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王宮の中庭に響く鐘の音が、晴れやかな空気を包み込んでいた。花々が整然と咲き誇るその場所に、一人の少女が立っていた。
マリア・ルベラン。平民から伯爵家の養女となり、そして今、王太子妃として王宮に戻る。
だが、華やかさとは裏腹に、彼女の胸の内には複雑な思いが渦巻いていた。
(私がアルフォンスの隣に立つ……それが正しいことなのかしら)
迷いが晴れぬまま視線を落としていると、ふと背後から軽やかな声が聞こえてきた。
「マリア!」
振り返ると、そこには王太子アルフォンスが立っていた。軽快な足取りで近づいてくる彼の顔には、心底嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「アルフォンス!」
マリアの顔が自然とほころぶ。彼が手を差し伸べると、マリアは少し迷った後、その手を取った。
「離宮での生活、本当にお疲れさまだったね。どうだった?」
彼の目が真っ直ぐに彼女を見つめている。その視線に、マリアはほんの少しだけ緊張しながら答えた。
「すべての時間が勉強のようでした。でも、それが今の私に必要なことだと分かっていましたから……」
「そんなに頑張らなくても、君なら十分すぎるくらいの存在だよ」
アルフォンスは彼女の手をそっと握り直しながら、優しく微笑んだ。その言葉に、マリアの胸がじんわりと温かくなった。
「でも、やっぱりここに戻ってくると緊張します。私が本当に相応しいのか、いつも自信が持てなくて……」
「そんなことを言う必要はないよ。君が僕の隣にいるだけで、僕はどんなことでも乗り越えられる」
マリアは彼の真剣な瞳に見つめられると、何かが吹っ切れるような感覚を覚えた。
「ありがとう、アルフォンス……」
彼の名前を呼ぶその声には、安心感が込められていた。
その日の夕方、マリアは王宮の廊下を歩いていた。そこに現れたのは、久しく見ていなかった懐かしい顔。
「あなた……」
声をかけたのは、かつての「悪役令嬢」、レティシア・ド・ベルクレアだった。彼女の毅然とした佇まいは以前と変わらず、むしろさらに洗練された印象を与える。
「お久しぶりです、レティシア様」
マリアは立ち止まり、軽く頭を下げた。
「ずいぶんと落ち着いて見えるわね。王太子妃教育が終わったからかしら?」
レティシアの言葉に、マリアは小さく微笑んだ。
「はい……でも、まだまだ未熟だと感じています。私に本当にその役目が務まるのか、自信がありません」
その率直な言葉に、レティシアはほんの少し眉を上げた。そして、柔らかく笑う。
「あなたらしいわね。でも、アルフォンス殿下があなたを選んだのなら、きっとその理由があるはずよ」
「……ありがとうございます」
マリアはレティシアのその言葉に少しだけ救われた気がした。同時に、彼女がどれだけ強い心を持っているのかを改めて実感する。
「ただ、私の場合はそういう役割を負うことができるかどうか、不安でいっぱいだったわ」
レティシアの言葉に、マリアは少し目を見開いた。彼女の口調は穏やかだったが、その奥に何かしらの覚悟が滲んでいる。
「それで……その役割から離れることになったとき、私はほっとしたの。だから、あなたがその場所に立つ覚悟を決めたのなら、心から尊敬するわ」
マリアはその言葉に、胸の奥に広がる感情を抑えきれなかった。レティシアが何を言いたいのかを理解するにつれ、彼女の冷静さと毅然とした態度がどれほど大きな強さの裏付けであるのかを思い知る。
「……私も、もっと努力して、強くならなくてはいけませんね」
「そうね。王太子妃としてふさわしい女性になればいいのよ」
レティシアの微笑みは穏やかだったが、どこか突き放すような印象も残る。その背中を見送りながら、マリアは小さく息を吐いた。
(私は、私自身の道を歩まなくては……)
その夜、マリアはアルフォンスの訪問を受け、自室で二人きりの時間を過ごす。アルフォンスの隣にいることで心が癒される一方で、彼の心の奥に、まだ完全には拭い去れない何かがあることに気づく。
(彼にとって、私は本当にふさわしい存在なの?)
