7 / 38
本編 雌花の章
第七話 閨での零れ話
しおりを挟む
不思議だ。
嬉しかった。誰かのために、臆病なままでいてほしいと言われたことも。それを言ったのが、見合いの相手だということも。
「俺だって、通りすがりに困っていそうな人がいても、全てに声をかけられない。……小さな子供、女児は特に」
微かに、「あ」と椎奈の口から声が漏れた。
「そんなときは、知り合いに連絡して、女性に来てもらったりするな。だからあなたも、相手が男性で声をかけるのが怖いなら、近くの交番に相談に行く方がいい。それで構わないんだ」
それは、確かに、そうだ。椎奈の心の強ばり、後悔ばかりだったそれが、少し溶けた気がした。
「できないならできるやつに任せたらいい。人間の社会ってのは、そういうもんじゃないかな」
「その通りだわ」
それにしても、どうして彼は、椎奈のことを親身に考えてくれるのだろう。
「どうして優しいの?」
「俺を信頼して、弱いところをさらけ出してくれる人を無碍になんてできない」
それが、いかに難しいことか、彼は知らないのだろうか。
もし、その優しさが、椎奈という個人を好意的に感じてくれた故の言葉であるなら、こんなにも光栄なことはないだろう。
私は、この人に好かれたい。
好きであることを伝えたい。
雨は激しく降っているが、落雷の音は分からない。今夜はもう音に驚くことはないだろう。
椎奈は首を伸ばし、男の顎に口付けた。
「なんだ。目測を誤ったのか?」
言うなり、男は椎奈の口を塞いだ。
「それとも、誘いか?」
男は椎奈に体を重ねてきた。椎奈の下腹に、昂ぶりが軽く押しつけられた。椎奈は、男の平らな腹部の端に手を滑らせた。
「そこを撫でてもいいが、俺は下の方が嬉しい」
「いいの?」
「もちろん。あなたが気に入ってくれたなら」
椎奈は手を、彼の側面から背に移動させた。
「なんだ。焦らすつもりか?」
「お尻を触りたい」
「気が合うな。俺もだ」
彼は椎奈のからだを寄せ、お尻を掴んだ。それに倣い、椎奈も彼の臀部を撫でた。
「俺の尻なんぞ撫でても楽しくないだろう?」
「そんなことない……締まっていて、素敵だわ」
「そうか。複雑な気分だ。気に入ってくれるのはいいが、早く飽きて前も可愛がってくれ」
彼は口では残念そうな声を出しながら、椎奈のお尻は熱心に撫でている。内腿とお尻の境を、ついと指でなぞられ、椎奈は反応してしまった。
「ここがいいんだな」
「……うん」
「素直だな。俺も見習うことにするから、前を触ってくれ」
何度もせかされ、椎奈はとうとう笑ってしまった。
「そんなに?」
「昨日のあれは最高だったよ。タマまで可愛がってくれるとは思わなかった」
椎奈は、彼の背筋と窪んだ正中に手を添えた。
「なあ、焦らすなよ」
「触っていい?」
「大歓迎だ」
「左右非対称なのか、昨日は分からなかったから」
「……ん?」
椎奈のお尻をなぞっていた男の指が離れた。
「男のひとの睾丸って、左右非対称になってるんでしょう?」
彼は困惑しているようだ。
「でしょう、と言われても……」
「左右対称だと動いたときに、アメリカンクラッカーみたいに当たってしまうことになるから、敢えて非対称のかたちに落ち着くって」
「とんでもない雑学を知ってるんだな」
「男のひとはみんな知ってるんじゃないの?」
そんなわけない、と彼から完全否定を返された。
「まあいい。ぜひ確かめてくれ」
とうとう、椎奈は手首を取られ、彼の正面に手を宛てさせられた。堅くなりつつある彼自身の形を確かめるように、椎奈は指を動かした。
さきほど、お尻の敏感な部分を撫でられた椎奈のように、彼もからだを震わせた。微かに零れた男の喘ぎを、耳が拾った。
なんていいんだろう。
椎奈は、彼の欲情を含ませた声に、完全にとりこになってしまった。
彼は腰を離し、袴の結び目を解こうとしている。椎奈は男の、袴の紐を解き前身頃を割った。彼は椎奈の行動を止めず、されるがままになっている。襦袢の奥、下帯の上から、椎奈は彼の睾丸を手で包むように触れた。彼の喉から、微かな声が漏れた。
「左右対称でないって、分かるか?」
椎奈は首を左右に振った。手を、昨晩に習った通りに、彼の猛った軛に移し軽く握ると、男は目を細め、息を深く吐いた。
椎奈も、彼と似た吐息を漏らしてしまった。
「色っぽいな……何を考えてる?」
「あなたのこと」
熱い彼自身を手のなかで愛撫しながら、椎奈は彼に視線を合わせた。
「俺のイチモツを握りながら、俺のことを考えてるのか?」
「おかしい?」
彼は気怠げに首を振った。
「俺と淫らに楽しんでいることを想像していてほしいって、俺も思ってる」
「あなたを受け止めたい。うまくできるのか、分からなくて、どうしたらいいかも。……痛くてもいい、あなたがほしい」
彼は呟いた。何を言ったのか、椎奈には分からなかった。
男は椎奈の背に腕を回し、まず座らせた。椎奈の帯の結びを解いたので、椎奈も自分の帯を緩めていった。そのあいだに、彼も慌ただしく着物と襦袢を脱いだ。
彼は椎奈に飛びかかるように覆い被さり、彼女の浴衣を剥いで、首の付け根あたりに、噛みつくような口付けを落とした。
「あ……」
椎奈の、堅くなった胸の赤い蕾を吸い、指と舌とで転がしてくる。さっきまで穏やかだったのに。男はいまや何かに追われているかのように、椎奈のからだを攻めていた。
くらくらする。
この世界に、二人だけになったようだ。雷はおろか、雨の音も耳に入らない。彼と自分の喘ぎとが、狭い空間を満たしている。
夏の、昼間の大雨のあとの、蒸した大気のなかに佇んでいるみたいだ。
「ふ……っん」
男は、椎奈の股のあいだに鼻を埋めていた。腹の奥を羽根で撫でられたような、初めて受けた感覚だった。腰が疼き動いてしまいそうになるのを、抱えられて、芯を吸われた。喉を鳴らすような甘い喘ぎがあふれていく。
「うんっ……あ、ぁ」
昨日の緊張が、あれは一体なんだったのかと思うほど、あっけなく男の指は椎奈の女の中へ侵入を果たした。椎奈の赤く膨れた芯をつつきながら、指を根元まで膣に挿した。
なかで指を曲げられた。新たな刺激を与えられ、椎奈は跳ねた。
指が増え、柔らかくこなされ、下腹の奥からあふれるものがきている。
「きて……」
椎奈はほぼ無意識で請うた。指が抜かれ、椎奈の腰の下に枕が添えられた。開かれた足の、濡れた蜜口に、彼の切っ先があたった。
堅く、熱い先が、椎奈のなかに入ろうとしていた。
彼がほしい。どうかそのまま──
「……っつ」
来るのだ。期待に胸を疼かせたとき、彼は唐突に離れた。
「どうし、て」
何故、止めてしまうのだ。抗議する前、彼はそばに投げ出されていた懐紙入れから、避妊具を出していた。外袋をやぶり、装着している。
「悪い」
彼は体勢を整え、再度、椎奈の園に杭を押し当てた。先が入って、ゆっくりと挿されていく。きつさと痛みの境界を行き来しつつ、男がじわり、椎奈のなかを進んでいく。
「痛くないか?」
分からない。これは痛みなのか。もう。
椎奈は、首を振った。どう取られても構わない。
「きて」
あなたを全て、知りたい。
この感情さえも邪魔だ。なにも考えたくない。
あなただけを感じたい。
男はゆっくりと上体を傾けてきた。陰核が押されて、椎奈は背を反らせた。一瞬、意識が弾けたように散じた。
隠った声を何度か出していると、散った意識が戻ってくる。
己のからだが今、不随意で動いている。指先まで駆け上る快感の、全てを受けたくて、椎奈は声をあげ続けた。開いた口に、男の舌が入ってくる。緩やかな交わりを楽しみ、彼の口が離れたとき、椎奈は目を開け、男を見上げた。
掠れて出る男の声を聞くと胸が疼く。彼が動くと、切なさは快感に取って変わった。
「よすぎる」
呟いたのち、彼は奥歯を噛んだ。闇のなか、彼が情欲の狂乱に全てを食われぬよう、抗っていることが分かる。耐える姿が、さらに椎奈を高みに昇らせた。
首をもたげ、男は胸を大きく膨らませた。
「まだ……締まるのか?」
彼が動くたび、椎奈はからだを捩らせた。ゆっくりとした動きであったが、男も数度、腰を送ったのち、うなり声を上げ、果てた。
嬉しかった。誰かのために、臆病なままでいてほしいと言われたことも。それを言ったのが、見合いの相手だということも。
「俺だって、通りすがりに困っていそうな人がいても、全てに声をかけられない。……小さな子供、女児は特に」
微かに、「あ」と椎奈の口から声が漏れた。
「そんなときは、知り合いに連絡して、女性に来てもらったりするな。だからあなたも、相手が男性で声をかけるのが怖いなら、近くの交番に相談に行く方がいい。それで構わないんだ」
それは、確かに、そうだ。椎奈の心の強ばり、後悔ばかりだったそれが、少し溶けた気がした。
「できないならできるやつに任せたらいい。人間の社会ってのは、そういうもんじゃないかな」
「その通りだわ」
それにしても、どうして彼は、椎奈のことを親身に考えてくれるのだろう。
「どうして優しいの?」
「俺を信頼して、弱いところをさらけ出してくれる人を無碍になんてできない」
それが、いかに難しいことか、彼は知らないのだろうか。
もし、その優しさが、椎奈という個人を好意的に感じてくれた故の言葉であるなら、こんなにも光栄なことはないだろう。
私は、この人に好かれたい。
好きであることを伝えたい。
雨は激しく降っているが、落雷の音は分からない。今夜はもう音に驚くことはないだろう。
椎奈は首を伸ばし、男の顎に口付けた。
「なんだ。目測を誤ったのか?」
言うなり、男は椎奈の口を塞いだ。
「それとも、誘いか?」
男は椎奈に体を重ねてきた。椎奈の下腹に、昂ぶりが軽く押しつけられた。椎奈は、男の平らな腹部の端に手を滑らせた。
「そこを撫でてもいいが、俺は下の方が嬉しい」
「いいの?」
「もちろん。あなたが気に入ってくれたなら」
椎奈は手を、彼の側面から背に移動させた。
「なんだ。焦らすつもりか?」
「お尻を触りたい」
「気が合うな。俺もだ」
彼は椎奈のからだを寄せ、お尻を掴んだ。それに倣い、椎奈も彼の臀部を撫でた。
「俺の尻なんぞ撫でても楽しくないだろう?」
「そんなことない……締まっていて、素敵だわ」
「そうか。複雑な気分だ。気に入ってくれるのはいいが、早く飽きて前も可愛がってくれ」
彼は口では残念そうな声を出しながら、椎奈のお尻は熱心に撫でている。内腿とお尻の境を、ついと指でなぞられ、椎奈は反応してしまった。
「ここがいいんだな」
「……うん」
「素直だな。俺も見習うことにするから、前を触ってくれ」
何度もせかされ、椎奈はとうとう笑ってしまった。
「そんなに?」
「昨日のあれは最高だったよ。タマまで可愛がってくれるとは思わなかった」
椎奈は、彼の背筋と窪んだ正中に手を添えた。
「なあ、焦らすなよ」
「触っていい?」
「大歓迎だ」
「左右非対称なのか、昨日は分からなかったから」
「……ん?」
椎奈のお尻をなぞっていた男の指が離れた。
「男のひとの睾丸って、左右非対称になってるんでしょう?」
彼は困惑しているようだ。
「でしょう、と言われても……」
「左右対称だと動いたときに、アメリカンクラッカーみたいに当たってしまうことになるから、敢えて非対称のかたちに落ち着くって」
「とんでもない雑学を知ってるんだな」
「男のひとはみんな知ってるんじゃないの?」
そんなわけない、と彼から完全否定を返された。
「まあいい。ぜひ確かめてくれ」
とうとう、椎奈は手首を取られ、彼の正面に手を宛てさせられた。堅くなりつつある彼自身の形を確かめるように、椎奈は指を動かした。
さきほど、お尻の敏感な部分を撫でられた椎奈のように、彼もからだを震わせた。微かに零れた男の喘ぎを、耳が拾った。
なんていいんだろう。
椎奈は、彼の欲情を含ませた声に、完全にとりこになってしまった。
彼は腰を離し、袴の結び目を解こうとしている。椎奈は男の、袴の紐を解き前身頃を割った。彼は椎奈の行動を止めず、されるがままになっている。襦袢の奥、下帯の上から、椎奈は彼の睾丸を手で包むように触れた。彼の喉から、微かな声が漏れた。
「左右対称でないって、分かるか?」
椎奈は首を左右に振った。手を、昨晩に習った通りに、彼の猛った軛に移し軽く握ると、男は目を細め、息を深く吐いた。
椎奈も、彼と似た吐息を漏らしてしまった。
