【完結】前世で教祖(ペテン師)してましたが、転生後「聖女」になって崇められてます

藤原遊

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第37話:誰かに祈りを手渡すことができたなら

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その日、セオドアはいつもより少しだけ、肩の重みを感じながら本部の石造りの廊下を歩いていた。

手に持っていたのは、提出予定の資料。

タイトルはこうだ。

 

『特定祈祷形式に依存しない信仰表現に関する報告』

 

もちろん、どこにも「マリア」という名は出てこない。

出してはいけない。
それは彼女自身が望まなかったことだった。

 

でも、ページの端々に刻まれているのは、まぎれもなく彼女の“祈り方”だった。

“教え”ではなく、“場”を作ること。

“導く”のではなく、“寄り添う”こと。

そして、“名を掲げないこと”でこそ、信仰が自由になるという逆説。

 

「……異例の提出ですね。セオドア殿らしい」

上席審問官の老いた声が、乾いた書類をめくる音に重なる。

 

「型を持たない祈りは、制度を曖昧にします。
だが、貴殿が挙げた事例では、信仰の継続が確かに確認されている。……それが奇妙であり、興味深い」

 

セオドアは静かに頭を下げた。

それだけだった。

名を語らずとも、“誰かの火”は、こうして記録に触れ始めている。

 

 

一方そのころ、村では――

 

「……ここで、祈ってみたいなって思ったんです!」

 

子どもの声が、柔らかな午後の光の中で響いた。

レティシアが苦笑しながら、ひざをついて向き合っている。

「“教本もなしで”祈るの? ちゃんと意味、わかってる?」

 

「うーん、でも、ぼくが“ありがとう”って言いたい気持ちは、あるから……
神さまって、それでいいんじゃないかなって」

 

誰かの教えじゃない。

誰かの模倣でもない。

ただ“自分の言葉”で、天に向かって差し出した祈り。

 

それは、不格好で、幼くて、でも――確かな信仰だった。

 

 

少し離れた丘の上から、その様子を見つめていた私――マリアは、静かに目を閉じた。

 

もう、“私が祈らなくても”いい。

“誰かに祈らせるため”にいる必要も、もうない。

 

風に揺れる草花の音だけが、耳に残る。

日差しはやわらかく、背中を押すでもなく、ただ包み込むようだった。

 

「……ああ、これはもう、“私の出番じゃない”んだな」

 

私は、そう呟いてから、背を向けて歩き出した。

何も告げずに。

名も称号も残さずに。

でも――確かに、何かを手渡した者として。
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