スターライトパレード

木風

文字の大きさ
71 / 77
第一巻 shooting stars

3話「過去からの救いの手」

しおりを挟む
ステージの下から不意に名前を呼ばれ、振り向く。

「瑞希ちゃん……」
「やっぱり!コンクールでも名前見かけなくなって、ピアノやめたって噂だったけど……嘘だったんだ!
ほんと、噂ってあてにならないよね~」

明るく話しかけてくるその声とは裏腹に、私の体は硬直した。
一瞬で、誰なのかわかってしまった。
さっきまで感じていた夏の暑さが嘘のように消えて、代わりに冷や汗がじわりと背中を伝う。
そんな私の様子など気にせず、彼女はステージに上がってきて話し続ける。

「私もあのあと、すぐピアノやめたんだ。あんなに意地になって続けることなかったよー。もっと早くやめてればよかった!
奏もそうでしょ?」

喉の奥がキュッと締まり、声が出ない。
顔はたぶん、ぐちゃぐちゃだったと思う。

「いきなり、何あんた?」

そのとき……
私と瑞希ちゃんのあいだに、セナ君が割って入った。

「えっ!?うそ!?スタライの……セナ!?」
「何?って聞いてんだけど」
「えー?ちょっと昔のこと謝りたくて~。そんなことより……写真撮ってもいいですか?ツーショとか!」

セナ君が、少しだけ肩を振るようにして、振り向いたのがわかった。

「悪いんだけどさ、また日を改めてくれない?
こいつ、ちょっと体調悪いみたいでさ」
「え~?そんなことないよねー?」

なおも響く彼女の声に、私は何も言えない。
冷たくなっていく指先から目を離すことができず、顔を上げることさえできなかった。

「……あの時は、ごめんね~?私も追い詰められててさ~」

……言葉が出ない。

すると、セナ君が代わりに口を開いた。

「……謝んなくていいよ」
「……え?」
「あんたが謝るとさ、こいつは“許す”って言葉を、吐かなきゃいけなくなるだろ」

セナ君の声に、はっとして顔を上げることができた。

「何があったかは知らねーけど、こいつの様子が見えねーの?よく話しかけれんな。
こんなんなっている相手に向かって軽い“ごめんね”で済むことなんてねーよ」

その声が、胸に響いた。
……ああ、やっと息ができた。

「行こーぜ」

腕を掴まれて、セナ君と一緒に椅子から立ち上がる。
ステージを後にする背中に、まだ瑞希ちゃんが何か言っているのが聞こえる……けど。
もう、その声は私の耳には届かなかった。



音楽堂から少し離れたベンチに腰を下ろす。
セナ君が買ってくれた紅茶を、そっと口に運ぶ。

少しずつ、私は話しはじめた。
……2年前のことを。

ピアノが好きだった。
楽しくて、仕方なかった。

先生の勧めでコンクールに出るようになり、私は2年前、日本で私の年齢で参加できる最高峰と言われるコンクールの予選に参加していた。
コンクール後は海外留学も予定していて、きっとずっとピアノに向き合う人生なんだと疑わずにいた。
でも、これが……最後に人前で弾けた舞台だった。



