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婚約破棄から数日が経った。学園でのレティシアに対する視線は、日に日に冷たさを増している。
「おはようございます、レティシア様」
使用人のクララが朝の挨拶をしてくれるが、その声にはどこか気遣いが滲んでいる。これまでのクララはもっと屈託のない笑顔を見せていたはずだが、今は心配そうな顔つきだ。
「おはよう、クララ。今日も予定通りでお願いね」
レティシアは努めて冷静な声で返したが、胸の奥に重くのしかかる不安は隠せない。婚約破棄をきっかけに、家の名誉も揺らぎ始めている。父や母からの無言の圧力も感じていた。
だが、それに屈するつもりはなかった。何よりも、この状況はまだ「予定通り」の範囲内なのだ。
「破滅フラグは、まだ本番じゃない」
彼女は心の中でそう自分に言い聞かせ、学園の門をくぐる。
広い学園の中庭は、今日も賑やかだ。貴族の子息や娘たちが小グループを作り、あちこちで談笑している。だが、レティシアが姿を現すと、その空気が一瞬で変わった。
「ほら、彼女よ」
「婚約破棄されたのに、まだ堂々と登校してるなんて……」
囁き声が背後でさざ波のように広がる。冷たい視線と耳障りな言葉が容赦なく彼女に降り注ぐが、レティシアは表情ひとつ変えない。
「……いつものことね」
唇をきゅっと結びながら、彼女はその場を足早に通り抜ける。
だがそのとき、視界の端に見慣れない姿を見つけた。
中庭の片隅、噴水のそばに立っている一人の男性。上質だが簡素な黒いコートを羽織り、気だるげに腕を組んでいる。長い前髪が鋭い眼差しを隠すように揺れ、口元には淡い笑みが浮かんでいた。
一瞬で彼の姿が目を引いたのは、ただの雰囲気だけではない。彼には、どこか危うくも魅力的な空気が漂っていた。
(……誰? 見たことのない顔ね)
考え込む間もなく、その男がレティシアの方に歩み寄ってきた。
「やあ、君があの“噂の悪役令嬢”かな?」
低く滑らかな声。余裕のある笑み。まるで知り尽くしたような目つき。
「どちら様ですか?」
レティシアは冷静を装いながらも、その男から感じる異質な空気に警戒を強めた。
「誰か? それは君にとって重要かな?」
彼は軽く肩をすくめ、視線をレティシアの背後へと向けた。そこには、数人の生徒がこちらを伺っている。
「なるほど、君はずいぶん目立つ存在みたいだね。さすが“悪役”と呼ばれるだけのことはある」
挑発的な言葉に、レティシアはわずかに眉をひそめた。
「私をからかいに来たのなら、他を当たってくださる?」
「いやいや、そんなことをするほど僕も暇じゃないよ。ただ、君がここでどんな風に立ち回るのか興味があるだけだ」
その言葉に込められた含みを読み取り、レティシアの警戒心がさらに強まる。
「……あなたは一体、何者なの?」
すると男はふっと笑い、片手を差し出した。
「リシャール・フォン・……いや、今はただの旅人と思ってくれ。君に会えて嬉しいよ、レティシア・ド・ベルクレア」
彼との奇妙な出会いが、この日を境に、レティシアの運命を大きく揺るがしていくことになる。
リシャール――その謎の男の正体を探る間もなく、彼女の周囲では新たな陰謀の兆しが動き始めていた。
「おはようございます、レティシア様」
使用人のクララが朝の挨拶をしてくれるが、その声にはどこか気遣いが滲んでいる。これまでのクララはもっと屈託のない笑顔を見せていたはずだが、今は心配そうな顔つきだ。
「おはよう、クララ。今日も予定通りでお願いね」
レティシアは努めて冷静な声で返したが、胸の奥に重くのしかかる不安は隠せない。婚約破棄をきっかけに、家の名誉も揺らぎ始めている。父や母からの無言の圧力も感じていた。
だが、それに屈するつもりはなかった。何よりも、この状況はまだ「予定通り」の範囲内なのだ。
「破滅フラグは、まだ本番じゃない」
彼女は心の中でそう自分に言い聞かせ、学園の門をくぐる。
広い学園の中庭は、今日も賑やかだ。貴族の子息や娘たちが小グループを作り、あちこちで談笑している。だが、レティシアが姿を現すと、その空気が一瞬で変わった。
「ほら、彼女よ」
「婚約破棄されたのに、まだ堂々と登校してるなんて……」
囁き声が背後でさざ波のように広がる。冷たい視線と耳障りな言葉が容赦なく彼女に降り注ぐが、レティシアは表情ひとつ変えない。
「……いつものことね」
唇をきゅっと結びながら、彼女はその場を足早に通り抜ける。
だがそのとき、視界の端に見慣れない姿を見つけた。
中庭の片隅、噴水のそばに立っている一人の男性。上質だが簡素な黒いコートを羽織り、気だるげに腕を組んでいる。長い前髪が鋭い眼差しを隠すように揺れ、口元には淡い笑みが浮かんでいた。
一瞬で彼の姿が目を引いたのは、ただの雰囲気だけではない。彼には、どこか危うくも魅力的な空気が漂っていた。
(……誰? 見たことのない顔ね)
考え込む間もなく、その男がレティシアの方に歩み寄ってきた。
「やあ、君があの“噂の悪役令嬢”かな?」
低く滑らかな声。余裕のある笑み。まるで知り尽くしたような目つき。
「どちら様ですか?」
レティシアは冷静を装いながらも、その男から感じる異質な空気に警戒を強めた。
「誰か? それは君にとって重要かな?」
彼は軽く肩をすくめ、視線をレティシアの背後へと向けた。そこには、数人の生徒がこちらを伺っている。
「なるほど、君はずいぶん目立つ存在みたいだね。さすが“悪役”と呼ばれるだけのことはある」
挑発的な言葉に、レティシアはわずかに眉をひそめた。
「私をからかいに来たのなら、他を当たってくださる?」
「いやいや、そんなことをするほど僕も暇じゃないよ。ただ、君がここでどんな風に立ち回るのか興味があるだけだ」
その言葉に込められた含みを読み取り、レティシアの警戒心がさらに強まる。
「……あなたは一体、何者なの?」
すると男はふっと笑い、片手を差し出した。
「リシャール・フォン・……いや、今はただの旅人と思ってくれ。君に会えて嬉しいよ、レティシア・ド・ベルクレア」
彼との奇妙な出会いが、この日を境に、レティシアの運命を大きく揺るがしていくことになる。
リシャール――その謎の男の正体を探る間もなく、彼女の周囲では新たな陰謀の兆しが動き始めていた。
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