおう。




―――その夜

 マギーは夜中に起き出していた。彼女は冷えた身体を震わせる。だが左腕だけは温かい。見ればルーミが私の腕に抱きついたまま静かに寝息を立てていた。それをそっと解き、おでこに軽くキスをする。

 「温泉でも入ろうかニャ……」

 彼女は独り湯殿に向かう。冷えきった渡り廊下、その欄干に女の影がひとつ。

 「今から風呂か?だが残念だったな。今掃除中だってよ」

 「そうか。じゃあ私は明日の朝にしようかニャ」

 マギーは手を振って踵を返す。女は真っ暗な森を見つめながら手を挙げて応える。夜闇に隠れた彼女の髪は、赤紫に燃えていた……。
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