戦乙女の選ぶ道

2章 戦乙女の第一歩

②

夕焼けが村を染めていた。敵が去った後の村は、ようやく静けさを取り戻したものの、襲撃の痕跡がそこかしこに残っている。焼けた家屋、倒された柵――人々の目に不安の色が濃く浮かんでいるのがわかった。

フィオラは村の広場に立ち、村人たちの姿を見渡した。避難していた人々が次々に戻り、それぞれ家族や隣人の無事を確かめ合っている。彼女の視線が合うと、村人たちは口々に礼を述べた。

「ありがとうございました、フィオラ様……！」
「あなたがいなければ、私たちは……！」

彼女は微笑みを返しながらも、その胸の内には複雑な感情が渦巻いていた。

「……ロイド。」
隣に立つロイドが顔を向ける。

「この村は守れたわ。でも、隣国が本気で攻めてきたら、こんなものじゃ済まない……。」

ロイドは短く息をつき、頷いた。

「そうだな。今回の部隊は偵察か、小規模な挑発だろう。でも、これが全軍だったら……」

言葉の続きを飲み込むように、彼は沈黙する。フィオラもその言葉の意味を察していた。

「私たちにもっと力があれば……」
彼女の言葉に、ロイドは首を横に振った。

「いや、君は十分やった。君の魔法がなければ、村は守れなかった。」

その言葉には真実が込められていたが、フィオラの心の中にはどこか釈然としないものが残った。今回の小さな勝利は、あくまで始まりに過ぎない――それが直感的にわかっていたからだ。

村を離れて城へと戻る途中、馬車の中でフィオラは目を閉じていた。だが、疲労で眠るわけではなく、思考を巡らせていた。

次はどうすればいいのか……？

戦場の感覚は、前世の記憶と重なっていた。あの時、自分は命令に従い、必死に仲間を守るために戦った。だが、守れたはずの命がどれだけあったのだろう。魔力という新たな力を手にした今、彼女は確信していた。もっとできることがある――いや、もっとやらなければならない。

目を開けたフィオラは、隣に座るロイドに向けて静かに口を開いた。

「ロイド、私、もっと訓練を積むわ。」

彼は驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべた。

「いい決断だ。君にはその力がある。俺もできる限り手伝うよ。」

「ありがとう。」

そう答えるフィオラの瞳には、迷いが消えていた。

翌日から、フィオラの本格的な魔法訓練が始まった。訓練場では、ロイドが付きっきりで彼女をサポートしている。

「水属性は、一見防御や回復向きだと思われがちだけど、攻撃にも十分使える。特に君の力は規模が大きいから、広範囲の敵をまとめて仕留める術式に向いてるんだ。」

フィオラは頷きながら、手を掲げた。冷たい感覚が指先を伝い、やがて目の前に小さな水の球を形成する。

「その調子だ。それを勢いよく放ってみて。」

ロイドの指示に従い、フィオラは水の球を前方の目標に向かって放った。しかし、途中で形が崩れ、威力は目標に届く前に失われてしまう。

「……まだ集中が足りないわね。」

フィオラは悔しそうに呟いた。ロイドは少し微笑みながら首を振る。

「それでも、以前よりだいぶ安定してる。焦るな、徐々に感覚を掴めばいい。」

彼女は頷きつつも、心の奥に焦燥感を覚えていた。敵が再び動き出すまでに、少しでも力を高めなければならない――その使命感が、次の挑戦へと彼女を駆り立てていた。