戦乙女の選ぶ道

1章 フィオラの目覚め

①

目を開けたとき、最初に感じたのは柔らかな光だった。瞼越しに差し込むその光は、戦場の火炎とも、輸送機の赤い警告灯とも違う穏やかさを持っていた。

肌に触れる布の感触、薄いリネンの香り。自分が今どこにいるのか、何をしているのか、全くわからなかった。

「……私は……？」

声に出した言葉さえ、自分のものではない気がした。耳に届く音は、かつての佐藤瑠衣のそれとは異なる。澄んだ、どこか品のある響き。混乱する頭を抱えながら、ふと視線を横にやると、鏡が目に入った。

金色の髪が肩に流れ、青い瞳が自分を見つめ返している。繊細な顔立ちの少女がそこにいた。だが、胸の内に宿る意志だけは、間違いなく自分のものだった。

ここはどこだ……？ 私は……任務の途中だったはずだ。あの島はどうなった？ いや……日本は守られたのか？

無数の疑問が頭を埋め尽くす。激戦の中で、確かに最後の命令を出した。後続部隊が進軍できるように、目標地点の確保にすべてを注いだ。だが、それが成功したのか――日本本土が無事なのか――彼女には確認する術がなかった。

「……本隊は、無事だったのだろうか……」

知らず知らずのうちに、口から言葉が漏れた。薄れゆく意識の中で最後に見たのは、爆撃によって崩れ落ちる地形と、自分の命令に応じて走る隊員たちの姿だった。あのとき、自分は――。

扉が軽くノックされ、間もなく開いた。現れたのは中年の男性。威厳を漂わせたその男は、まるで彼女を見守る守護者のようだった。

「フィオラ、目が覚めたか。」

彼女が答えを返す前に、男は続けた。

「お前ももう十五だ。辺境伯カイゼルン家の令嬢として、そろそろ自覚を持たねばならん。いずれこの地を守る役目が回ってくるのだからな。」

令嬢――そう呼ばれたその響きが、過去の自分とはかけ離れているように感じられた。しかし、反射的に浮かんだ「はい」という言葉が、唇を通り抜けた。

その瞬間、彼女は知った。ここは、彼女が知る世界ではない。そして自分はもう「佐藤瑠衣」ではないのだと。

「フィオラ・カイゼルン」――それが、この世界での自分の名前だった。

だが、胸の奥に残る思いは消えない。日本はどうなったのだろう？ あの命令に意味はあったのか？ 私の最後は、無駄ではなかったのか？
その答えを知ることは決してできないのだと気づきながらも、彼女はそれを胸に刻みつけた。