「色っぽいな……何を考えてる?」
「あなたのこと」
熱い彼自身を手のなかで愛撫しながら、椎奈は彼に視線を合わせた。
「俺のイチモツを握りながら、俺のことを考えてるのか?」
「おかしい?」
彼は気怠げに首を振った。
「俺と淫らに楽しんでいることを想像していてほしいって、俺も思ってる」
「あなたを受け止めたい。うまくできるのか、分からなくて、どうしたらいいかも。……痛くてもいい、あなたがほしい」
彼は呟いた。何を言ったのか、椎奈には分からなかった。
男は椎奈の背に腕を回し、まず座らせた。椎奈の帯の結びを解いたので、椎奈も自分の帯を緩めていった。そのあいだに、彼も慌ただしく着物と襦袢を脱いだ。
彼は椎奈に飛びかかるように覆い被さり、彼女の浴衣を剥いで、首の付け根あたりに、噛みつくような口付けを落とした。
「あ……」
椎奈の、堅くなった胸の赤い蕾を吸い、指と舌とで転がしてくる。さっきまで穏やかだったのに。男はいまや何かに追われているかのように、椎奈のからだを攻めていた。
くらくらする。
この世界に、二人だけになったようだ。雷はおろか、雨の音も耳に入らない。彼と自分の喘ぎとが、狭い空間を満たしている。
夏の、昼間の大雨のあとの、蒸した大気のなかに佇んでいるみたいだ。
「ふ……っん」
男は、椎奈の股のあいだに鼻を埋めていた。腹の奥を羽根で撫でられたような、初めて受けた感覚だった。腰が疼き動いてしまいそうになるのを、抱えられて、芯を吸われた。喉を鳴らすような甘い喘ぎがあふれていく。
「うんっ……あ、ぁ」
昨日の緊張が、あれは一体なんだったのかと思うほど、あっけなく男の指は椎奈の女の中へ侵入を果たした。椎奈の赤く膨れた芯をつつきながら、指を根元まで膣に挿した。
なかで指を曲げられた。新たな刺激を与えられ、椎奈は跳ねた。
指が増え、柔らかくこなされ、下腹の奥からあふれるものがきている。
「きて……」
椎奈はほぼ無意識で請うた。指が抜かれ、椎奈の腰の下に枕が添えられた。開かれた足の、濡れた蜜口に、彼の切っ先があたった。
堅く、熱い先が、椎奈のなかに入ろうとしていた。
彼がほしい。どうかそのまま──
「……っつ」
来るのだ。期待に胸を疼かせたとき、彼は唐突に離れた。
「どうし、て」
何故、止めてしまうのだ。抗議する前、彼はそばに投げ出されていた懐紙入れから、避妊具を出していた。外袋をやぶり、装着している。
「悪い」
彼は体勢を整え、再度、椎奈の園に杭を押し当てた。先が入って、ゆっくりと挿されていく。きつさと痛みの境界を行き来しつつ、男がじわり、椎奈のなかを進んでいく。
「痛くないか?」
分からない。これは痛みなのか。もう。
椎奈は、首を振った。どう取られても構わない。
「きて」
あなたを全て、知りたい。
この感情さえも邪魔だ。なにも考えたくない。
あなただけを感じたい。
男はゆっくりと上体を傾けてきた。陰核が押されて、椎奈は背を反らせた。一瞬、意識が弾けたように散じた。
隠った声を何度か出していると、散った意識が戻ってくる。
己のからだが今、不随意で動いている。指先まで駆け上る快感の、全てを受けたくて、椎奈は声をあげ続けた。開いた口に、男の舌が入ってくる。緩やかな交わりを楽しみ、彼の口が離れたとき、椎奈は目を開け、男を見上げた。
掠れて出る男の声を聞くと胸が疼く。彼が動くと、切なさは快感に取って変わった。
「よすぎる」
呟いたのち、彼は奥歯を噛んだ。闇のなか、彼が情欲の狂乱に全てを食われぬよう、抗っていることが分かる。耐える姿が、さらに椎奈を高みに昇らせた。
首をもたげ、男は胸を大きく膨らませた。
「まだ……締まるのか?」
彼が動くたび、椎奈はからだを捩らせた。ゆっくりとした動きであったが、男も数度、腰を送ったのち、うなり声を上げ、果てた。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
37
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる