戦乙女の選ぶ道

藤原遊

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1章 フィオラの目覚め

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数日が過ぎた。
辺境伯家の領地は静かだったが、その平穏の下には、隣国との緊張が確実に高まっているという噂が渦巻いていた。敵国の軍勢が国境付近に集結しているらしい。村人たちの間にも不安が広がり、城に仕える使用人たちの表情にも影が差している。

「父上、隣国の動きは本当なのですか?」

フィオラは書斎で書簡に目を通していた父――辺境伯アルベルト・カイゼルンに問いかけた。威厳を湛えた男は、わずかに目を細めて娘を見やった。

「そうだ。確かに奴らは国境付近に軍を動かしている。しかし、現時点ではまだ侵攻と断定するには至っていない。」

父の言葉には静かな冷徹さがあった。隣国の動きがただの挑発なのか、それとも本格的な侵略の準備なのかを見極めているのだろう。

「ですが、もし侵攻が始まれば……」

「その時は我らが迎え撃つ。辺境を守るのが我がカイゼルン家の使命だ。だが、必要以上に恐れるな、フィオラ。お前にはお前の役目がある。」

その言葉に、フィオラは胸が詰まる思いを覚えた。役目――戦場に出るべきなのか、令嬢として身を守るべきなのか。彼女の中でまだその答えは出ていなかった。

フィオラが自室で思案にふけっていると、再びノックの音が響いた。部屋に入ってきたのはロイドだった。いつも通り穏やかな表情だが、その目には緊張の色が浮かんでいる。

「フィオラ、少し外に出ようか。村まで偵察に行く許可が下りたんだ。」

「偵察?」

彼女は驚いた顔を見せた。

「うん。隣国の動きが気になるって父上も仰ってたからさ。もちろん護衛も付いてるけど、君も村の様子を見た方がいいと思うんだ。」

フィオラは少し迷ったものの、頷いた。外の状況を知ることが今の自分にできることだと感じたからだ。

村は思った以上に静かだった。フィオラとロイドが馬車で到着すると、村人たちは彼らを一目見て軽く頭を下げ、すぐに各々の作業に戻った。だが、その表情には明らかに不安が滲んでいる。

「隣国が攻めてくるんじゃないかって噂が、もう広まってるね。」ロイドが低い声で言った。

フィオラは村の広場に目をやる。子どもたちが遊んでいるが、その背後で母親たちが何度も辺りを気にしているのがわかった。見えない影が村全体を覆っている。

「もし彼らに危険が及ぶようなことがあれば、私は――」

その言葉を口にした瞬間、フィオラの中に浮かんだのは、前世で守れなかった仲間たちの姿だった。どんな手段でもいい、今度こそ守りたい。その思いが、胸の奥から強く湧き上がった。

だが、その時だった。

遠くから響く騒音に、フィオラは立ち止まった。ロイドもすぐに反応する。

「何だ……?」

地平線の向こうから見えたのは、黒煙。そしてそれを先導するように飛んでくる数本の矢――。

「敵襲だ!」

ロイドが叫ぶ。

村の入り口から騎馬隊が突入してきた。彼らの甲冑には隣国の紋章が刻まれている。どうやら少数の部隊が、この村を奇襲しようとしているらしい。

フィオラは驚きながらも、反射的に指を振った。

「村の人たちを避難させて!ロイド、私たちも行くわ!」

ロイドは一瞬ためらうように彼女を見たが、すぐに頷いた。

「分かった。君は後衛だ。俺が前に出る。」

フィオラはその言葉に従い、村人たちを避難させるべく指示を出す。だが、すぐに気づいた。敵の進軍は予想以上に速く、村の入り口はもう守りきれない。

その時、フィオラの中で何かが弾けた。魔力が手のひらから溢れる感覚――冷たく、それでいて全身を支配するような感覚。

「私がやる……!」

彼女は手を空へ向け、集中した。水の魔力が湧き上がり、地面に大きな波動を起こす。水の壁が村の入り口を覆い、突進してきた騎馬兵を飲み込んでいく。

「……これが、私の魔法……」

フィオラは小さく息をついた。

ロイドが振り返り、驚いた顔で彼女を見た。

「君がこんな魔法を……」

しかし、敵はまだ撤退する気配を見せない。フィオラは胸の奥に浮かぶ恐怖と責任感を噛み締めながら、再び力を解放するために集中した。
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