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第3章 崩れる心と選択
第30話 誘拐
気づいたとき、私は冷たい布の上に横たわっていた。鼻の奥に、甘くてどろっとした匂いが残っている。息を吸うと胸がちくりと痛んだ。
視界がゆれ、耳の奥でコトコトと規則的な音が響く。馬車の車輪の音だと、少し遅れて理解した。
「……ここ、どこ……?」
口にすると、自分の声がかすれていた。馬車の揺れが、体の奥までむりやり流し込まれるみたいで気分が悪い。
油の灯りがゆらゆら揺れる中、向かい側には二人の男が座っていた。黒い布で顔の下半分を覆い、目だけがぎらぎらしている。
聞きたくなくても、会話は耳に刺さった。
「成功例が手に入った。これで研究は完成に近づく」
「やっと“素材”が戻ってきたんだ。今回こそ逃がすな」
成功例。素材。
言葉の意味を理解した瞬間、背中に冷たいものが走った。
――私のこと、そんなふうに呼んでたんだ。
胃がひっくり返るみたいに気持ちが悪い。
ここにいるだけで、体の感覚がどんどん冷えていく。
でも、それと同じくらい強く、胸の奥を別の考えが掴んだ。
“死ねば元の世界に戻れるかもしれない”
本に書かれていた一文が、勝手によみがえる。
黒魔術師たちは私を「成功例」だと信じている。なら、きっとまた儀式みたいなことをするつもりだ。
そこで死ねば——私は、帰れるかもしれない。
胸がぎゅっと痛む。
でも、考えてしまった。
ここまで攫われたのなら、内部に協力者がいたって国も騎士団のせいだけじゃないと、認めざるをえないだろう。
もし私が死んでも、お咎めは少なく済むんじゃないか。
バルドやカイルの責任が、少しは軽くなるんじゃないか。
いやだ。
そんなふうに考える自分が、一番いやだ。
揺れる馬車の中で、私は拳をぎゅっと握りしめる。
死ねば本当に帰れるのだろうか。
帰って、あの残業だらけの生活に戻るのだろうか。
でもこの世界に残れば、私は“異物”として、また誰かを危険に巻き込むかもしれない。
どうしたらいいのか分からない。
ただ、胸の奥がきしむように痛くて、呼吸が少しずつ浅くなる。
そして、揺れる灯りの中で思う。
――こんな考えをする私は、きっとどこへ行っても傷つけてしまうんだろう。
視界がゆれ、耳の奥でコトコトと規則的な音が響く。馬車の車輪の音だと、少し遅れて理解した。
「……ここ、どこ……?」
口にすると、自分の声がかすれていた。馬車の揺れが、体の奥までむりやり流し込まれるみたいで気分が悪い。
油の灯りがゆらゆら揺れる中、向かい側には二人の男が座っていた。黒い布で顔の下半分を覆い、目だけがぎらぎらしている。
聞きたくなくても、会話は耳に刺さった。
「成功例が手に入った。これで研究は完成に近づく」
「やっと“素材”が戻ってきたんだ。今回こそ逃がすな」
成功例。素材。
言葉の意味を理解した瞬間、背中に冷たいものが走った。
――私のこと、そんなふうに呼んでたんだ。
胃がひっくり返るみたいに気持ちが悪い。
ここにいるだけで、体の感覚がどんどん冷えていく。
でも、それと同じくらい強く、胸の奥を別の考えが掴んだ。
“死ねば元の世界に戻れるかもしれない”
本に書かれていた一文が、勝手によみがえる。
黒魔術師たちは私を「成功例」だと信じている。なら、きっとまた儀式みたいなことをするつもりだ。
そこで死ねば——私は、帰れるかもしれない。
胸がぎゅっと痛む。
でも、考えてしまった。
ここまで攫われたのなら、内部に協力者がいたって国も騎士団のせいだけじゃないと、認めざるをえないだろう。
もし私が死んでも、お咎めは少なく済むんじゃないか。
バルドやカイルの責任が、少しは軽くなるんじゃないか。
いやだ。
そんなふうに考える自分が、一番いやだ。
揺れる馬車の中で、私は拳をぎゅっと握りしめる。
死ねば本当に帰れるのだろうか。
帰って、あの残業だらけの生活に戻るのだろうか。
でもこの世界に残れば、私は“異物”として、また誰かを危険に巻き込むかもしれない。
どうしたらいいのか分からない。
ただ、胸の奥がきしむように痛くて、呼吸が少しずつ浅くなる。
そして、揺れる灯りの中で思う。
――こんな考えをする私は、きっとどこへ行っても傷つけてしまうんだろう。
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