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舞踏会場の静寂は張り詰めた糸のようだった。全員の視線が、レティシアとディアナの間に注がれている。ディアナは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「私の署名……ですか?」
彼女は慎重に言葉を選びながら、一歩レティシアに近づく。
「そんな証拠を私が持っているなんて、とても驚きですわ。それをぜひ、見せていただけますか?」
レティシアは冷静さを保ちながら、リシャールから渡された契約書を広げ、全員に見えるように掲げた。
「ここに記された名前――ディアナ・ローレンス。この署名は、確かにあなたのものではないの?」
ディアナは一瞬だけ目を細めた。その短い沈黙は、レティシアには決定的な瞬間のように思えた。
「……それは確かに私の名前ですが、誰でもこのような署名を偽造することは可能でしょう? 私が支援したのはただ、演劇が広く知られるようにとの純粋な思いからですわ」
その言葉に、会場の空気がざわつき始めた。ディアナの毅然とした態度に、貴族たちは戸惑い、平民派の者たちは彼女に同情的な視線を送っていた。
そのとき、アルフォンスが静かに口を開いた。
「ならば、もう一つの証拠について説明してもらおう」
彼は次に、リシャールが提供した演劇の脚本に関する文書を広げた。
「これは、演劇のシナリオ変更を指示した記録だ。その中で、“悪役令嬢”の描写を変更し、貴族社会を悪として描くよう求めた痕跡がある。そして、その指示を出したのも――」
「その証拠も、私が書いたものだというのですか?」
ディアナが再び声を上げた。その声はどこか怒りを含んでいたが、同時に冷静さを保っている。
「私はただ、演劇の成功を願って関与したに過ぎませんわ。それが意図的に貴族社会を貶めるものだとは知りませんでした」
「知らなかった、ですって?」
レティシアは一歩前に出た。その声には、これ以上後退しないという意志がこもっている。
「あなたが関与した結果、演劇は貴族社会への反発を煽る内容に変更されている。その責任を“知らなかった”と言って済ませるつもり?」
ディアナは口を閉ざし、わずかに視線を逸らした。
その時、会場の隅からリシャールがゆっくりと歩み出てきた。彼の存在に気づいた全員が、自然と彼に視線を向ける。
「なるほど、ディアナ・ローレンス嬢。君はとても慎重だね」
リシャールの声は穏やかだったが、その目には冷たい光が宿っていた。
「でも、君の計画は、ここにいる全員が少しずつ理解し始めている。君が自分を“ヒロイン”として完璧に見せようとしていることも、この国の構造を変えようとしていることも」
「……何をおっしゃっているのですか?」
ディアナは目を見開き、リシャールを睨んだ。その姿には、これまでの優雅さとは異なる鋭さが滲んでいた。
「僕が言いたいのは、君がこの国の平民を味方につけ、貴族社会を揺るがそうとしているということだ。そして、その計画の要は、“悪役令嬢”という存在だった」
リシャールがそう告げた瞬間、会場全体が大きくざわめいた。貴族たちは動揺し、平民派は互いに視線を交わしている。
ディアナは深く息を吸い込むと、再び冷静な微笑みを浮かべた。
「確かに、私は平民を支援してきましたわ。それがいけないことでしょうか? 貴族社会の理不尽さをなくし、平等な国を目指すことが悪いことだとは思いません」
彼女の堂々とした言葉に、一部の者たちは拍手を送り始めた。
だが、その中でレティシアは決して引かない。
「平等を目指すことが悪いと言っているのではないわ。でも、あなたの方法は違う。“悪役令嬢”を作り出し、貴族社会を敵として利用する――そんなやり方は許されるものではない」
「そうですか。では、レティシア様、あなたは“悪役令嬢”ではないと?」
ディアナが鋭い声で問いかけた。その挑発に、レティシアは一瞬も迷わず答えた。
「私は“悪役令嬢”ではないわ。ただの人間よ。あなたの計画に利用されるほど弱くもないし、あなたの舞台の脇役になるつもりもない」
その言葉に、会場の空気が変わった。ディアナの微笑みがわずかに揺らぎ、彼女の背後に立っていた平民派の数名が不安げな表情を浮かべた。
「ディアナ、君の目的が本当に正義だというのなら、証明してみせてくれ」
アルフォンスが最後の一言を投げかけた。その声には、王太子としての威厳が込められている。
ディアナは微笑みを保ちながらも、目の奥に焦りの色を浮かべていた。
(彼女の計画が崩れ始めている……)
レティシアはその様子を見つめながら、静かに勝利への手応えを感じていた。
