信徒守護官カトリナの辺境ライフ〜魔王討伐後、救済はじめました〜

藤原遊

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ここはかつて魔王軍との最前線だった。城壁は崩れ、村々は焼き払われ、荒野には魔物の残党が今も蠢いている。人々は乏しい収穫で飢えを凌ぎ、勇者の歌よりも日々の生存に執着する。辺境は世界の「終わり」であり、救済の手が届かない場所だった。

そんな地に、一人のシスターが降り立つ。

「本当に、ここでやっていけるんですかね……」

リリアナは荒れ果てた村を見回しながら、再びため息をついた。村の住民はどこか不信感を抱いた目でこちらを伺い、遠巻きに集まっている。中には明らかに疲弊した様子で地面に座り込む者もいる。

「やっていけるかどうかではありません。やるのです」

カトリナは背筋を伸ばしながら村の中心に向かって歩み出た。その白いシスター服が、わずかに土埃にまみれていく。

「聞いてください、皆さん!」

カトリナの声が村の広場に響いた。周囲にいた住民たちが、ちらりと彼女に目を向ける。

「私は教会から派遣された信徒守護官、カトリナです。皆さんの土地を守り、復興を支援するためにここに参りました!」

だが、その言葉に応える者はいなかった。ただ静かな風が吹き抜け、広場の隅で誰かがくしゃみをする音だけが響く。

「……これ、反応ゼロなんですけど」

リリアナが耳打ちすると、カトリナはわずかに微笑んだ。

「信頼とは、時間をかけて築くものです。まずは行動で示しましょう」

そう言うと、彼女は広場の隅にある古びた井戸へと向かった。近づくと、井戸の縁はひび割れ、ほとんど使い物にならなくなっているのがわかる。

「ここから始めましょう」

カトリナは両手を井戸の上にかざし、低く祈るように呟いた。すると彼女の手から淡い光が放たれ、井戸の縁がゆっくりと修復されていく。住民たちはその様子に目を丸くし、ざわざわと声を上げ始めた。

「水が、出るかもしれない……」

「本当に守護官なんだろうか?」

井戸が完全に修復された瞬間、カトリナはバケツを降ろして水を汲み上げた。冷たい水が地上に戻ると、住民たちが驚きの声を上げる。

「どうぞ。まずは水を確保しましょう」

カトリナが笑顔で促すと、最初に動いたのはやせ細った少年だった。彼は恐る恐るバケツに手を伸ばし、水を口に含む。そしてその瞬間、顔を輝かせた。

「飲める……!ちゃんと飲める水だ!」

その声をきっかけに、他の住民たちも次々と井戸の周りに集まり始める。感謝の言葉を口にする者もいれば、まだ疑念を抱きつつも様子を伺う者もいた。

「最初の一歩は成功、ですね」

リリアナが安堵の息をつきながら呟いた。

「ええ。次はさらに大きな一歩を踏み出します」

カトリナの瞳は力強く輝いていた。

「本当、いつもどこまでも前向きですよね。私なんか、最初の修道院で『回復魔法が一回も使えないならシスター失格』って言われた時点で折れてましたよ」

リリアナは思わず笑いながら言ったが、すぐに視線を落とした。

「誰も私を受け入れてくれなくて、修道院を転々として……それでも、カトリナさんだけは引き取ってくれた」

「私はあなたの可能性を信じただけです」

カトリナは静かに答えた。

「あなたに回復魔法の才能があることは明らかです。けれど、その力を開花させるには、正しい指導と経験が必要なだけ」

「正しい指導ねえ……」

リリアナは半ば呆れたように笑う。

「こんな危険な辺境で修行させられるなんて、正しいかどうか疑問ですけど」

「危険こそが、力を引き出すのです」

カトリナは振り返り、微笑んだ。

「そして私は、あなたがそれを乗り越えると信じています」

「もう、相変わらずですね……」

リリアナは肩をすくめながらも、その言葉にほんの少しだけ心が軽くなるのを感じた。

その時、村の外れから突如響く叫び声が二人の耳に飛び込んできた。

「魔物だ!また魔物が出たぞ!」

村人たちが一斉に恐怖に顔を歪める。その中でカトリナだけが静かに頷いた。

「理不尽がまた顔を出しましたね」

彼女はロザリオを握り締めると、祈るように微笑んだ。

「破壊なくして、救済なし――行きましょう、リリアナ」

「いやいや、またそれですか!」

突っ込みながらもリリアナはカトリナの後を追い、村の外れへと駆け出した。彼女たちの復興は、決して平穏では終わらない。むしろ、戦いと共にある未来の第一歩が、今始まろうとしていた。
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