戦乙女の選ぶ道

7章 影との戦い

⑤

影が消え去った森は静寂に包まれていた。
あの異質な気配が消えたことで、自然の音が少しずつ戻り始める。フィオラは疲労に満ちた体を支えながら立ち上がった。目の前に広がるのは、戦闘の跡で荒れ果てた大地と、なおも漂う微かな闇の残滓だった。

「……これで終わったの？」

彼女の呟きに、ロイドが剣を収めながら近づいてきた。
その顔には安堵と疲労が浮かんでいるが、彼女を気遣う眼差しは変わらない。

「一旦はな。だが、完全に消えたとは思えない。」

「ええ……私もそう思う。」

フィオラは水魔法で手元を洗いながら、ライナーの方に目を向けた。彼は静かに影の消えた場所を見つめている。

「ライナー、あなたはこれが影の全てだと思う？」

彼女の問いに、ライナーは少しの間黙り込んだ後、静かに答えた。

「いや、これはあくまで一部だ。この世界に影響を与える存在は一つではない。だが、今日の戦いで分かったのは、奴らが直接的な力を持つだけでなく、我々の背後に潜んでいるということだ。」

その言葉に、フィオラの胸がざわめいた。

「戦争の裏に潜む影……。彼らが本当に均衡を保つためだけに存在しているのだとしたら、私たちはどうすればいいの？」

ライナーはフィオラの言葉に短く息を吐き、剣を鞘に収めた。

「君がどう動くかによる。俺はこの戦争を終わらせるために戦ってきたが、影の存在を知った今、その方法を再考しなければならない。」

その夜、フィオラたちは近くの安全な場所に陣を張り、休息を取った。
兵士たちは疲労で早々に眠りについたが、フィオラとロイド、そしてライナーはまだ天幕の中で地図を見ながら次の手を練っていた。

「北部の戦線はまだ安定しているけれど、影が再び現れればその均衡は崩れるわ。」

フィオラが地図を指しながら言うと、ロイドが腕を組んで頷いた。

「だが、影がどこに現れるかを予測するのは難しい。奴らが何を狙っているのか、まだ手がかりが少なすぎる。」

ライナーがその言葉に応じた。

「手がかりは必ずある。影は均衡を保つと言ったが、その行動がどのように影響を与えているのかを見極めれば、次の動きを予測できるはずだ。」

その言葉にフィオラは思案にふけりながら頷いた。

「そうね……。でも、そのためには影が現れた場所や痕跡をもっと調べる必要があるわ。」

会議が終わり、ロイドは夜空を見上げながら一人で天幕の外に立っていた。
星の光が薄く差し込む中、彼は剣を握りながら自分の中の葛藤と向き合っていた。

「俺が本当にフィオラの力になれているのか……。」

ライナーの存在が彼の中に棘のように刺さっていた。
敵でありながら、フィオラに共闘を持ちかけ、影の真実を語る彼。その言葉に耳を傾けるフィオラを見ていると、胸の奥がざわめく。

「……お前は、俺に頼らなくても自分で立てるんだろう。」

ロイドは静かに呟き、星空に向かって剣を軽く振るった。剣の刃が光を反射し、彼の決意を映し出しているようだった。

「だが、それでも俺はお前を守る。それが俺にできる全てだ。」

翌朝、フィオラはロイドを見つめながら新たな指示を出した。
影の痕跡をさらに追うため、部隊を分けて情報を集めることにしたのだ。

「ロイド、私はライナーと一緒に影の痕跡を追うわ。あなたは残りの部隊を守りながら別のルートを調べて。」

その言葉に、ロイドは驚いた表情を浮かべた。

「お前があいつと一緒に行動するのか？」

「ええ。彼は影の存在を知る重要な手がかりを持っている。それを無視するわけにはいかないわ。」

ロイドはしばらく黙っていたが、やがて短く頷いた。

「分かった。だが、何があっても無茶はするな。それだけは約束してくれ。」

フィオラは微笑み、ロイドの言葉に応えた。

「ありがとう、ロイド。私は必ず戻るわ。」