(あと一押し――)
その時、ディアナの表情が一変し、何か言おうとした瞬間、場内の扉が大きな音を立てて開いた。そこに立っていたのは――…。
「私の署名……ですか?」
彼女は慎重に言葉を選びながら、一歩レティシアに近づく。
「そんな証拠を私が持っているなんて、とても驚きですわ。それをぜひ、見せていただけますか?」
レティシアは冷静さを保ちながら、リシャールから渡された契約書を広げ、全員に見えるように掲げた。
「ここに記された名前――ディアナ・ローレンス。この署名は、確かにあなたのものではないの?」
ディアナは一瞬だけ目を細めた。その短い沈黙は、レティシアには決定的な瞬間のように思えた。
「……それは確かに私の名前ですが、誰でもこのような署名を偽造することは可能でしょう? 私が支援したのはただ、演劇が広く知られるようにとの純粋な思いからですわ」
その言葉に、会場の空気がざわつき始めた。ディアナの毅然とした態度に、貴族たちは戸惑い、平民派の者たちは彼女に同情的な視線を送っていた。
そのとき、アルフォンスが静かに口を開いた。
「ならば、もう一つの証拠について説明してもらおう」
彼は次に、リシャールが提供した演劇の脚本に関する文書を広げた。
「これは、演劇のシナリオ変更を指示した記録だ。その中で、“悪役令嬢”の描写を変更し、貴族社会を悪として描くよう求めた痕跡がある。そして、その指示を出したのも――」
「その証拠も、私が書いたものだというのですか?」
ディアナが再び声を上げた。その声はどこか怒りを含んでいたが、同時に冷静さを保っている。
「私はただ、演劇の成功を願って関与したに過ぎませんわ。それが意図的に貴族社会を貶めるものだとは知りませんでした」
「知らなかった、ですって?」
レティシアは一歩前に出た。その声には、これ以上後退しないという意志がこもっている。
「あなたが関与した結果、演劇は貴族社会への反発を煽る内容に変更されている。その責任を“知らなかった”と言って済ませるつもり?」
ディアナは口を閉ざし、わずかに視線を逸らした。
その時、会場の隅からリシャールがゆっくりと歩み出てきた。彼の存在に気づいた全員が、自然と彼に視線を向ける。
「なるほど、ディアナ・ローレンス嬢。君はとても慎重だね」
リシャールの声は穏やかだったが、その目には冷たい光が宿っていた。
「でも、君の計画は、ここにいる全員が少しずつ理解し始めている。君が自分を“ヒロイン”として完璧に見せようとしていることも、この国の構造を変えようとしていることも」
「……何をおっしゃっているのですか?」
ディアナは目を見開き、リシャールを睨んだ。その姿には、これまでの優雅さとは異なる鋭さが滲んでいた。
「僕が言いたいのは、君がこの国の平民を味方につけ、貴族社会を揺るがそうとしているということだ。そして、その計画の要は、“悪役令嬢”という存在だった」
リシャールがそう告げた瞬間、会場全体が大きくざわめいた。貴族たちは動揺し、平民派は互いに視線を交わしている。
ディアナは深く息を吸い込むと、再び冷静な微笑みを浮かべた。
「確かに、私は平民を支援してきましたわ。それがいけないことでしょうか? 貴族社会の理不尽さをなくし、平等な国を目指すことが悪いことだとは思いません」
彼女の堂々とした言葉に、一部の者たちは拍手を送り始めた。
だが、その中でレティシアは決して引かない。
「平等を目指すことが悪いと言っているのではないわ。でも、あなたの方法は違う。“悪役令嬢”を作り出し、貴族社会を敵として利用する――そんなやり方は許されるものではない」
「そうですか。では、レティシア様、あなたは“悪役令嬢”ではないと?」
ディアナが鋭い声で問いかけた。その挑発に、レティシアは一瞬も迷わず答えた。
「私は“悪役令嬢”ではないわ。ただの人間よ。あなたの計画に利用されるほど弱くもないし、あなたの舞台の脇役になるつもりもない」
その言葉に、会場の空気が変わった。ディアナの微笑みがわずかに揺らぎ、彼女の背後に立っていた平民派の数名が不安げな表情を浮かべた。
「ディアナ、君の目的が本当に正義だというのなら、証明してみせてくれ」
アルフォンスが最後の一言を投げかけた。その声には、王太子としての威厳が込められている。
ディアナは微笑みを保ちながらも、目の奥に焦りの色を浮かべていた。
(彼女の計画が崩れ始めている……)
レティシアはその様子を見つめながら、静かに勝利への手応えを感じていた。
(あと一押し――)
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