スターライトパレード

木風

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第二巻 Dear You

第7話「疑いの種と波の音」

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さっきまで笑い声で賑やかだった空気が、すっと変わる。
目の前の景色が、一瞬で“本番前のステージ”になる。

信さんがスマホを置き、蓮君が鏡を最後に一瞥し、真央君が無言で立ち上がる。
衣装の端を整える怜央さんの指先、マイクベルトを調整するセナ君の仕草、深呼吸。
そのすべてが、今完全にアイドルに切り替わった瞬間に立ち会った気がする。

椿さんが、軽く手を上げて一言。

「行こうか」

それだけで、全員が動き出す。 誰も冗談を言わない。誰もふざけない。
だけど、それが怖いわけじゃなくて。
まるでそこに“信頼”があるようで、 目を合わせなくても一列に揃う彼らの背中に頼もしさすら感じる。

“アイドル”って、こういうことなんだ。 ただ歌って踊るだけじゃない。
自分のすべてを懸けて、何かを届けようとする人たち。

息をするのも忘れて、見送った。
心臓が、いつもより速く打っている気がした。
みんなを見送る私の目の前を、さっき廊下でセナ君と話していた女性も通り過ぎていった。

あ……彼女が……セナ君の……多分、元カノ……さん。

いつだったかの音楽番組で、戯れ合う光景を思い出す。
そっか…あれは元恋人同士だったから……あんな空気感だったんだ。

あの時感じた胸のもやもやの正体に気が付き、胸が今度は痛む。
テレビ越しじゃなくて実際に見たあの人は、TVで観ていた何倍もキレイで。

学校の制服のまま、この場に立つ自分がとても滑稽に思えた。

照明が一段、また一段と落ちていく。
観客のざわめきが徐々に静まり、スタジオ全体が“息を止める”ような空気に包まれた。
フロアの一番隅…… ケーブルの束やカメラスタッフの影に隠れるような場所で、立ったままステージを見つめる。

目の前に広がるステージ。
ほんの数メートル先にいるはずのみんなが、まるで別世界の人のように見える。

「ここ、立ち位置だけご注意くださいね」

そっと声をかけてきたスタッフに、小さく頷く。
でも、視線だけは……舞台の中央から、どうしても逸らせなかった。

トップバッターは、スターライトパレードだった。

イントロが流れ出した瞬間、空気が変わる。
歓声が沸き起こるわけじゃない。
けれど、何かが始まる……その一瞬前の“静”が、全身の神経を締めつけてくる。

ステージの真ん中。
セナ君の姿が、まっすぐにスポットを浴びて浮かび上がる。

まるで何もなかったように。
さっきのことなんて、なかったかのように。
完璧な笑顔で、歌い出す。

その隣で、真央君の視線がキリッと上がる。
遊里君と蓮君がふわっとしたステップを踏む。
椿さんの手が力強く振り下ろされて、信さんが口元でカウントを取って。
怜央さんの声が響いた瞬間、世界が動き出す。

これが、ステージ。
これが、スターライトパレード。

“さっきまでの彼ら”と、“いま目の前にいる彼ら”は、同じ人でいて、まったくの別人だった。

こんな風に誰かを惹きつけて、飲み込んで、 光に変えてしまうような人たちの中で…… セナ君は、その先頭にいた。

私はたぶん、ずっとその背中を見てしまう。
どんなに悔しくても、切なくても、目が離せない。

曲が終わった瞬間、スタジオがわっと沸いた。
でも、フロアの隅にいる私は、なぜか少しだけ泣きそうだった。

CMに入ったタイミングで、八神さんが遊里君と真央君に声をかける。

「遊里、真央、着替えて!タクシー呼んである!」
「えぇ~~!!」
「だってまだ番組終わってないし~!今日の衣装、写真も撮ってない~!」
「写真はあとで送る。はい、急いで!」
「ぐぬぬ……!」

2人が未練タラタラに袖を通しながら 「あーあー、早く誕生日来ないかなーー」 と文句を言いながらステージから降りて行った。

番組が進むにつれて、緊張は少しずつ解けていった。
だけど私の胸の奥は、ずっとどこか落ち着かなかった。

さっきの元カノさんとセナ君は視線が混じることも一切なく。
前回みたいにトークで絡んだりもせず、淡々と番組は進行する。

それが余計に2人の関係性を浮き彫りにしたようにすら感じてしまった。

どうして別れちゃったんだろう……
もしあんなふうに言われたら……私ならこんな笑顔で歌なんか歌えない。
そう思ったら、だんだんあんな酷い態度を取るセナ君に対して、 もやもやからむかむかに気持ちが変わるのを感じてしまった。

もしかしたら、あの笑顔も、作られたものだったのかもしれない。
じゃあ、あの人だって……本当は、少し傷ついていたのかな。

番組が終わり、みんなの楽屋に戻る。
この後も怜央さんと信さんがラジオの放送があるとか、次の仕事の話が耳に入る。

私は努めて明るく声をかける。

「みんなお疲れさまでした。格好良かったです!みんな着替えもあるかと思うので、私は帰りますね!」

用意していた言葉を息継ぎもせずに一気に吐き出す。
ヤバイ……不自然過ぎたかな……みんながきょとんとして私を見る。

「待てよ!あの……オレ送ってっから……」
「いえ、電車を使うので結構です!!!」

思わずピシャリと言い切ってしまった…
荷物を取り、ドアの前で大きく頭を下げ部屋を出る。

「あれは、母親似だな……」

と椿さんの声が聞こえた気がしたけれど、振り向きもせず楽屋を後にして電車に飛び乗った。

だって……あれ以上……あの場にいたら……セナ君に元カノのこと……
根掘り葉掘り聞いてしまいそうな自分に気が付いてしまい、止められなかったんだもん……

スタジオ見学から10日。 両親からの印税契約に関する書類が手元に届き、八神さんに渡すために事務所にやって来た。
無事に書類の提出も済んだし……帰ったら学校の課題に……ピアノの練習もしないと……

