戦乙女の選ぶ道

1章 フィオラの目覚め

②

フィオラとしての日々は、想像以上に慌ただしく始まった。目覚めて数日も経たないうちに、彼女はこの世界の基本的な仕組みや魔法の存在、そして辺境伯カイゼルン家の責務について叩き込まれることとなった。

この世界では、人は必ず「魔法属性」を一つ持って生まれるという。火、水、風、土、光、闇――そのどれかに属し、属性に応じた能力が与えられる。属性は生まれつき決まっており、それに基づいて人々は生涯の役割を担うのだという。辺境伯家に生まれたフィオラは、例外なく水属性の適性を持っていた。

「あなたの属性は水だ。」

家令である初老の男からそう告げられた時、フィオラは微かに笑ってしまった。水――それは、癒しと生命の象徴であり、戦場での防御や支援に適した力。まさに、彼女が前世で願いながらも成し遂げられなかった「命を守る力」そのものだったからだ。

だが、彼女が驚いたのはその程度ではなかった。

「水の戦略魔法使いとしての適性があります。大規模な魔法の発動が可能な、非常に稀有な力です。」

彼女の中に流れる魔力の膨大さを示す言葉だった。戦略魔法使い――それは、戦場を覆すほどの大規模な術式を展開できる存在。どの国でも数えるほどしかいない重要な人材だという。

戦略魔法使い……私はそんな力を持っているのか？

瑠衣だった頃の自分は、最前線で兵士たちを率いる身だった。その身ひとつで守れる範囲には限りがあった。だが、この力を使えば――。

思考にふけるフィオラの元に、誰かが急ぎ足で近づいてくる気配がした。振り返ると、ロイドの姿が目に入る。

ロイド・アーベン。彼はフィオラの幼馴染であり、将来的には彼女の副官となることが決まっている青年だった。穏やかな性格だが、辺境を守るために日々剣術と魔法の鍛錬を重ねている努力家だ。その肩には、フィオラが新しい環境に適応できるよう支える責務もあった。

「フィオラ！ 大丈夫か？ 魔法適性の診断があったと聞いたけど……。」

駆け寄りながら彼は息を切らせた。心底心配そうな表情だ。

「ええ、大丈夫よ。水属性だって言われたわ。それに……戦略魔法使いだって。」

フィオラが言葉を終えると、ロイドの表情がぱっと変わった。驚きと尊敬が入り混じったような顔だった。

「すごいじゃないか！ 戦略魔法使いなんて滅多にいない。君はやっぱり特別なんだ。」

「特別……ね。」フィオラは苦笑いを浮かべる。前世では「普通」であることに苦しむ暇もなかった。自分が特別である必要も、求められることもなかった。ただ、命令を遂行する兵士でいられた。それが今、この世界では「特別」だというのだ。

ロイドはそんな彼女の反応を見て、慌てて言葉を付け加える。「いや、悪い意味じゃない。君が持つ力なら、この国を守れる。いや、もっと言えば、この世界だって救えるかもしれない。」

フィオラはその言葉を受けて微かに目を伏せた。守る――その言葉に自分がどう応えるべきか、まだ整理がつかなかった。

数日後、ロイドと共に訓練場を訪れたフィオラは、自分の魔法を初めて実際に使うことになった。訓練用の目標に向かい、手をかざす。

「集中して。水は形を変える柔軟さを持つけれど、力を集中させれば岩さえも砕ける。」ロイドが隣で指導する。

フィオラは目を閉じ、心を静めた。前世で銃を扱う感覚とはまるで違う。だが、それでも根底に流れる「集中」の本質は似ている気がした。

手のひらの先に冷たい感覚が生まれ、次第にそれが形を取り始める。そして次の瞬間、勢いよく飛び出した水の塊が目標を正確に捉えた。目標が砕け散るのを見たロイドが、思わず感嘆の声を上げる。

「……やっぱりすごいな、君は。」

フィオラは初めて魔法を使えた達成感に小さく息を吐く。しかし、心の中では違和感が残っていた。

こんな力があれば、あの時の戦場で何かが変わったのだろうか？ もっと多くの仲間を守れたのだろうか？

戦場を駆け巡る記憶が、静かに胸を刺していた。