64 / 77
第二巻 Dear You
第6話「母の愛と知らない横顔」
しおりを挟む
「パパ!ママ!!」
これだけは伝えないと……と思っていた事がある……
「ママ……私は、今もママと共演することが夢だよ」
「!」
「ありがとう、ママ……パパ」
その言葉に、ママがそっと私を抱き締めてくれる。
「大好きよ。今でも奏が……奏のピアノが、世界で一番大好きよ」
……あの時と変わらない、優しいママの暖かさがとても嬉しい。
みんなが待つ部屋に戻ると、ソファの上で全員がぐったりしていた。
「はぁぁぁーーー良かったぁっぁぁーーー」
信さんの安堵の声が響く。
「マジ怖ない?奏ちゃんのオカン」
「ほんと、遊里なんて蛇に睨まれた蛙状態だったもんな」
「うるさい!蓮!うるさーい!!」
みんなのいつものやり取り。
それを見ているうちに、じわじわと実感が湧いてくる。
……私、ここに残っていいんだ。
椿さんが名刺を見ながら近づいてくる。
「ね、奏ちゃん。奏ちゃんのお父さん……え、NovaTone Inc.の代表取締役って書いてあるけど……」
「それって……セナと奏ちゃんでPC買いに行ったお店じゃないの?」
「あ……そうなの……うん……そうなの……」
「「「「「「「はぁぁーーーーー???」」」」」」」
さらにぐったりするみんな。
そのまま、ここ数日の出来事を教えてくれた。
セナ君が、私の曲を独断で『shooting stars』の作詞家に依頼したこと。
メンバーたちが代わる代わるママに会いに行ってくれたこと。
大半は門前払いだったけれど、昨晩作詞が仕上がって……
その曲を持って、最後の説得に駆けつけてくれたこと。
「あいつら……!また……!!」
そっか……口ぶりが妙に知ってる感じだったのは、そういうことだったんだ……
みんな忙しいのに、私のために裏で行動してくれていた気持ちに言葉が詰まる。
「でもさー、お前の親父さん、あんな気ぃ強い女のどこがいんだよな」
「こら、セナ」
……うーん、どこだろうなぁ。
客観的に見て、ママはとてもキレイで、ヴァイオリンを弾く姿も格好良くて……
好きにならない要素、あるかな?
考え込んでいる私を、じっと見つめるセナ君。
「……お前は父親似で良かったわ」
翌日、無事に学校へ復帰した学校の帰り道、八神さんから事務所に寄るよう連絡が入り、指定された会議室へ向かう。
コンコンコン……
「失礼します」
扉を開けると、正座するメンバーと、その前に仁王立ちする八神さんの姿が。
「え??みんなどうしたの??」
「グループの決まりなの。叱られる時は正座って」
最前列で正座していた蓮君が教えてくれる。
「ねー!!この年齢順で正座並ぶの、いい加減やめないー!?ボク一生最前列なんだけど!?」
「いや、マジで正座とかさ……ダルくね」
足を崩すセナ君。
「セナ、遊里、誰が足を崩していいと言った」
八神さんの声がピシャリと響き、空気が凍る。
その緊張感に耐えきれず、私もスゴスゴとみんなの元へ。
靴を脱ぎ、遊里君の隣に正座する。
「いや、なんで奏ちゃんまで正座すんねん」
「あ……年齢順って聞いたから……遊里君と真央君の間が空いて無いから、とりあえず端に……」
「おまえは正座する必要ねって。ほら、椅子座れ」
「セナ!どさくさに紛れて正座を崩すな!」
再び八神さんの喝。
「お前らな……自分たちが何をしたのかわかっているのか?」
誰も答えられず、しんと静まり返る会議室。
「空港での件だ」
低い声に、さらに空気が張り詰める。
「芸能人が“空港で集団パフォーマンス”……聞こえはいいが、警備・許可・通行の妨げ、どれを取っても事務所にとってはリスクの塊だ」
「でも!私のために……」
「音羽さん。これは、彼らが『自分の意思で』選んだ行動だ」
八神さんが深く息を吐き、腕を組む。
アイドルとしても行動が社会にどう受け止められるか、ファンのこと、スポンサーのこと…そして事務所の信用。
今回は幸い問題にならなかったけど、パパの会社、NovaTone Inc.にまで影響が及ぶ可能性…
……そうだよね。
そこまで、本当に考えが及んでなかった……
「幸い、今回は“奇跡的に”何事もなかった。だから正座で済んでる」
「……」
「でも次同様のことを起こしたら……上層部判断で謹慎もあり得る。わかったな」
八神さんが手帳を開きながら続ける
「……今朝、事務所としてJSA本社に謝罪に行ってきた。空港内での無許可パフォーマンスについて、当然厳しい指摘はあった。だが……」
一拍置いて、八神さんはふっと表情を和らげた。
「……あの場にいた誰もが、心を動かされたと。そう言われた」
……心を動かされた?