考え事をしながらエレベーターに乗り込む。
ほんの数秒……カン、と足音を響かせて乗り込んできた人影に、息が止まった。

「……あ」

閉まりかけたエレベーターの扉が、セナ君の手で止められる。
目が合う。目を逸らす。

「契約のやつ、もう出した?」
「……うん。法務に」
「そっか」

どちらも背中を壁につけ、視線は正面の階数表示。 10秒が、10分みたいに長く感じる。

「……あの……車で送るけど?」

1階で扉が開き、パッと出る。

「お疲れさまでした!」

セナ君の顔も確認せずビルの外に駆け出す。

「あれ?奏ちゃん?」

声の方を向くと、そこには怜央さんが車から手を振る。

「スタジオ収録以来かな?事務所に何かあった?」
「あ……ちょっと書類を出しに……」
「ふーん……ね、時間あるならドライブでも行かない?」

さっき、セナ君の送迎を断ったことが脳裏をかすめる。
このままここにいたら、今度はセナ君がここに来るかもしれない……

「お願いします!」
「いいよ。行こう!」

早くこの場を離れたい気持ちが大きくなる。

怜央さんの車に乗り込む。
セナ君のポルシェとは違って、怜央さんの車は高くて広くて、どこか安心する香りがした。
ドアを閉めると、外のざわめきがすっと遠ざかって、静かな空間が広がる。

「乗り心地、悪くないでしょ?」
「……はい。落ち着きます」

車はゆっくりと発進した。街の喧騒から離れていくように、少しだけ胸のざわめきも薄れていく。
窓の外を流れる街並みは、さっきまでの息苦しさをどこか遠くに連れ去ってくれるみたいだった。

「……奏ちゃん、元気なかった?」

助手席からの問いかけに、一瞬だけ息を呑む。
運転席を見ると、怜央さんは正面を向いたまま、穏やかな笑みを浮かべていた。

「……そんなこと、ないです……たぶん……」
「たぶん、か。じゃあ、それって“ある”んだな」

不思議と、否定する気になれなかった。

「さっきさ、セナとすれ違ったよ」
「…………」

車内は静かで、でも沈黙が怖くない。不思議な時間だった。

「ケンカでもした?」
「ケンカ……とかじゃ、ないです。ただ……」
「うまく言えない?」
「……はい」

ケンカ……じゃない……私とセナ君はケンカにすらならない関係……だと思う。

そんなことをぼんやり考えながら、窓から流れる景色を見る。
セナ君の車の匂いとはまた違う……落ち着く匂いに包まれて、瞼が徐々に重くなり……落ちて来るのを感じた……

あれ!?私寝ちゃった???
静かな波の音で目を覚まし、ビックリして辺りを見回す。
外はすっかり真っ暗になっていた。

「あ、起きた?ぐっすり眠っていたから。コーヒー飲める?」

ちょうど外から戻って来た怜央さんがコーヒーを手渡してくれる。

「熱いから気を付けてね」
「あ……ありがとうございます」

「少し外歩こうか。寒いから、このコート羽織っていいよ」

ネイビーのコートを手渡される。

ふわりと羽織ったコートから、落ち着いた香りがした。
柑橘系の何か……石鹸みたいな、でもそれだけじゃない…… 清潔で、大人の余裕みたいな匂い。
思わず、呼吸がゆっくりになっていく。

お台場の砂浜を歩きながら、怜央さんがゆっくりと口を開く。

「セナといるの、しんどい?」

私の気持ちを見透かすように聞かれて、少しだけうつむく。

「しんどいっていうか……この前の……元カノさんとのやり取りを見て……」

あまりにも、私の知っているセナ君と違っていた。

どちらが本当のセナ君なのかわからない。
ひょっとしたら、どちらも“本物じゃない”のかもしれない。

いつか、私にも…… あの目を、あの言葉を向けられる日が来たら……
そう思ったら、近くにいるのが怖くなってしまった。

「こんだけ生きてたらさ、いい日も悪い日もあるわけだよ。 だからさ。今日はちょっと、逃げてもいいじゃん」
「…………いいんですか?」
「大人はね、逃げ道をつくるのが仕事なの」

ぼんやり眺めていると、突然怜央さんに抱き寄せられる。

え……

「あ……あ……あの……」
「こうしてるとさ、ちょっと落ち着かない?」

コートからする香りが倍になったような錯覚になり、全然落ち着くわけもなく。

「疲れたり、寄りかかりたくなったら、頼ってよ」

別に力を入れられているわけでもないのに……振りほどこうと思えば振りほどけるのに……
生まれて初めて男性に抱きしめられて……なかなか離れるタイミングを掴めない……

怜央さんの胸元から、ゆっくりと身を離す。

「あ……すみません」
「ん、いいよ。ちょっとは落ち着けた?」

私は、何も言えずにうなずいた。

波の音と、遠くの観覧車の光がやけに優しく感じられる。
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