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間奏
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間章:言葉にしなかった約束
夜。
カウンセリングルームの灯りもほとんど落ち、梓は一人、デスクで報告書を整理していた。
その静けさを破ったのは、ポケットの中で震えるスマートフォン。
表示された名前に、梓は少しだけ肩をすくめる。
「……母から?」
出ると、懐かしい声がすぐに耳をくすぐった。
「梓? 今、大丈夫だった?」
「うん。ちょうど一区切りついたところ」
「それならよかったわ。今日はね、検査だったの。
病院から帰ってきたところなのよ」
「体調、悪くなかった?」
「ううん、むしろすごく調子がよかったのよ。
先生にも“順調ですね”って言われたの。坂井さんのおかげだわ」
「……坂井?」
「そう。坂井さん、最近ずっと送り迎えしてくれてるのよ。
病院の待合室でずっと本を読んで待ってくれてて。
あの子、仕事忙しいでしょうにね。……あなた、何か頼んだんじゃないの?」
梓は一瞬だけ言葉に詰まり、それから首を横に振った。
もちろん、母には見えないのに。
「……頼んでない。私からは、何も言ってないよ」
「まあ。そうなの?」
「……うん」
けれど、心の奥にはひとつ思い当たる場面があった。
年始、帰省の終わりに駅で交わした会話。
自分はたしかに、坂井に言ったのだ。
「――待ってて」
そのとき、坂井はふざけたような口調で、
「俺が爺になる前にな」と返した。
あれは、間違いなく“了解”の意志だった。
二人にしか通じない、遠回しな約束。
母の声が続いた。
「あの子、昔からあなたのこと気にかけてたものね。
高校の頃、梓が頑張りすぎて倒れたとき、
“俺が見てないと危なっかしい”って、ぽつんと呟いてたわよ」
梓は一瞬だけ目を閉じた。
「……そうだったんだ」
それだけ答えたが、胸の内には淡いものが確かに残った。
頼んでいない。けれど、伝わっていた。
あのとき口にした“待ってて”は、想像以上にまっすぐ届いていたらしい。
•
電話を切ってしばらく、梓はスマートフォンを手に持ったまま動かなかった。
坂井康平。
自分と同じように、自衛官を志した男。
けれど、防衛大学には進まず、地元の酒造に就職した彼。
今は、地元を離れている自分の代わりに、
黙って母を支えてくれている。
“それだけの男だった”――
そう思うと、胸の奥がほんの少し、あたたかくなった。
今夜は、眠れそうだ。
そう思ったのは、久しぶりだった。
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病院から帰ってきたところなのよ」
「体調、悪くなかった?」
「ううん、むしろすごく調子がよかったのよ。
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「……坂井?」
「そう。坂井さん、最近ずっと送り迎えしてくれてるのよ。
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もちろん、母には見えないのに。
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「まあ。そうなの?」
「……うん」
けれど、心の奥にはひとつ思い当たる場面があった。
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自分はたしかに、坂井に言ったのだ。
「――待ってて」
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母の声が続いた。
「あの子、昔からあなたのこと気にかけてたものね。
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梓は一瞬だけ目を閉じた。
「……そうだったんだ」
それだけ答えたが、胸の内には淡いものが確かに残った。
頼んでいない。けれど、伝わっていた。
あのとき口にした“待ってて”は、想像以上にまっすぐ届いていたらしい。
•
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今は、地元を離れている自分の代わりに、
黙って母を支えてくれている。
“それだけの男だった”――
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今夜は、眠れそうだ。
そう思ったのは、久しぶりだった。
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