あの空港で、みんなが私のために歌ってくれたあの曲が…?
「その上で『ぜひ正式な形で、あの世界観を映像にしてプロモーションとして使わせてほしい』と。つまり……」
えっ、それって……
「JSAのCMソングに採用したいと正式にオファーが来た」
えっ……!
「ただのCMじゃない。国際線再編に合わせた大型プロモーション企画で、特設サイト・テレビ・ラウンジ内放映まで展開する“顔”になる案件だ。かなり大きい」
目の前の出来事が信じられない。
「あと、これはもう報告になるけど」
八神さんが私を見る。
「空港での曲が、アルバムのリード曲に決定した」
リード曲……!?
「セナから、音羽さんがコンペ用に書いていた曲と聞いていた。今回の反響とタイミング、そしてメッセージ性を含めて、これ以上のリード曲はないという話になった」
リード曲って確か……アルバムの看板となる、一番最初に聴かれる曲になるということ?
あまりに急な展開に、頭がついていかない。
「原曲と作詞だけの状態だから、これからアレンジが入ってレコーディングに入る。タイトなスケジュールになるが、体調管理には気を付けて、引き締めて仕事に取り掛かるように」
八神さんが資料を閉じ、セナ君に向かって言う。
「あと、誰とは言わんが、ポルシェをターミナル前に一時駐車するのは禁止だ。
空港職員から事務所に直接クレームが来た」
「セナ君やん!!」
「うわーーー!」
あまりの展開に、思わず笑いがこぼれた。 気がつけば、みんなも笑っていた。
はぁぁぁ……ここかぁ……
タクシーから降りて、目の前に見えるテレビ局を見上げる。
先日、八神さんに会ったとき。
家でTVを見ていて「ライブとCD、テレビでの音の違いが気になる」と話したところ、「良い機会だから」と、週末の音楽番組収録を見学させてもらえることになった。
先日、私とスターライトパレードのLINEグループが作られ、生放送のため午前中からずっとリハをしているらしく……
リハの合間合間にみんながメッセージを送ってくれて、タクシーの中でそれを読んでいたら、思わず声に出して笑いそうになった。
事前に聞いていた通用口へ向かい、学生証を提示する。
ちゃんと手配されていたようで、八神さんが迎えに来てくれて、手渡されたパスを首から下げた。
“GUEST / Risetone 様 関係者”
その文字を見て、なんだか照れくさいような誇らしいような、妙な気持ちになる。
控室に案内されると、真央君と遊里君はもう衣装に着替え、メイクもばっちり。 信さんと蓮君がメイク中だった。
「お疲れ様です」
「いらっしゃい」
最初に声をかけてくれたのは怜央さんだった。
控室のソファに促され、テーブルの上にはフルーツ、どら焼き、栄養ドリンクが並んでいる。
「あぁぁ!また……差し入れ忘れちゃった!学校から急いできたから……」
「まーた、お前は……いいんだって、そんなの気にすんな」
そう言ったのはセナ君。
話しかけようとした瞬間、椿さんが彼を呼んだ。
「セナ、お客さん」
「誰?」
「いいから行けって」
気だるそうに出ていくセナ君。
少し開いたドアの隙間から、見覚えのある女性の姿が見えた気がした。
今の人って……?
「久々じゃない?あーゆーの」
「何番目だっけ?あの子。4……5番目?」
「真央、遊里、セナが後で怖いよ」
肩をすくめる2人。
聞こえてきた会話に、私は戸惑う。
5番目……って?
怜央さんを見ると、少し困ったように苦笑いをしていて、それ以上は聞けなかった。
なんだか居心地が悪くなって、思わず立ち上がる。
「あの……!ちょっとお手……洗いに……」
その場を逃げるように出てしまった。
似たような部屋が並ぶ廊下で、迷いそうになっていた私を怜央さんが案内してくれる。
すると、人気のない廊下の奥から聞き覚えのある声がした。
「……私、本気だったのに」
「もう、そういうのやめろって」
「本当にもう無理なの?」
「悪いけど、もう興味ない。そういうとこ、ホント無理」
セナ君……?でも、あの喋り方……本当にセナ君?
