なつのよるに弐 叢雨のあと

まへばらよし

文字の大きさ
3 / 38
本編 雌花の章

第三話 秘密のやりとり

しおりを挟む
 思いやりに満ちた手つきだ。あらゆるところに触れ、椎奈がどう反応するのか微細に確認しているようだ。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになる。情事に全く集中できない。触れられることが全くいやでないことが、さらに辛かった。
「また緊張してるな」
 こんな状況下で、相手の声は冷静なように聞こえた。反応が薄い女に、興奮もできないだろうが。
「……また?」
「最初も、抱き合っていたとき、あなたは緊張していただろう」
 気取られていたとは思わなかった。
「かもしれません。そこに、ローションがあるから」
 椎奈は枕元に置いていたそれを取ろうと、からだをひねった。手を伸ばす前に、彼が先にそのチューブを手に取った。椎奈の見ている前で、男は手を濡らし、再び椎奈の足のあいだに手を伸ばしてきた。
「……ん」
 芽芯を、軽く転がすように押され、椎奈のからだが反応した。男は唇と舌で椎奈の胸元を攻めながら、器用に手も動かした。
「あ……いい」
 腰が、特に下腹部が疼きはじめた。踵が自然に動いてしまい、シーツに波を作っている。
 これで進めそうだ。そう安堵したのもつかの間、膣口に侵入された痛みに、椎奈は全身を硬直させた。
「いっ……」
 男も、指先を挿したあと、椎奈のこわばりに気付いたようだ。指を動かさず、顔を椎奈に寄せてきた。
「あなたは処女か?」
 椎奈は眉根を寄せたまま首を左右に振った。
「経験してます」
「教えてくれ。ここに、男根なり道具なり、最後に挿れたのはいつだ?」
「七年前です」
「それから自慰すらしてないのか?」
 じい?
「じいって、な……あ、ああ。……していないわけでは」
「挿れずに済ませているということか?」
「はい……まあ、ええ。そういうことです」
 男は動かず、指を入れたまま、椎奈の顔を覗き込んでいる。
「何があった?」
「なにが?」
「最後に経験したときに、相手の男に酷いことをされたのか?」
 椎奈は目を見開き、首をぶんぶんと左右に振った。
「えええ? 違います」
 椎奈には、彼の発想が意外で慌ててしまった。よくよく考えれば、この状況で考えがそちらに向かうのも当然だった。
「なら、その後か。何があった? 誰かに襲われたのか? もしくは親しい知人に何かあったか?」
 椎奈はからだを強ばらせた。
「何かあったんだな。ここがさらに堅くなった」
「あっ」
 椎奈のなかに入ったままの、彼の指が動いた。ほんのわずかな動作だったが、否が応でも反応してしまう。
「やめて、そんなところで確認しないで」
「……っと、悪い」
 彼は首を仰け反らせ、椎奈から指を抜いた。椎奈も、肩の力を抜くことができた。
「何があった」
 彼は食い下がってきた。椎奈には触れていないが、彼がついた手のあいだに椎奈は横になっている。逃げられる体勢ではない。
「個人の、身元に関することを根掘り葉掘り聞かないのが規則ですよ?」
 椎奈の警告に男は眉をひそめた。
「理由を聞くと身元が知られてしまう次元で何か起きたのか……?」
 やぶ蛇だった。椎奈は次の反論ができなかった。目を逸らせ、彼があきらめるのを待った。
「ならこれだけは教えてくれ。そのことは、法的には決着がついているのか?」
 しぶしぶ、椎奈は彼に視線を合わせ、肯定した。
「ええ。……その、七年前に大きな転機があったので……。それから、そんな関係を持てる男の人と会えなかっただけです。性行為で酷いことをされたことは、一度もないです」
 彼はそうかと返事をしたあと、椎奈から離れ身を上げた。椎奈の横であぐらをかき、椎奈を覗っている。
「悪かった。詮索するつもりはな……いやかなりある。でも、あなたを苦しめたいわけじゃない」
「ううん……私こそ、ごめんなさい」
「今日は、やめておいたほうがいいな」
 自身にも、椎奈にも、言い聞かせているような物言いだ。ふがいなくて、椎奈は自分をそしりたくなった。
 彼に対し不快なところはなかった。むしろ、続けられるならそうしてほしかったのに。これで終えた。縁は切れてしまったのだ。
 椎奈も上半身を起こし、裸のまま、正座して彼に頭を下げた。
「ごめんなさい」
 椎奈は男の下帯に視線を送った。さっきまで、二人が褥に入ったときにはあった、彼の男の象徴の興奮が、今は分からなくなっている。
「謝らないでくれ。こういうことだって、そりゃあ、あるだろう」
「お見合いではあってはならないことです」
 彼は膝立ちになって椎奈のそばにやってきた。何をするのかと思ったら、椎奈がさきほどまで身に着けていた浴衣を手に取り、椎奈の肩にかけてくれた。
 優しいひとだ。いっそう、離れがたい。
「やめなくていいんです。続けてください」
「無理だ」
 痛がる女に萎えるのは当たり前だ。
「ごめんなさい」
「謝るなと言ってるだろう。俺にとってはな、その気がない女性のからだに異物を挿すのは、女性にナイフを刺す行為と同義なんだ。できない」
「それが、決まり事でも?」
「それが決まり事だというのなら、それが間違ってる」
 声のトーンが下がった。彼から僅かな憤怒の波動が見えた気がした。椎奈の背筋が伸びたとき、彼は肩をすくめた。
「なんてな。俺のことは気にしないでくれ」
 空気が急に軽くなった。わざとおどけてくれたのだ。彼は、場の雰囲気を自在に操ることもできるのか。
 不思議な人だ。
 ますます、縁を離したくない。この人の中にあるものを、一生かけて知っていきたいのに、どうしたらいい?
 椎奈は、相手を帰したくなくてやっきになっている。どうしてここまで執着しているのか分からないが、とりあえず彼をここに引き留めたかった。彼はすぐにでも着物を着て、出て行ってしまいそうだ。
 何か言わねば。椎奈は手を挙げた。
「私がしてもいい?」
 拙い経験で、とっさに出た案がこれか。言ってしまってから、椎奈の耳は熱くなってきた。顔も赤いに違いない。
 暗闇でよかった。

