戦乙女の選ぶ道

7章 影との戦い

⑥

フィオラとライナーが向かう森の奥深くは、霧が立ち込め、不気味な静けさに包まれていた。
彼女はライナーの後ろを歩きながら、まだ完全に彼を信用できていない自分に気づいていた。

「ライナー、あなたが影のことを知ったのはいつ？」

フィオラの問いに、ライナーは振り返らずに答えた。

「3年前だ。俺がこの戦争の指揮官に任命されて間もない頃、奇妙な命令を受けた。戦略的な意味が薄く、兵士たちの命を消耗するだけのものだった。」

「それで……その命令の背後に影がいたと気づいたのね。」

「そうだ。だが、それを公にするわけにはいかなかった。影に逆らえば、俺の国の上層部が黙っていない。」

ライナーの言葉に、フィオラは息を飲んだ。彼の立場は彼女以上に複雑で危険なものだったのだ。

「それでも、あなたは戦場に立ち続けたのね。」

「そうするしかなかった。俺の部下たちを守るためにもな。」

ライナーの声にはわずかな痛みが混じっていた。
彼の言葉に、フィオラは前世の自衛官としての自分を重ねていた。

「……私も、守りたい人がいるから戦っているわ。」

その声にライナーは一瞬振り返り、彼女の目をじっと見つめた。

「君は、本当に純粋だな。」

「どういう意味？」

「その純粋さが、この戦争を終わらせる鍵になるかもしれない。」

フィオラはその言葉の意味を測りかねながらも、歩みを止めることはなかった。

一方、ロイドは部隊を率いて別ルートで影の痕跡を追っていた。
その足取りには迷いはなかったが、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。

「フィオラ……お前がライナーと共に行くのは正しい選択なのか？」

彼はフィオラを信じたい一方で、ライナーへの警戒心を拭い去ることができなかった。
剣を握りしめる手に力が入る。

「俺がいない間に、あいつが何かを仕掛けるんじゃないか……。」

ロイドの隣にいた副官が彼の様子に気づき、静かに声をかけた。

「ロイド様、大丈夫ですか？少しお疲れのように見えます。」

「……気にするな。俺はいつでも万全だ。」

副官はそれ以上何も言わなかったが、その視線にはロイドを案じる色が浮かんでいた。

ロイドは周囲の兵士たちを見渡し、深く息を吐いた。

「俺は、俺にできることをやるだけだ。フィオラの判断が正しいかどうかは、結果が証明するだろう。」

フィオラとライナーが辿り着いたのは、古びた祭壇のような場所だった。
岩肌に刻まれた古代文字や、不自然に配置された石柱が、この場所がただの遺跡ではないことを物語っていた。

「ここが……影に繋がる場所？」

フィオラは慎重に周囲を見渡しながら、杖を構えた。
ライナーは石柱に近づき、指で古代文字をなぞった。

「この文字は、影が過去に残したものだろう。奴らがこの場所を拠点にしていた可能性が高い。」

「過去に……？」

フィオラがその言葉を繰り返した瞬間、祭壇の中央にある石柱が突然光を放った。
その光の中から、影と同じような黒い存在がゆっくりと現れる。

「フィオラ、後ろに下がれ！」

ライナーが剣を抜き、フィオラの前に立ちはだかった。
影のような存在は静かに形を変え、祭壇を包むように広がっていく。

「また現れるなんて……！」

フィオラは魔力を練り上げ、水の盾を展開した。
その盾が祭壇の周囲を覆い、影の動きを封じる。

「ライナー、これをどうにかしないと！」

「分かっている。だが、こいつはただの影ではない。この場所そのものが奴らの力の源だ。」

ライナーの声には焦りが混じっていた。

その頃、ロイドもまた別の場所で異変を感じ取っていた。
森の奥から奇妙な振動が伝わり、彼は剣を構えたまま兵士たちに指示を出した。

「全員、警戒を怠るな！この場所にも影が現れる可能性がある！」

その言葉が終わるや否や、黒い霧が森の中に広がった。
影のような存在が再び姿を現し、ロイドたちに向かって動き始める。

「来たか……！」

ロイドは剣を握りしめ、影に立ち向かう準備を整えた。その目にはフィオラを守るという意志が宿っていた。

「フィオラ、お前がどこにいようと、俺は絶対に戻る。そして、もう一度隣に立つ。」