怜央さんはばつが悪そうに、そっと口元に手を当てていた。
「この前のもさ、あれ何?プレゼントなんてやった覚えねーんだけど」
「でも……食事行ったじゃない……」
「行ったけど?で?」
「ホテルにだって泊まったじゃない……!」
「はーっ……マジ、ダルッ」
廊下に出て来たセナ君と目が合う
「奏……!?え……今の会話……」
セナ君の後ろから口元を押さえながら廊下を駆け出していく女性の後ろ姿が見える。
目が合ったまま、言葉を失う。
「……わり。先、戻るわ」
足早に去っていくセナ君。
私は追うこともできず、怜央さんと無言で控室に戻った。
あんなことがあったのに……
セナ君はパッと見、いつも通りで。 メイクさんと軽口を交わしながら、笑っている。
「はい、今日もカッコいい~」
「まつ毛長っ、ずるーい」
メイクさんの指が彼の頬に触れる。 視線が交わる。
「はーい、次は目ぇつぶって?」
……それは、まるで。
今にもキスしそうな距離感だった。
いや、えっ!?いやいやいや!
もう、何を見てもそう見えちゃうんですけど!?
ていうか、あんなことがあった後で、どうして何事もなかったみたいにいられるの!?
初めて感じた…… セナ君への、理由のわからない不信感。
ただ、それを抱えたまま、時間は過ぎていった。
「うわーーーーみんな本当に格好良い!!!」
衣装とメイクが仕上がったメンバーが並ぶと、思わず声を上げたくなるほどの迫力。
「もっと言ってもっと言ってー!」
クルクルと目の前で回る遊里君。
ふわりと広がる衣装の裾が、ライトの下できらめく。
ライブとはまた違う衣装。 でもそれすら着こなす彼らに、また改めて見惚れてしまう。
……そして、ふと。
扉の向こうから、スタッフの声がかかった。
「スタンバイお願いします」
これだけは伝えないと……と思っていた事がある……
「ママ……私は、今もママと共演することが夢だよ」
「!」
「ありがとう、ママ……パパ」
その言葉に、ママがそっと私を抱き締めてくれる。
「大好きよ。今でも奏が……奏のピアノが、世界で一番大好きよ」
……あの時と変わらない、優しいママの暖かさがとても嬉しい。
みんなが待つ部屋に戻ると、ソファの上で全員がぐったりしていた。
「はぁぁぁーーー良かったぁっぁぁーーー」
信さんの安堵の声が響く。
「マジ怖ない?奏ちゃんのオカン」
「ほんと、遊里なんて蛇に睨まれた蛙状態だったもんな」
「うるさい!蓮!うるさーい!!」
みんなのいつものやり取り。
それを見ているうちに、じわじわと実感が湧いてくる。
……私、ここに残っていいんだ。
椿さんが名刺を見ながら近づいてくる。
「ね、奏ちゃん。奏ちゃんのお父さん……え、NovaTone Inc.の代表取締役って書いてあるけど……」
「それって……セナと奏ちゃんでPC買いに行ったお店じゃないの?」
「あ……そうなの……うん……そうなの……」
「「「「「「「はぁぁーーーーー???」」」」」」」
さらにぐったりするみんな。
そのまま、ここ数日の出来事を教えてくれた。
セナ君が、私の曲を独断で『shooting stars』の作詞家に依頼したこと。
メンバーたちが代わる代わるママに会いに行ってくれたこと。
大半は門前払いだったけれど、昨晩作詞が仕上がって……
その曲を持って、最後の説得に駆けつけてくれたこと。
「あいつら……!また……!!」
そっか……口ぶりが妙に知ってる感じだったのは、そういうことだったんだ……
みんな忙しいのに、私のために裏で行動してくれていた気持ちに言葉が詰まる。
「でもさー、お前の親父さん、あんな気ぃ強い女のどこがいんだよな」
「こら、セナ」
……うーん、どこだろうなぁ。
客観的に見て、ママはとてもキレイで、ヴァイオリンを弾く姿も格好良くて……
好きにならない要素、あるかな?
