10 / 49
9
しおりを挟む
学園の朝はいつもより静かだった。けれど、その静けさの中には緊張が潜んでいるように感じられた。ディアナが襲われた事件は、表向きは学園の衛兵たちの調査で解決に向かっていることになっていたが、噂が途絶えることはない。
レティシアはその空気を感じながら廊下を歩いていた。ディアナとの会話から彼女が何かを隠している確信を得たものの、具体的な証拠はまだ掴めていない。それどころか、自分自身の立場がさらに危うくなりつつあるのを感じていた。
(このままじゃ、いつか“悪役”という烙印が完全に私を追い詰めるわ)
ため息をつきかけたそのとき、不意に目の前に黒い影が現れた。
「おや、そんな難しい顔をしていると、君の美貌が台無しだよ」
リシャールだ。彼は相変わらず飄々とした態度で、まるで何事もなかったかのようにレティシアの隣に立った。
「相変わらず気楽そうね」
「気楽に見える? それは光栄だ。でも、僕も君以上に頭を悩ませているんだよ」
リシャールはそう言いながら、周囲を見渡した。
「それにしても、学園全体が君を注視しているようだね。この状況、どうするつもり?」
「決まっているでしょう。私はただ、自分の破滅を防ぐだけ」
「そのためには、もっと積極的に動くべきだと思うけど?」
リシャールの提案に、レティシアは一瞬だけ眉をひそめた。だが、彼の言葉に一理あることを認めざるを得ない。
「具体的には?」
「まずは、僕が調べたことを共有しよう」
彼は軽く手招きをして、二人は廊下の端にある隅のスペースに移動した。リシャールは声を潜めながら話し始めた。
「ディアナが何者かに襲われた――少なくとも表向きはね。でも、その裏で彼女の名前が急激に広がっているのを知っている?」
「名前が広がる?」
「彼女が“純粋無垢な被害者”として噂されているんだよ。しかも、その噂を広めているのが平民層に支持を持つ演劇関係者たちだ」
「演劇……」
レティシアの脳裏に、今市井で流行している「誇り高きヒロイン」という作品のことが浮かぶ。
「演劇で“ヒロイン”としての評価を高めるのは、君を“悪役令嬢”として貶める手段の一つでもある」
リシャールの言葉に、レティシアは小さく息を呑んだ。すべてが繋がりつつある。自分を悪役に仕立て上げるための噂、そしてディアナの“被害者”としての立場。
「……彼女は何を狙っているの?」
「それを知るには、もっと深く調べる必要があるね。君はどうする?」
リシャールの目がまっすぐにレティシアを見つめる。その瞳には、彼女に試すような光が宿っていた。
「決まっているわ。私も動く」
レティシアの言葉に、リシャールは薄く微笑んだ。
「その意気だ」
その夜、レティシアは邸宅の庭園を歩いていた。冷たい夜風が頬を撫でる中、考えを巡らせていた。
(ディアナが私を悪役に仕立て上げる理由……彼女の目的は何?)
そこへ、邸宅の外から馬車の音が聞こえた。誰かが訪問してきたようだ。使用人のクララが慌ただしく駆け寄ってくる。
「お嬢様、王太子殿下がお越しです」
「アルフォンスが?」
突然の訪問に驚きながらも、レティシアは庭の入口へ向かった。
そこには、普段よりも険しい表情をしたアルフォンスが立っていた。彼の背筋はいつも以上にまっすぐで、その瞳には深い覚悟が宿っている。
「遅い時間に悪い」
アルフォンスは短く詫びると、レティシアの目をじっと見つめた。
「話がある。ディアナについてだ」
その名前に、レティシアは緊張を隠せなかった。
「……ディアナがどうかしたの?」
「調査の結果、彼女に関するいくつかの不審な動きが明らかになった」
アルフォンスはそう言うと、真剣な表情で言葉を続けた。
「彼女が平民の中で支持を得るために、演劇関係者と接触している証拠が見つかった」
「演劇……」
それはリシャールが言っていたことと一致していた。アルフォンスの話は、彼女が抱いていた疑念をさらに確信へと変えていく。
「お前も気づいているだろう。彼女はお前を利用している。それだけじゃない――この国そのものを揺るがすつもりだ」
その言葉に、レティシアは短く息を吐いた。
「……わかったわ。私も協力する」
「いい判断だ」
アルフォンスは満足げに頷いた。その表情には、かつての婚約者としての気遣いではなく、王太子としての責任感が滲んでいた。
(ディアナ……あなたが本当に黒幕なら、私はあなたを止める)
レティシアの胸の中で新たな決意が燃え上がる。その決意が、物語をさらに大きく動かしていくのだった。
レティシアはその空気を感じながら廊下を歩いていた。ディアナとの会話から彼女が何かを隠している確信を得たものの、具体的な証拠はまだ掴めていない。それどころか、自分自身の立場がさらに危うくなりつつあるのを感じていた。