コンクール、2次予選が終わったあと。
結果を待つ控室で、私は楽譜を抱えて座っていた。

「奏……」

戻ってきたのは、友人の瑞希ちゃんだった。
同じピアノ教室に通う仲間で、気を張っていた私は彼女の顔を見た途端、ふっと肩の力が抜けた。

「瑞希ちゃん!どうだった!?
楽しかったね、コンクール!お客さんも優しかったし、反応もよかったよね!」

そう言いながら、楽譜を横に置き、その上に手を置く。
結果はまだだけど、きっと二人とも通過してる。そんなふうに思っていた。

カチカチ……
「なんで……なんで、あんたはそんなに楽しそうなのよ……」

カチカチ……
「……瑞希ちゃん?」

「私は……毎日毎日、こんなに苦しんでるのに!!!!」

……振り向こうとした、その瞬間。

何かが顔の横をかすめた。
次の瞬間、置いていた手元に“何か”が突き刺さる音と衝撃。

「……っ!」
「……あんたなんか、弾けなくなっちゃえばいいのよ!!!!」

そう叫んで、彼女は控室のドアを乱暴に閉めて出て行った。



ほんの数秒の出来事だったと思う。
怖くて、すぐには手元を確認できなかった。
ようやくの思いで、そっと目を落とす。

……右手の指。人差し指と中指の間。
そこに……カッターナイフが、鈍く光りながら突き立っていた。
息を飲んだ。
触れないように、ゆっくり手を胸元へ引き寄せる。

大丈夫。ちゃんと指はある。
痛くない。血も出てない。

ホッとした瞬間、止めどなく涙があふれてきた。

その日、結果がどうだったかも覚えていない。
どうやって帰って、どうやって眠ったのかも。

翌日は熱を出し、初めてレッスンを休んだ。
その後、すぐに次のコンクールの準備が始まった。

“いつも通り弾けてる”
そう自分に言い聞かせ、ピアノに没頭した。
親に止められるくらい、倒れ込むほど弾いた。

けれど……

そのコンクールで、私は鍵盤に手を置けなかった。

曲は、暗譜していた。
でも弾けない。
手を伸ばそうとするたびに、あのときの記憶がフラッシュバックして、指が震えて、意識が遠のいていき…
……気がついたら、舞台の上で倒れていた。



両親も先生も、「練習のしすぎ」と言って励ましてくれた。

でも、私にはわかっていた。
これは、私だけの問題だった。

次のコンクールに出ることは、もうなかった。

見学者がいるだけで、弾けなくなった。
そのうち、先生の前でも。
両親の前でも。
……そして、誰の前でも、弾けなくなった。

「み……瑞希ちゃんも、きっと辛かったのかもしれないけど……でも……っ」

言葉がうまく出てこない。
嗚咽まじりの声になる。

「ダメなの……ひとりなら弾けるの……でも……人がいると、もうだめで……
だから、セナ君の期待にも、きっと応えられない……」

そう言って、俯いた私の手に……
セナ君のあたたかな手が、そっと重なった。

「そっか……つらかったな。あー…つらいとかそんな簡単じゃないよな…きっと…
お前をそんな目に合わせた奴のことなんて、許さなくていい」
「……わ、わたし……許さなくて……いいの……?」
「いいよ。誰がなんて言っても、オレはお前が正しいって言い続ける」

その手に、少しだけ力が入る。

「オレの期待とかさ…いいんだ。おまえがそれでもあそこで弾いてたの聴けたし。あれでオレはまた5年はがんばれっから」
「ぷっ。なにそれ……」

……2年間、抱え続けた重たい鎖が、少しだけ外れた気がした。

どれだけ時間が経っただろう。
ずっとそのまま手を握ってくれていることに気が付いて、急に恥ずかしさがこみあげてくる。

「あ…あの……ずっと……なんか、ごめん……手……」
「あぁ、そんなん、気にすんなよ」
「……それに、もうひとつ。追加で謝らないと……アイドルなんかって、言っちゃって……ごめんなさい」
「あー、あれな。まあ……アイドル本人に言うのは確かに、ヒデーなー」
「うん……ほんとだよね……」
「うん。マジ無いわー。マジでさ悪いと思ってんならさ…」

ポケットから何かを取り出し、私の手に握らせてくる。

「えっ!?」
「今週末、横アリでライブなんだ。オレたち、頑張ってるからさ。一度でいい。観に来いよ。絶対楽しいから!!」

そう言って、手を振りながらステップを踏むみたいに去っていく背中。
その姿を、私はずっと目で追っていた。

気づけば空は、すっかり夕暮れ。

たくさん泣いたあとなのに、
心は晴れやかで……どこか、すっきりした気分だった。
あまりにもきれいな夕焼けで、思わず写真を撮る。

「……ライブ、かぁ……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。 今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。 家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。 だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?

いい加減な夜食

秋川滝美
恋愛
ハウスクリーニングのバイトをして学費を稼ぐ大学生、谷本佳乃。ある日彼女が、とある豪邸の厨房を清掃していたところ、その屋敷の使用人頭が困り顔でやってきた。聞けば、主が急に帰ってきて、夜食を所望しているという。料理人もとっくに帰った深夜の出来事。軽い気持ちで夜食づくりを引き受けた佳乃が出したのは、賞味期限切れの食材で作り上げた、いい加減なリゾットだった。それから1ヶ月後。突然その家の主に呼び出されたかと思うと、佳乃は専属の夜食係として強引に雇用契約を結ばされてしまい……。ひょんなことから始まる、一風変わった恋物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...