考え込んでいる私を、じっと見つめるセナ君。
「……お前は父親似で良かったわ」
翌日、無事に学校へ復帰した学校の帰り道、八神さんから事務所に寄るよう連絡が入り、指定された会議室へ向かう。
コンコンコン……
「失礼します」
扉を開けると、正座するメンバーと、その前に仁王立ちする八神さんの姿が。
「え??みんなどうしたの??」
「グループの決まりなの。叱られる時は正座って」
最前列で正座していた蓮君が教えてくれる。
「ねー!!この年齢順で正座並ぶの、いい加減やめないー!?ボク一生最前列なんだけど!?」
「いや、マジで正座とかさ……ダルくね」
足を崩すセナ君。
「セナ、遊里、誰が足を崩していいと言った」
八神さんの声がピシャリと響き、空気が凍る。
その緊張感に耐えきれず、私もスゴスゴとみんなの元へ。
靴を脱ぎ、遊里君の隣に正座する。
「いや、なんで奏ちゃんまで正座すんねん」
「あ……年齢順って聞いたから……遊里君と真央君の間が空いて無いから、とりあえず端に……」
「おまえは正座する必要ねって。ほら、椅子座れ」
「セナ!どさくさに紛れて正座を崩すな!」
再び八神さんの喝。
「お前らな……自分たちが何をしたのかわかっているのか?」
誰も答えられず、しんと静まり返る会議室。
「空港での件だ」
低い声に、さらに空気が張り詰める。
「芸能人が“空港で集団パフォーマンス”……聞こえはいいが、警備・許可・通行の妨げ、どれを取っても事務所にとってはリスクの塊だ」
「でも!私のために……」
「音羽さん。これは、彼らが『自分の意思で』選んだ行動だ」
八神さんが深く息を吐き、腕を組む。
アイドルとしても行動が社会にどう受け止められるか、ファンのこと、スポンサーのこと…そして事務所の信用。
今回は幸い問題にならなかったけど、パパの会社、NovaTone Inc.にまで影響が及ぶ可能性…
……そうだよね。
そこまで、本当に考えが及んでなかった……
「幸い、今回は“奇跡的に”何事もなかった。だから正座で済んでる」
「……」
「でも次同様のことを起こしたら……上層部判断で謹慎もあり得る。わかったな」
八神さんが手帳を開きながら続ける
「……今朝、事務所としてJSA本社に謝罪に行ってきた。空港内での無許可パフォーマンスについて、当然厳しい指摘はあった。だが……」
一拍置いて、八神さんはふっと表情を和らげた。
「……あの場にいた誰もが、心を動かされたと。そう言われた」
……心を動かされた?
あの空港で、みんなが私のために歌ってくれたあの曲が…?
「その上で『ぜひ正式な形で、あの世界観を映像にしてプロモーションとして使わせてほしい』と。つまり……」
えっ、それって……
「JSAのCMソングに採用したいと正式にオファーが来た」
えっ……!
「ただのCMじゃない。国際線再編に合わせた大型プロモーション企画で、特設サイト・テレビ・ラウンジ内放映まで展開する“顔”になる案件だ。かなり大きい」
目の前の出来事が信じられない。
「あと、これはもう報告になるけど」
八神さんが私を見る。
「空港での曲が、アルバムのリード曲に決定した」
リード曲……!?
「セナから、音羽さんがコンペ用に書いていた曲と聞いていた。今回の反響とタイミング、そしてメッセージ性を含めて、これ以上のリード曲はないという話になった」
リード曲って確か……アルバムの看板となる、一番最初に聴かれる曲になるということ?
あまりに急な展開に、頭がついていかない。
「原曲と作詞だけの状態だから、これからアレンジが入ってレコーディングに入る。タイトなスケジュールになるが、体調管理には気を付けて、引き締めて仕事に取り掛かるように」
八神さんが資料を閉じ、セナ君に向かって言う。
「あと、誰とは言わんが、ポルシェをターミナル前に一時駐車するのは禁止だ。
空港職員から事務所に直接クレームが来た」
「セナ君やん!!」
「うわーーー!」
あまりの展開に、思わず笑いがこぼれた。 気がつけば、みんなも笑っていた。
はぁぁぁ……ここかぁ……
タクシーから降りて、目の前に見えるテレビ局を見上げる。
先日、八神さんに会ったとき。
家でTVを見ていて「ライブとCD、テレビでの音の違いが気になる」と話したところ、「良い機会だから」と、週末の音楽番組収録を見学させてもらえることになった。
先日、私とスターライトパレードのLINEグループが作られ、生放送のため午前中からずっとリハをしているらしく……
リハの合間合間にみんながメッセージを送ってくれて、タクシーの中でそれを読んでいたら、思わず声に出して笑いそうになった。
事前に聞いていた通用口へ向かい、学生証を提示する。
ちゃんと手配されていたようで、八神さんが迎えに来てくれて、手渡されたパスを首から下げた。
“GUEST / Risetone 様 関係者”
その文字を見て、なんだか照れくさいような誇らしいような、妙な気持ちになる。
控室に案内されると、真央君と遊里君はもう衣装に着替え、メイクもばっちり。 信さんと蓮君がメイク中だった。
「お疲れ様です」
「いらっしゃい」
最初に声をかけてくれたのは怜央さんだった。
控室のソファに促され、テーブルの上にはフルーツ、どら焼き、栄養ドリンクが並んでいる。
「あぁぁ!また……差し入れ忘れちゃった!学校から急いできたから……」
「まーた、お前は……いいんだって、そんなの気にすんな」
そう言ったのはセナ君。
話しかけようとした瞬間、椿さんが彼を呼んだ。
「セナ、お客さん」
「誰?」
「いいから行けって」
気だるそうに出ていくセナ君。
少し開いたドアの隙間から、見覚えのある女性の姿が見えた気がした。
今の人って……?
「久々じゃない?あーゆーの」
「何番目だっけ?あの子。4……5番目?」
「真央、遊里、セナが後で怖いよ」
肩をすくめる2人。
聞こえてきた会話に、私は戸惑う。
5番目……って?
怜央さんを見ると、少し困ったように苦笑いをしていて、それ以上は聞けなかった。
なんだか居心地が悪くなって、思わず立ち上がる。
「あの……!ちょっとお手……洗いに……」
その場を逃げるように出てしまった。
似たような部屋が並ぶ廊下で、迷いそうになっていた私を怜央さんが案内してくれる。
すると、人気のない廊下の奥から聞き覚えのある声がした。
「……私、本気だったのに」
「もう、そういうのやめろって」
「本当にもう無理なの?」
「悪いけど、もう興味ない。そういうとこ、ホント無理」
セナ君……?でも、あの喋り方……本当にセナ君?
怜央さんはばつが悪そうに、そっと口元に手を当てていた。
「この前のもさ、あれ何?プレゼントなんてやった覚えねーんだけど」
「でも……食事行ったじゃない……」
「行ったけど?で?」
「ホテルにだって泊まったじゃない……!」
「はーっ……マジ、ダルッ」
廊下に出て来たセナ君と目が合う
「奏……!?え……今の会話……」
セナ君の後ろから口元を押さえながら廊下を駆け出していく女性の後ろ姿が見える。
目が合ったまま、言葉を失う。
「……わり。先、戻るわ」
足早に去っていくセナ君。
私は追うこともできず、怜央さんと無言で控室に戻った。
あんなことがあったのに……
セナ君はパッと見、いつも通りで。 メイクさんと軽口を交わしながら、笑っている。
「はい、今日もカッコいい~」
「まつ毛長っ、ずるーい」
メイクさんの指が彼の頬に触れる。 視線が交わる。
「はーい、次は目ぇつぶって?」
……それは、まるで。
今にもキスしそうな距離感だった。
いや、えっ!?いやいやいや!
もう、何を見てもそう見えちゃうんですけど!?
ていうか、あんなことがあった後で、どうして何事もなかったみたいにいられるの!?
初めて感じた…… セナ君への、理由のわからない不信感。
ただ、それを抱えたまま、時間は過ぎていった。
「うわーーーーみんな本当に格好良い!!!」
衣装とメイクが仕上がったメンバーが並ぶと、思わず声を上げたくなるほどの迫力。
「もっと言ってもっと言ってー!」
クルクルと目の前で回る遊里君。
ふわりと広がる衣装の裾が、ライトの下できらめく。
ライブとはまた違う衣装。 でもそれすら着こなす彼らに、また改めて見惚れてしまう。
……そして、ふと。
扉の向こうから、スタッフの声がかかった。
「スタンバイお願いします」
3
あなたにおすすめの小説
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
いい加減な夜食
秋川滝美
恋愛
ハウスクリーニングのバイトをして学費を稼ぐ大学生、谷本佳乃。ある日彼女が、とある豪邸の厨房を清掃していたところ、その屋敷の使用人頭が困り顔でやってきた。聞けば、主が急に帰ってきて、夜食を所望しているという。料理人もとっくに帰った深夜の出来事。軽い気持ちで夜食づくりを引き受けた佳乃が出したのは、賞味期限切れの食材で作り上げた、いい加減なリゾットだった。それから1ヶ月後。突然その家の主に呼び出されたかと思うと、佳乃は専属の夜食係として強引に雇用契約を結ばされてしまい……。ひょんなことから始まる、一風変わった恋物語。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる