届かない声のそばで ― 元自衛官カウンセラー・篠原梓の傾聴録

藤原遊

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第33話(後半)

“私”がどこにいるかわからない

「“自分の気持ち”を取り戻すには、どうすればいいんでしょう」

吉田千佳の問いは、切実であると同時に、どこか遠慮がちだった。
まるで、“こんな悩みは贅沢かもしれない”と、自らの痛みを小さく扱おうとしているかのようだった。

梓は、静かに応じた。

「千佳さんのように、“人に合わせる”ことが習慣になっている方は、
 自分の意見を“言う”よりも、“感じる”ことから始めるのが有効なことがあります」

「“感じる”……?」

「はい。たとえば、
 “今、ここにいる私”は、空腹か、寒くないか、疲れていないか――
 まずはそういった“身体の反応”に気づいていく。
 それを丁寧に拾っていくことで、
 “私はこう感じていたんだ”という芯が、少しずつ立ち上がってきます」

千佳は、小さく頷いた。

「……感情じゃなくて、感覚から、ですか」

「感情は、他者の反応を受ける中で揺れてしまうことが多いので、
 まずは“誰にも影響されない自分の感覚”から出発する方が、確実に掴めるんです」

「でも……それを感じ取れたとして、
 その“気持ち”が間違ってたらどうしようって、
 やっぱり思っちゃうかもしれません」

「“気持ち”に正解・不正解はありません。
 ただ“ある”ということを、自分が否定しないでいること。
 それが、まずは大切だと思います」

千佳は、ふっと息をついた。
それはため息ではなく、少しだけ深い呼吸だった。

「……私、“自分を持つ”って、
 “強くなること”だと思ってたけど、
 “ちゃんと感じていいんだ”って許されることなのかもしれないですね」

「はい。
 “感じてもいい”“言わなくても、感じていていい”――
 そうやって、自分に許しを増やしていくうちに、
 少しずつ、“選ぶ”という動きが生まれてきます」

千佳は、うつむいたまま笑った。

「……まだ“選ぶ”には怖さがありますけど、
 “感じてもいい”って言葉は、なんだか、少し安心します」

“意見を持つ”ことが、いつも“主張する”こととイコールではない。
まずは“存在を認める”ことから、声にならない輪郭を拾い上げる。

千佳の心に、今ようやく“私”という名札が、静かに戻り始めていた。
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