(このままじゃ、いつか“悪役”という烙印が完全に私を追い詰めるわ)
ため息をつきかけたそのとき、不意に目の前に黒い影が現れた。
「おや、そんな難しい顔をしていると、君の美貌が台無しだよ」
リシャールだ。彼は相変わらず飄々とした態度で、まるで何事もなかったかのようにレティシアの隣に立った。
「相変わらず気楽そうね」
「気楽に見える? それは光栄だ。でも、僕も君以上に頭を悩ませているんだよ」
リシャールはそう言いながら、周囲を見渡した。
「それにしても、学園全体が君を注視しているようだね。この状況、どうするつもり?」
「決まっているでしょう。私はただ、自分の破滅を防ぐだけ」
「そのためには、もっと積極的に動くべきだと思うけど?」
リシャールの提案に、レティシアは一瞬だけ眉をひそめた。だが、彼の言葉に一理あることを認めざるを得ない。
「具体的には?」
「まずは、僕が調べたことを共有しよう」
彼は軽く手招きをして、二人は廊下の端にある隅のスペースに移動した。リシャールは声を潜めながら話し始めた。
「ディアナが何者かに襲われた――少なくとも表向きはね。でも、その裏で彼女の名前が急激に広がっているのを知っている?」
「名前が広がる?」
「彼女が“純粋無垢な被害者”として噂されているんだよ。しかも、その噂を広めているのが平民層に支持を持つ演劇関係者たちだ」
「演劇……」
レティシアの脳裏に、今市井で流行している「誇り高きヒロイン」という作品のことが浮かぶ。
「演劇で“ヒロイン”としての評価を高めるのは、君を“悪役令嬢”として貶める手段の一つでもある」
リシャールの言葉に、レティシアは小さく息を呑んだ。すべてが繋がりつつある。自分を悪役に仕立て上げるための噂、そしてディアナの“被害者”としての立場。
「……彼女は何を狙っているの?」
「それを知るには、もっと深く調べる必要があるね。君はどうする?」
リシャールの目がまっすぐにレティシアを見つめる。その瞳には、彼女に試すような光が宿っていた。
「決まっているわ。私も動く」
レティシアの言葉に、リシャールは薄く微笑んだ。
「その意気だ」
その夜、レティシアは邸宅の庭園を歩いていた。冷たい夜風が頬を撫でる中、考えを巡らせていた。
(ディアナが私を悪役に仕立て上げる理由……彼女の目的は何?)
そこへ、邸宅の外から馬車の音が聞こえた。誰かが訪問してきたようだ。使用人のクララが慌ただしく駆け寄ってくる。
「お嬢様、王太子殿下がお越しです」
「アルフォンスが?」
突然の訪問に驚きながらも、レティシアは庭の入口へ向かった。
そこには、普段よりも険しい表情をしたアルフォンスが立っていた。彼の背筋はいつも以上にまっすぐで、その瞳には深い覚悟が宿っている。
「遅い時間に悪い」
アルフォンスは短く詫びると、レティシアの目をじっと見つめた。
「話がある。ディアナについてだ」
その名前に、レティシアは緊張を隠せなかった。
「……ディアナがどうかしたの?」
「調査の結果、彼女に関するいくつかの不審な動きが明らかになった」
アルフォンスはそう言うと、真剣な表情で言葉を続けた。
「彼女が平民の中で支持を得るために、演劇関係者と接触している証拠が見つかった」
「演劇……」
それはリシャールが言っていたことと一致していた。アルフォンスの話は、彼女が抱いていた疑念をさらに確信へと変えていく。
「お前も気づいているだろう。彼女はお前を利用している。それだけじゃない――この国そのものを揺るがすつもりだ」
その言葉に、レティシアは短く息を吐いた。
「……わかったわ。私も協力する」
「いい判断だ」
アルフォンスは満足げに頷いた。その表情には、かつての婚約者としての気遣いではなく、王太子としての責任感が滲んでいた。
(ディアナ……あなたが本当に黒幕なら、私はあなたを止める)
レティシアの胸の中で新たな決意が燃え上がる。その決意が、物語をさらに大きく動かしていくのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
入れ替わり令嬢奮闘記録
蒼黒せい
恋愛
公爵令嬢エリーゼは混乱の極地にあった。ある日、目覚めたらまったく別の令嬢シャルロットになっていたのだ。元に戻る術は無く、自身がエリーゼであることを信じてもらえる見込みも無く、すっぱり諦めたエリーゼはシャルロットとして生きていく。さしあたっては、この贅肉だらけの身体を元の身体に戻すために運動を始めるのであった… ※同名アカウントでなろう・カクヨムにも投稿しています
*予約時間を間違えてしまい7話の公開がおくれてしまいました、すみません*
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる