154 / 194
41
しおりを挟む
第41話(後半)
冷たいって、どういう意味ですか
「……僕、職場でミスしたことって、ほとんどないんです」
久我は静かに語り出した。
「声を荒げる人、パニックになる人、何人も見てきました。
でも、自分はそうならないように、いつも落ち着いて、
効率的に、正確に、淡々と、やってきました」
「それが、あなたにとっての“正しさ”だったんですね」
「はい。
でもある日、患者さんが突然、泣きながら言ったんです。
“あなたは私が死んでも、何も感じない人なんでしょ”って」
•
梓は言葉を挟まず、そのまま彼の沈黙を受け止めた。
久我は、机の端に視線を落としたまま続けた。
「そのとき、反論できなかったんです。
“そんなことはありません”って言えなかった。
……なぜなら、ほんとうに、“感じていなかった”気がしたから」
「“感じていない”と思っていたのではなく、“感じていない気がした”んですね」
「……はい。
その言葉を浴びてから、なんだか、自分が“人間じゃない”みたいに思えて。
役に立ってる。でも、誰にも必要とはされてない感じ。
……ただの機械なんじゃないか、って」
その言葉に、梓の胸が少しだけ軋んだ。
それはまるで、過去の自分が口にしかけていた台詞のようで。
「それは、苦しかったですね」
その一言に、久我は少しだけ顔を上げた。
“慰め”ではなく、“理解”として差し出された言葉を、
彼は初めて、うまく受け止められたようだった。
「最近、患者さんが亡くなったあと、
他のスタッフはよく泣いたり、手を合わせてるんですけど……
僕、心の中で“もう次のことに集中しなきゃ”って思ってて。
……そういう自分が、“冷たい”と思われる理由かもしれないって、ようやく思いました」
「あなたの中には、“その場で感情を抱かない”ようにする回路がある。
けれど、それは“何も感じない人間だ”ということとは、きっと違います」
久我は、言葉を探すようにゆっくりと頷いた。
「……僕、本当は、何か感じたかったのかもしれません。
ただ、どう感じたらいいのか、
わからなかっただけで」
•
その言葉がこぼれたとき、
梓の中で、何かが静かに溶けていった。
それは、かつての自分もまた、
何かを“感じたかった”だけなのだと、思い出すような瞬間だった。
彼は冷たかったのではない。
ただ、あたたかさの使い方を、まだ知らなかっただけだった。
•
人は、“わからなかったこと”に名前をつけたとき、
初めて、“ここにいていい”と思えるのかもしれない。
冷たいって、どういう意味ですか
「……僕、職場でミスしたことって、ほとんどないんです」
久我は静かに語り出した。
「声を荒げる人、パニックになる人、何人も見てきました。
でも、自分はそうならないように、いつも落ち着いて、
効率的に、正確に、淡々と、やってきました」
「それが、あなたにとっての“正しさ”だったんですね」
「はい。
でもある日、患者さんが突然、泣きながら言ったんです。
“あなたは私が死んでも、何も感じない人なんでしょ”って」
•
梓は言葉を挟まず、そのまま彼の沈黙を受け止めた。
久我は、机の端に視線を落としたまま続けた。
「そのとき、反論できなかったんです。
“そんなことはありません”って言えなかった。
……なぜなら、ほんとうに、“感じていなかった”気がしたから」
「“感じていない”と思っていたのではなく、“感じていない気がした”んですね」
「……はい。
その言葉を浴びてから、なんだか、自分が“人間じゃない”みたいに思えて。
役に立ってる。でも、誰にも必要とはされてない感じ。
……ただの機械なんじゃないか、って」
その言葉に、梓の胸が少しだけ軋んだ。
それはまるで、過去の自分が口にしかけていた台詞のようで。
「それは、苦しかったですね」
その一言に、久我は少しだけ顔を上げた。
“慰め”ではなく、“理解”として差し出された言葉を、
彼は初めて、うまく受け止められたようだった。
「最近、患者さんが亡くなったあと、
他のスタッフはよく泣いたり、手を合わせてるんですけど……
僕、心の中で“もう次のことに集中しなきゃ”って思ってて。
……そういう自分が、“冷たい”と思われる理由かもしれないって、ようやく思いました」
「あなたの中には、“その場で感情を抱かない”ようにする回路がある。
けれど、それは“何も感じない人間だ”ということとは、きっと違います」
久我は、言葉を探すようにゆっくりと頷いた。
「……僕、本当は、何か感じたかったのかもしれません。
ただ、どう感じたらいいのか、
わからなかっただけで」
•
その言葉がこぼれたとき、
梓の中で、何かが静かに溶けていった。
それは、かつての自分もまた、
何かを“感じたかった”だけなのだと、思い出すような瞬間だった。
彼は冷たかったのではない。
ただ、あたたかさの使い方を、まだ知らなかっただけだった。
•
人は、“わからなかったこと”に名前をつけたとき、
初めて、“ここにいていい”と思えるのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
想い出は珈琲の薫りとともに
玻璃美月
ライト文芸
――珈琲が織りなす、家族の物語
バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。
ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。
亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。
旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
後宮の死体は語りかける
炭田おと
恋愛
辺境の小部族である嶺依(りょうい)は、偶然参内したときに、元康帝(げんこうてい)の謎かけを解いたことで、元康帝と、皇子俊煕(しゅんき)から目をかけられるようになる。
その後、後宮の宮殿の壁から、死体が発見されたので、嶺依と俊煕は協力して、女性がなぜ殺されたのか、調査をはじめる。
壁に埋められた女性は、何者なのか。
二人はそれを探るため、妃嬪達の闇に踏み込んでいく。
55話で完結します。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
離縁の雨が降りやめば
碧月あめり
キャラ文芸
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。
雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。
だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。
幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。
白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。
御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。
葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる