戦乙女の選ぶ道

7章 影との戦い

⑪

翌朝、フィオラたちは塔の崩壊後に残された手がかりを元に、影の本拠地を示す新たな地点を特定していた。
地図上に浮かび上がったのは、両軍の最前線を挟む広大な荒野。その中心に位置する、不自然にぽつんと立つ「黒の裂け目」と呼ばれる場所だった。

「ここが影の本拠地……。」

フィオラは地図をじっと見つめながら呟いた。その指先が黒い裂け目の部分をなぞり、周囲の複雑な地形を確認している。

「この場所、両軍の誰も近づけないと聞いたことがある。影の力が関係しているのかもしれない。」

ロイドが険しい顔で地図を見ながら言う。その隣で、ライナーが冷静に分析を続けた。

「黒の裂け目は、影の力を生み出す源の一つだろう。そこを破壊すれば、影の勢力は大きく弱体化するはずだ。」

「弱体化するだけじゃ意味がないわ。」

フィオラの声が静かに響く。その目には確固たる決意が宿っていた。

「影を完全に消滅させなければ、この戦争は終わらない。」

影の本拠地に向かう準備が進む中、兵士たちの間には緊張感が漂っていた。
最前線を越えた先に待ち受ける未知の敵。それを前にして、誰もが恐れを抱いていた。

フィオラは陣の中央で兵士たちを見回し、力強く声を上げた。

「私たちは影を倒し、この戦争を終わらせるためにここにいる。みんなの力が必要よ。恐れる気持ちは分かるわ。でも、私たちは一緒に立ち向かう。誰も一人にはさせない！」

その言葉に兵士たちの表情が引き締まる。フィオラの信念が、彼らの不安を少しずつ薄れさせていた。

夜、ロイドとフィオラが並んで天幕の外に立っていた。
静かな星空の下、ロイドは剣の柄を握りしめながらフィオラを見つめていた。

「お前、本当に行くんだな。」

「ええ、私は決めたわ。この戦争を終わらせるために。」

ロイドは短く息を吐き、彼女に向き直った。

「俺はお前を守る。それだけは何があっても変わらない。」

フィオラは彼の真剣な目を見つめ、小さく微笑んだ。

「ありがとう、ロイド。あなたがいるから私はここまで来られた。」

ロイドの胸が熱くなる。だが、同時に言葉にできない不安が彼を縛っていた。

「でも……もしお前が俺の手の届かない場所に行こうとしたら……その時は絶対に止める。」

その言葉に、フィオラは少し驚いたように目を見開いた。

「ロイド……。」

「お前がどんな道を選ぶにしても、俺はお前の隣にいる。それを忘れるな。」

フィオラはその言葉に静かに頷いた。彼の覚悟が、彼女に新たな力を与えていた。

翌日、進軍が始まった。
黒の裂け目に近づくにつれ、空気が次第に重くなり、兵士たちの間に緊張が走る。霧が立ち込める中、フィオラたちは慎重に歩を進めていた。

「ここから先、何が起きてもおかしくないわ。」

フィオラが魔力を練りながら警戒する中、ライナーが冷静な声で言った。

「影の中心に近づくほど、奴らの力は強まる。ここが最終局面だと思え。」

ロイドは剣を抜き、兵士たちに指示を出す。

「全員、隊列を乱すな。敵がどこから来ても即座に対応できるようにしろ！」

その時、霧の中から不気味な音が響いた。次の瞬間、巨大な影が霧の奥から姿を現した。

影との最終戦闘が始まった。
それはこれまでの影とは比べ物にならないほどの圧倒的な力を放ち、周囲の空気を揺るがしている。巨大な腕のような触手がフィオラたちに向かって振り下ろされる。

「来たか……！」

ロイドが剣で触手を弾き返す。ライナーがその隙に影の中心部を狙い、一撃を放つ。

「フィオラ、あの核を狙え！」

ライナーの声に、フィオラは全ての魔力を集中させた。水の波動が影の防御を削り、その動きを一瞬だけ止める。

「ロイド、ライナー、お願い！」

二人が同時に突進し、影の核に向けて全力で攻撃を仕掛けた。その衝撃が影全体を揺るがし、黒い霧が大きく後退する。

「これで……！」

フィオラが最後の魔法を放とうとしたその瞬間、影が急激に形を変え、彼女に向かって襲いかかる。

「フィオラ！」

ロイドが叫び、影とフィオラの間に立ち塞がった。剣を構え、影の攻撃を全て受け止める。

「お前には絶対に指一本触れさせない！」

その姿にフィオラの目から涙が零れ落ちる。だが、彼女は全ての力を振り絞り、影に向けて最後の一撃を放った。

影が崩れ落ち、黒の裂け目が静かに閉じていく。
フィオラは地面に膝をつき、疲れ切った表情を浮かべていた。ロイドが彼女の隣に座り、静かに肩に手を置いた。

「無茶ばっかりしやがって……でも、よくやったな。」

「ありがとう、ロイド……あなたがいてくれたから……。」

その言葉にロイドは小さく微笑み、彼女をしっかりと支えた。

ライナーは少し離れた場所で二人を見つめ、短く呟いた。

「君たちなら、この戦争を本当に終わらせられるかもしれない。」