マリアの心には、レティシアへの複雑な感情がわだかまる。しかし、彼女は決してそれを表に出さず、自分の役割を果たすことを誓ったのだった。
マリア・ルベラン。平民から伯爵家の養女となり、そして今、王太子妃として王宮に戻る。
だが、華やかさとは裏腹に、彼女の胸の内には複雑な思いが渦巻いていた。
(私がアルフォンスの隣に立つ……それが正しいことなのかしら)
迷いが晴れぬまま視線を落としていると、ふと背後から軽やかな声が聞こえてきた。
「マリア!」
振り返ると、そこには王太子アルフォンスが立っていた。軽快な足取りで近づいてくる彼の顔には、心底嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「アルフォンス!」
マリアの顔が自然とほころぶ。彼が手を差し伸べると、マリアは少し迷った後、その手を取った。
「離宮での生活、本当にお疲れさまだったね。どうだった?」
彼の目が真っ直ぐに彼女を見つめている。その視線に、マリアはほんの少しだけ緊張しながら答えた。
「すべての時間が勉強のようでした。でも、それが今の私に必要なことだと分かっていましたから……」
「そんなに頑張らなくても、君なら十分すぎるくらいの存在だよ」
アルフォンスは彼女の手をそっと握り直しながら、優しく微笑んだ。その言葉に、マリアの胸がじんわりと温かくなった。
「でも、やっぱりここに戻ってくると緊張します。私が本当に相応しいのか、いつも自信が持てなくて……」
「そんなことを言う必要はないよ。君が僕の隣にいるだけで、僕はどんなことでも乗り越えられる」
マリアは彼の真剣な瞳に見つめられると、何かが吹っ切れるような感覚を覚えた。
「ありがとう、アルフォンス……」
彼の名前を呼ぶその声には、安心感が込められていた。
その日の夕方、マリアは王宮の廊下を歩いていた。そこに現れたのは、久しく見ていなかった懐かしい顔。
「あなた……」
声をかけたのは、かつての「悪役令嬢」、レティシア・ド・ベルクレアだった。彼女の毅然とした佇まいは以前と変わらず、むしろさらに洗練された印象を与える。
「お久しぶりです、レティシア様」
マリアは立ち止まり、軽く頭を下げた。
「ずいぶんと落ち着いて見えるわね。王太子妃教育が終わったからかしら?」
レティシアの言葉に、マリアは小さく微笑んだ。
「はい……でも、まだまだ未熟だと感じています。私に本当にその役目が務まるのか、自信がありません」
その率直な言葉に、レティシアはほんの少し眉を上げた。そして、柔らかく笑う。
「あなたらしいわね。でも、アルフォンス殿下があなたを選んだのなら、きっとその理由があるはずよ」
「……ありがとうございます」
マリアはレティシアのその言葉に少しだけ救われた気がした。同時に、彼女がどれだけ強い心を持っているのかを改めて実感する。
「ただ、私の場合はそういう役割を負うことができるかどうか、不安でいっぱいだったわ」
レティシアの言葉に、マリアは少し目を見開いた。彼女の口調は穏やかだったが、その奥に何かしらの覚悟が滲んでいる。
「それで……その役割から離れることになったとき、私はほっとしたの。だから、あなたがその場所に立つ覚悟を決めたのなら、心から尊敬するわ」
マリアはその言葉に、胸の奥に広がる感情を抑えきれなかった。レティシアが何を言いたいのかを理解するにつれ、彼女の冷静さと毅然とした態度がどれほど大きな強さの裏付けであるのかを思い知る。
「……私も、もっと努力して、強くならなくてはいけませんね」
「そうね。王太子妃としてふさわしい女性になればいいのよ」
レティシアの微笑みは穏やかだったが、どこか突き放すような印象も残る。その背中を見送りながら、マリアは小さく息を吐いた。
(私は、私自身の道を歩まなくては……)
その夜、マリアはアルフォンスの訪問を受け、自室で二人きりの時間を過ごす。アルフォンスの隣にいることで心が癒される一方で、彼の心の奥に、まだ完全には拭い去れない何かがあることに気づく。
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