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場内の扉が開いた瞬間、ざわめきが広がった。全員の視線がその方向に向けられる。扉の向こうに立っていたのは、複数の衛兵と共に、見慣れぬ中年の男性だった。高位貴族の装いをしているが、その姿にはどこか粗野な印象がある。
「お初にお目にかかります、皆様。私の登場で中断させてしまい、失礼しました」
その男の声は低く、よく通る。アルフォンスが険しい表情で彼を見つめた。
「君は……誰だ?」
「これはご挨拶が遅れました。私はハロルド・ローレンス。ディアナ・ローレンスの義兄にあたる者です」
その言葉に、会場のざわめきが再び大きくなった。
「ディアナの義兄……?」
「そんな人がいたのか?」
レティシアも驚きながら、男の様子を観察していた。ディアナの背後関係について調べていたが、このような人物が存在することは知らされていなかった。
ディアナは一瞬動揺を見せたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「義兄様、お越しになるとは伺っておりませんでしたわ」
「いや、急な用事ができたものでな。だが、この場に現れるのが最善だと思った」
ハロルドは悠然と会場を歩き、ディアナの隣に立つ。その堂々とした態度に、貴族たちは困惑しながらも静まり返った。
「さて、先ほどの議論に加わるのは無礼かもしれませんが、少しばかり言わせていただきたい」
ハロルドは軽く咳払いをし、契約書に視線を向けた。
「この契約書が問題になっているようだが、これは私の関与のもと行われたものだ」
「……何ですって?」
レティシアは思わず声を漏らした。
「ディアナが全てを指揮しているというのは誤解だ。この契約書に関する手続きや交渉は、全て私の指示で行われたものだ」
その言葉に、会場全体が再びざわつく。ディアナは何かを言おうとしたが、ハロルドが軽く手を上げて制した。
「ディアナが平民たちを支援しているのは事実だ。だが、それはあくまで私が彼女に与えた役割の一環に過ぎない。彼女自身が国を揺るがそうとしているわけではない」
「では、揺るがそうとしているのはあなた自身だと?」
アルフォンスが低い声で問いかけた。その目には鋭い光が宿っている。
ハロルドは薄く笑いながら答えた。
「揺るがそうなどと大げさなことを言わないでいただきたい。ただ、国をより良い方向に進めるための改革を試みているだけです」
「そのために貴族社会を混乱させ、平民を利用する?」
レティシアが鋭く問いかけると、ハロルドは少しだけ肩をすくめた。
「時には強引な手段が必要だ。だが、それもこの国の未来のためだ」
その言葉に、ディアナが初めて口を挟んだ。
「義兄様、どういうことですの? 私は何も――」
「黙っていなさい、ディアナ。これ以上話すと、さらに問題が複雑になる」
その一言に、ディアナの表情が凍りつく。
「結局、ディアナもあなたの計画の駒に過ぎなかったというわけね」
レティシアは冷たい目でハロルドを見つめながら言った。だがその声には怒りよりも確信が含まれている。
「そして、あなたがこの国の支配構造を壊し、新しい秩序を作り出そうとしている……」
「そうだ。だが、君たちは私を止めることができるかな?」
ハロルドは挑発的に笑い、ゆっくりと視線を会場全体に巡らせた。
「貴族たちよ、聞くがいい。この国の支配層が変わらない限り、平民たちはいつまで経っても搾取され続ける。私はそれを正そうとしているだけだ」
彼の言葉に、一部の者たちがざわめき、他の者たちは動揺した表情を浮かべている。
だが、その中でアルフォンスは一歩前に進み、力強い声で言った。
「この国の未来を決めるのは、お前のような独裁者ではない。我々全員の力だ」
その声に、レティシアも続けた。
「そして、私は“悪役”では終わらない。この舞台を壊すのは、私の意志よ」
リシャールも微笑みながら口を挟んだ。
「さて、ハロルドさん。君の計画もここまでかもしれないね」
その瞬間、会場の扉が再び開き、複数の衛兵が入ってきた。彼らを率いていたのは、王国の宰相だった。
「ハロルド・ローレンス殿、あなたに対する調査が進められています。これ以上の混乱を避けるため、今ここでお引き取りいただきたい」
ハロルドは一瞬だけ怯んだが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。
「なるほど。ここで一時退くしかなさそうだな……だが、私はまだ終わっていない」
そう言い残し、彼は衛兵に囲まれながら会場を後にした。
ハロルドが去った後、場内は静寂に包まれた。全員が混乱の余韻に浸る中、レティシアはディアナに向き直った。
「あなたも、本当のことを話すべきじゃないかしら?」
ディアナはしばらく黙っていたが、やがて重い声で言った。
「……義兄様が全ての計画を進めていたのは事実です。でも、私もそれを利用していたのは否定できません」
その言葉に、レティシアは目を細めた。
「なら、あなたが舞台を降りる番ね」
ディアナは苦笑を浮かべたが、その表情はどこか諦めに似ていた。
こうして、舞踏会での対決は一応の決着を迎えた。だが、ハロルドという新たな敵の存在が浮かび上がったことで、レティシアたちの戦いはまだ続くことを予感させる。
(私は絶対に負けない。この国の未来を守るために、私自身の破滅を回避するためにも――)
「お初にお目にかかります、皆様。私の登場で中断させてしまい、失礼しました」
その男の声は低く、よく通る。アルフォンスが険しい表情で彼を見つめた。
「君は……誰だ?」
「これはご挨拶が遅れました。私はハロルド・ローレンス。ディアナ・ローレンスの義兄にあたる者です」
その言葉に、会場のざわめきが再び大きくなった。
「ディアナの義兄……?」
「そんな人がいたのか?」
レティシアも驚きながら、男の様子を観察していた。ディアナの背後関係について調べていたが、このような人物が存在することは知らされていなかった。
ディアナは一瞬動揺を見せたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「義兄様、お越しになるとは伺っておりませんでしたわ」
「いや、急な用事ができたものでな。だが、この場に現れるのが最善だと思った」
ハロルドは悠然と会場を歩き、ディアナの隣に立つ。その堂々とした態度に、貴族たちは困惑しながらも静まり返った。
「さて、先ほどの議論に加わるのは無礼かもしれませんが、少しばかり言わせていただきたい」
ハロルドは軽く咳払いをし、契約書に視線を向けた。
「この契約書が問題になっているようだが、これは私の関与のもと行われたものだ」
「……何ですって?」
レティシアは思わず声を漏らした。
「ディアナが全てを指揮しているというのは誤解だ。この契約書に関する手続きや交渉は、全て私の指示で行われたものだ」
その言葉に、会場全体が再びざわつく。ディアナは何かを言おうとしたが、ハロルドが軽く手を上げて制した。
「ディアナが平民たちを支援しているのは事実だ。だが、それはあくまで私が彼女に与えた役割の一環に過ぎない。彼女自身が国を揺るがそうとしているわけではない」
「では、揺るがそうとしているのはあなた自身だと?」
アルフォンスが低い声で問いかけた。その目には鋭い光が宿っている。
ハロルドは薄く笑いながら答えた。
「揺るがそうなどと大げさなことを言わないでいただきたい。ただ、国をより良い方向に進めるための改革を試みているだけです」
「そのために貴族社会を混乱させ、平民を利用する?」
レティシアが鋭く問いかけると、ハロルドは少しだけ肩をすくめた。
「時には強引な手段が必要だ。だが、それもこの国の未来のためだ」
その言葉に、ディアナが初めて口を挟んだ。
「義兄様、どういうことですの? 私は何も――」
「黙っていなさい、ディアナ。これ以上話すと、さらに問題が複雑になる」
その一言に、ディアナの表情が凍りつく。
「結局、ディアナもあなたの計画の駒に過ぎなかったというわけね」
レティシアは冷たい目でハロルドを見つめながら言った。だがその声には怒りよりも確信が含まれている。
「そして、あなたがこの国の支配構造を壊し、新しい秩序を作り出そうとしている……」
「そうだ。だが、君たちは私を止めることができるかな?」
ハロルドは挑発的に笑い、ゆっくりと視線を会場全体に巡らせた。
「貴族たちよ、聞くがいい。この国の支配層が変わらない限り、平民たちはいつまで経っても搾取され続ける。私はそれを正そうとしているだけだ」
彼の言葉に、一部の者たちがざわめき、他の者たちは動揺した表情を浮かべている。
だが、その中でアルフォンスは一歩前に進み、力強い声で言った。
「この国の未来を決めるのは、お前のような独裁者ではない。我々全員の力だ」
その声に、レティシアも続けた。
「そして、私は“悪役”では終わらない。この舞台を壊すのは、私の意志よ」
リシャールも微笑みながら口を挟んだ。
「さて、ハロルドさん。君の計画もここまでかもしれないね」
その瞬間、会場の扉が再び開き、複数の衛兵が入ってきた。彼らを率いていたのは、王国の宰相だった。
「ハロルド・ローレンス殿、あなたに対する調査が進められています。これ以上の混乱を避けるため、今ここでお引き取りいただきたい」
ハロルドは一瞬だけ怯んだが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。
「なるほど。ここで一時退くしかなさそうだな……だが、私はまだ終わっていない」
そう言い残し、彼は衛兵に囲まれながら会場を後にした。
ハロルドが去った後、場内は静寂に包まれた。全員が混乱の余韻に浸る中、レティシアはディアナに向き直った。
「あなたも、本当のことを話すべきじゃないかしら?」
ディアナはしばらく黙っていたが、やがて重い声で言った。
「……義兄様が全ての計画を進めていたのは事実です。でも、私もそれを利用していたのは否定できません」
その言葉に、レティシアは目を細めた。
「なら、あなたが舞台を降りる番ね」
ディアナは苦笑を浮かべたが、その表情はどこか諦めに似ていた。
こうして、舞踏会での対決は一応の決着を迎えた。だが、ハロルドという新たな敵の存在が浮かび上がったことで、レティシアたちの戦いはまだ続くことを予感させる。
(私は絶対に負けない。この国の未来を守るために、私自身の破滅を回避するためにも――)
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