 椎奈の提案は小さな部屋内で、身の置き所がなくなったように漂った。
 彼は動かなくなった。固まっているのだ。
 椎奈は黙って待った。自分が発言したことが彼にとって不愉快であったなら、それはもう仕方がない。
 自分たちは縁がなかったということで、頑張って諦めよう。

 男は首を動かしている。当惑しつつ、言葉を探している。
「ええとだな、あなたが」
「はい」
「俺を受け入れられなかった罪悪感で、そう提案してくれているなら、それは過ぎたお節介だ」
 椎奈は否定も肯定もしなかった。そんなつもりはない。どう説明すれば伝わるのだろう。
「だが、あなたが純粋に、俺のイチモツに興味があるなら」
「興味あります」
 食い気味で肯定してしまった。さすがにこれには椎奈自身が自分に引いた。恥ずかしい以前に人としてどうか。椎奈はぎゅっと目を閉じた。
 彼はふっと息を吐いた。笑ったのか、何かを吹っ切ったのか、どちらともとれる音だ。
「そういうことなら、大歓迎だ」
 彼は心なしか、背筋を伸ばしたように見えた。椎奈は膝で寄っていって、男のごく近くまで寄った。
「あなたの……下帯、私が解いていいですか?」
「ああ」
 掠れた声。冷静さがなくなったそれは、椎奈の背筋に響いた。
 下帯の紐を解き、そっと前を下ろす。椎奈の提案は、彼に期待を持たせることができたのだろうか。現れた象徴は、完全に堅くなっていないが、確かに興奮していた。
 多分、大きい。
 指を入れられただけであんなに痛かったのに、これは、さっきの自分では決して受け入れられなかった。彼の忍耐と優しさに、椎奈の胸が疼いた。
 今日で終えてしまうのが、辛い。
「あの」
「……ああ」
 椎奈は男と目を合わせたが、また伏せた。
「このあと……どうしたら、いいのか、分からなくて……教えてください」
 一秒後、男は爆笑した。
「知らないのか!」

 ローションに濡れた手を、上下させると、男の喉から隠った声が聞こえた。快感に彩られた声が、こんなにもそそられるものだと思わなかった。
 艶本でよく見られる「声を抑えるな」という攻めの心理が、よくわかる。
 はじめは、こうしてほしいと教えられた通りに、雄に触れた。彼からの指示や助言はだんだんと少なくなり、とうとう彼は、不規則な呼吸音と、意味をなさない声しか出さなくなった。
 完全に屹立した彼の分身を、握る手の径を狭めると、彼は大仰に首を仰け反らせた。
「痛い?」
 彼は首を左右に振った。視線を送ってくる。続けてほしいという懇願が、狂熱として彼から溢れ、椎奈の体の芯にも届いてくる。
 椎奈もまた、男と同じ種の吐息を漏らした。
 嬉しい。
 彼の間近に寄っても、呼吸音も聞き取れなかった。さっきまでは。
 彼は今、椎奈の慰めを受け、喘いでいる。
 睾丸に手を伸ばし、受け取るように撫でた。
「……っう」
 彼は喉仏を動かして、椎奈に視線を合わせ、続けろというメッセージを送ってくる。
 迎えたい──このひとを。
 触れたい。
 椎奈は彼を握ったまま、顔を寄せ、彼の唇に口付けた。彼は椎奈の頬を手で抱え、顔を傾け、深く口付けようとしてくる。男の舌に自分の舌を合わせると、彼は椎奈の口腔内で奔放に動いた。
 気持ちよさに、手が止まってしまう。
「やめないでくれ」
 彼は色欲に乗っ取られた、重い声を漏らした。腰から下が快感でぞくぞくする。
「じゃあ、そんな……気持ちよくなる口付けをしないで……」
 完全に硬くなっている、彼自身を改めて見た。
 触れたい。唇で感じたい。舐めてみたい。
「舐めてもいい?」
「……あ?」
 椎奈の声も掠れていた。彼の耳に全ては届かなかったようだ。椎奈は構わず背を屈めた。
 男のからだの一部、しかも性器が愛おしくて、口で触れたくなるなんて。そんなことは、自分には、一生あり得ないと思っていたのに。
 怒張を握り、固定して、椎奈は僅かに口を開いた。
 唇が、彼の先端に触れる手前──もうすぐ、というところで、大きな手に肩を掴まれた。
「待っ……」
 彼から勢いよく発されたものが、椎奈の顔を直撃した。
 椎奈は脊髄反射で目を閉じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...