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翌朝、レティシアは邸宅を出る準備を整えながら、鏡に映る自分に問いかけていた。
(私は本当にこの舞台を降りられるのかしら。それとも、このまま彼女の筋書き通りに動かされてしまうの……?)
その疑念を振り払うように、彼女はふっと息を吐いた。いくら悩んでも答えは出ない。行動するしかないのだ。
「クララ、馬車の準備をお願い」
「どちらへ向かわれるのですか、お嬢様?」
「街へ。今日は少し、外の空気を吸いたい気分なの」
クララは一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑みを浮かべて頭を下げた。
「かしこまりました」
学園を休み、市井へと向かったレティシアは、平民たちが行き交う賑やかな街並みの中に足を踏み入れた。煌びやかなドレスを避け、シンプルな外套を羽織った彼女の姿は、一見ただの貴族の娘に見える。
(平民たちがディアナをどう見ているのか、確かめる必要があるわ)
彼女の目的は、今流行している演劇「誇り高きヒロイン」の公演を直接見ることだった。市井の噂では、ディアナがこの演劇を後援し、脚本にも影響を与えているという話が囁かれていた。
その劇場は街の中心に位置しており、すでに多くの平民たちで賑わっている。劇場の外壁には大きなポスターが掲げられ、そこには華やかなヒロインの姿と、それをいじめる「悪役令嬢」の姿が描かれていた。
(……これが、私というわけね)
ポスターの中の悪役令嬢の金髪碧眼は、どう見ても自分そのものだった。ため息をつきながらも、彼女は静かに劇場内に足を踏み入れた。
演劇が始まると、観客たちはすぐに物語の世界に引き込まれた。舞台上では、平民出身のヒロインが貴族社会の理不尽に立ち向かい、悪役令嬢にいじめられながらも、それを乗り越えて王太子と結ばれるという展開が繰り広げられていた。
その中で、悪役令嬢の振る舞いは過剰なほど冷酷に描かれている。ヒロインのドレスを引き裂き、社交界での立場を奪い、果てには平民の家族を脅迫するという設定だ。
観客たちが歓声を上げるたび、レティシアは胸の奥が冷たくなるのを感じていた。
(これが、私の見られ方……)
演劇の最後、悪役令嬢がヒロインに平手打ちをされ、哀れにも追放されるシーンでは、観客たちの拍手と歓声がひときわ大きく響いた。
(これもすべて計画の一部……平民たちの憎しみを貴族に向けるための)
劇場を後にしたレティシアは、心に新たな火が灯るのを感じていた。
(私はこの流れを止める。それが、私の破滅フラグを回避する唯一の道だから)
「おや、君がここにいるとは思わなかった」
劇場を出た直後、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると、リシャールが人ごみに紛れて立っていた。黒いコートに身を包み、彼は相変わらずの余裕を漂わせている。
「……何をしているの?」
「君こそ、何をしているのか気になるね。劇場で熱心に見入っていた姿が印象的だったよ」
リシャールの軽口に、レティシアは少しだけ眉を寄せた。
「ディアナが演劇に関与しているという話を確かめに来ただけ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「なるほどね。でも、君がそれを見たところで、次にどう動くつもりだい?」
その問いに、レティシアは少しの間黙り込んだ。だが、視線を彼に向けたとき、彼女の目には強い意志が宿っていた。
「私は彼女の舞台を壊す。そのために証拠を集めるわ」
「壊す、ね……君らしい答えだ」
リシャールは小さく笑いながら、懐から小さな封筒を取り出した。
「君が次に進むための助けになりそうなものを見つけた。受け取っておくといい」
「何かしら?」
レティシアが封筒を受け取ると、そこにはいくつかの文書が入っていた。それを開くと、ディアナが演劇関係者と交わした資金援助の契約書が含まれている。
「これ……!」
「それはほんの一部だ。まだ足りない部分も多いが、君が使える材料にはなるだろう」
リシャールの微笑みには、どこか彼なりの信頼が感じられた。
「どうしてここまでしてくれるの?」
「君が戦う姿が見たいからさ。君がただの“悪役”じゃないことを証明してほしい」
その言葉に、レティシアは少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとう。あなたの助けを無駄にしないわ」
「それでこそ、僕が興味を持つ価値のある人物だ」
リシャールはそう言って踵を返すと、人ごみの中に姿を消した。
レティシアは手にした契約書を握りしめ、再び決意を固めた。
(この証拠をもとに、次の手を打つ。ディアナ、あなたの計画を止めるのは私よ)
彼女の中で運命を切り拓くための歯車が、音を立てて動き始めたのだった。
(私は本当にこの舞台を降りられるのかしら。それとも、このまま彼女の筋書き通りに動かされてしまうの……?)
その疑念を振り払うように、彼女はふっと息を吐いた。いくら悩んでも答えは出ない。行動するしかないのだ。
「クララ、馬車の準備をお願い」
「どちらへ向かわれるのですか、お嬢様?」
「街へ。今日は少し、外の空気を吸いたい気分なの」
クララは一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑みを浮かべて頭を下げた。
「かしこまりました」
学園を休み、市井へと向かったレティシアは、平民たちが行き交う賑やかな街並みの中に足を踏み入れた。煌びやかなドレスを避け、シンプルな外套を羽織った彼女の姿は、一見ただの貴族の娘に見える。
(平民たちがディアナをどう見ているのか、確かめる必要があるわ)
彼女の目的は、今流行している演劇「誇り高きヒロイン」の公演を直接見ることだった。市井の噂では、ディアナがこの演劇を後援し、脚本にも影響を与えているという話が囁かれていた。
その劇場は街の中心に位置しており、すでに多くの平民たちで賑わっている。劇場の外壁には大きなポスターが掲げられ、そこには華やかなヒロインの姿と、それをいじめる「悪役令嬢」の姿が描かれていた。
(……これが、私というわけね)
ポスターの中の悪役令嬢の金髪碧眼は、どう見ても自分そのものだった。ため息をつきながらも、彼女は静かに劇場内に足を踏み入れた。
演劇が始まると、観客たちはすぐに物語の世界に引き込まれた。舞台上では、平民出身のヒロインが貴族社会の理不尽に立ち向かい、悪役令嬢にいじめられながらも、それを乗り越えて王太子と結ばれるという展開が繰り広げられていた。
その中で、悪役令嬢の振る舞いは過剰なほど冷酷に描かれている。ヒロインのドレスを引き裂き、社交界での立場を奪い、果てには平民の家族を脅迫するという設定だ。
観客たちが歓声を上げるたび、レティシアは胸の奥が冷たくなるのを感じていた。
(これが、私の見られ方……)
演劇の最後、悪役令嬢がヒロインに平手打ちをされ、哀れにも追放されるシーンでは、観客たちの拍手と歓声がひときわ大きく響いた。
(これもすべて計画の一部……平民たちの憎しみを貴族に向けるための)
劇場を後にしたレティシアは、心に新たな火が灯るのを感じていた。
(私はこの流れを止める。それが、私の破滅フラグを回避する唯一の道だから)
「おや、君がここにいるとは思わなかった」
劇場を出た直後、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると、リシャールが人ごみに紛れて立っていた。黒いコートに身を包み、彼は相変わらずの余裕を漂わせている。
「……何をしているの?」
「君こそ、何をしているのか気になるね。劇場で熱心に見入っていた姿が印象的だったよ」
リシャールの軽口に、レティシアは少しだけ眉を寄せた。
「ディアナが演劇に関与しているという話を確かめに来ただけ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「なるほどね。でも、君がそれを見たところで、次にどう動くつもりだい?」
その問いに、レティシアは少しの間黙り込んだ。だが、視線を彼に向けたとき、彼女の目には強い意志が宿っていた。
「私は彼女の舞台を壊す。そのために証拠を集めるわ」
「壊す、ね……君らしい答えだ」
リシャールは小さく笑いながら、懐から小さな封筒を取り出した。
「君が次に進むための助けになりそうなものを見つけた。受け取っておくといい」
「何かしら?」
レティシアが封筒を受け取ると、そこにはいくつかの文書が入っていた。それを開くと、ディアナが演劇関係者と交わした資金援助の契約書が含まれている。
「これ……!」
「それはほんの一部だ。まだ足りない部分も多いが、君が使える材料にはなるだろう」
リシャールの微笑みには、どこか彼なりの信頼が感じられた。
「どうしてここまでしてくれるの?」
「君が戦う姿が見たいからさ。君がただの“悪役”じゃないことを証明してほしい」
その言葉に、レティシアは少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとう。あなたの助けを無駄にしないわ」
「それでこそ、僕が興味を持つ価値のある人物だ」
リシャールはそう言って踵を返すと、人ごみの中に姿を消した。
レティシアは手にした契約書を握りしめ、再び決意を固めた。
(この証拠をもとに、次の手を打つ。ディアナ、あなたの計画を止めるのは私よ)
彼女の中で運命を切り拓くための歯車が、音を立てて動き始めたのだった。
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