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学院の学期が半ばを過ぎた頃だった。
最近、ククルを巡る動きが一段と増していた。
「……また来たのか、あの貴族連中」
俺は中庭の片隅で、ククルを囲む数人の貴族子弟たちを遠巻きに見つめていた。
例によって、上辺は取り繕った言葉ばかりだ。
「ククル君の知識と血筋は、まさに王国の宝ですよ。家の後援があれば、将来は神殿高位神学官も夢ではありません」
「学費も研究費も潤沢に提供しますよ? ソフィア教授にも喜ばれるでしょう?」
──もっともらしい言葉を並べてはいるが、腹の底では『希少な天使の血』を自家の栄誉に利用したいだけなのは見え透いている。
「……申し訳ありません。今は、現状以上を望むつもりはありません」
いつもと変わらぬ、静かな笑顔でククルは断る。
そのやわらかな拒絶の仕方すら、美しいと思ってしまう。
けれど貴族たちは執念深い。しつこく食い下がり始めたその時──
「そこまでにしていただけますか?」
柔らかくも芯がある強い声が背後から響いた。
ソフィア教授だ。
その穏やかな美貌の奥に、かすかな怒気が滲んでいた。
「学院の生徒へ許可なく勧誘を行うのは学院規約違反です。今後このような行為が繰り返された場合、正式に抗議させていただきます」
「……失礼しました、教授」
渋々頭を下げた貴族子弟たちは散っていった。
**
その後。
寮へ戻る道すがら、俺とククルは並んで歩いていた。
沈黙が続いて、ふと俺が口を開く。
「お前……嫌なら、いっそ俺が全部追い払ってやろうか」
「……ありがとう、ジム。でも、大丈夫」
ククルは小さく微笑んだ。
「僕がここにいられるのは、ジムがいてくれるからだよ。
でも──それだけじゃ、いけないと思うんだ。僕は僕なりに、向き合わないといけない」
真っ直ぐに俺を見上げるその瞳は、柔らかくも静かな覚悟を湛えていた。
──こんな繊細なのに、時折見せる芯の強さがたまらなく愛おしい。
俺は、こいつの全部が好きだ。
けれど、その想いを簡単に言葉にしてしまえば、きっと何かが壊れてしまう気がして。
「……無理すんなよ」
それだけを、低く呟いた。
**
そしてその翌日──
学内に新たな噂が広がり始めた。
「──ククル君に、フェーゲ王国の名家から正式な後見依頼が来たらしい」
「えっ、あのフェーゲから? 名家って……天使ならヘルビムから?」
「天使の正統血統、ヘルビム家……まさに純血天使一族じゃないか」
──学院がざわめく。
だが、俺はその知らせを聞いて、心がざわつくのを止められなかった。
(……ククルが、フェーゲに行く?)
それは、これまでとは違うレベルの“引き離し”になる可能性を孕んでいた。
**
その夜。
寮の一室で、ククルと俺は向かい合っていた。
「……ジム、ごめんね。驚かせたよね」
「……ああ、驚いたさ。けど──どうするんだ?」
ククルは少しだけ迷う素振りを見せた後、柔らかく微笑んだ。
「僕は、行かないよ。フェーゲに行けば、確かに厚遇されるだろうけど……」
「けど?」
「ジムを置いてはいけないと思った」
その言葉に、胸が締め付けられた。
「僕は──ジムと一緒にいたいんだ」
「…………」
しばらく、言葉が出なかった。
(やっぱり……俺は、こいつが……)
言いかけた想いは喉の奥で止めて、俺はそっとその頭に手を乗せた。
まるで壊れ物に触れるように、優しく撫でた。
「……ありがとな、ククル」
たぶん、いつかちゃんと伝えなきゃならない。
でも今は──この距離が心地いい。
月明かりが差し込む窓辺で、俺たちは静かに寄り添った。
──けれど、この学院生活が静かなままで終わることはないと、まだ俺は知らなかった。
最近、ククルを巡る動きが一段と増していた。
「……また来たのか、あの貴族連中」
俺は中庭の片隅で、ククルを囲む数人の貴族子弟たちを遠巻きに見つめていた。
例によって、上辺は取り繕った言葉ばかりだ。
「ククル君の知識と血筋は、まさに王国の宝ですよ。家の後援があれば、将来は神殿高位神学官も夢ではありません」
「学費も研究費も潤沢に提供しますよ? ソフィア教授にも喜ばれるでしょう?」
──もっともらしい言葉を並べてはいるが、腹の底では『希少な天使の血』を自家の栄誉に利用したいだけなのは見え透いている。
「……申し訳ありません。今は、現状以上を望むつもりはありません」
いつもと変わらぬ、静かな笑顔でククルは断る。
そのやわらかな拒絶の仕方すら、美しいと思ってしまう。
けれど貴族たちは執念深い。しつこく食い下がり始めたその時──
「そこまでにしていただけますか?」
柔らかくも芯がある強い声が背後から響いた。
ソフィア教授だ。
その穏やかな美貌の奥に、かすかな怒気が滲んでいた。
「学院の生徒へ許可なく勧誘を行うのは学院規約違反です。今後このような行為が繰り返された場合、正式に抗議させていただきます」
「……失礼しました、教授」
渋々頭を下げた貴族子弟たちは散っていった。
**
その後。
寮へ戻る道すがら、俺とククルは並んで歩いていた。
沈黙が続いて、ふと俺が口を開く。
「お前……嫌なら、いっそ俺が全部追い払ってやろうか」
「……ありがとう、ジム。でも、大丈夫」
ククルは小さく微笑んだ。
「僕がここにいられるのは、ジムがいてくれるからだよ。
でも──それだけじゃ、いけないと思うんだ。僕は僕なりに、向き合わないといけない」
真っ直ぐに俺を見上げるその瞳は、柔らかくも静かな覚悟を湛えていた。
──こんな繊細なのに、時折見せる芯の強さがたまらなく愛おしい。
俺は、こいつの全部が好きだ。
けれど、その想いを簡単に言葉にしてしまえば、きっと何かが壊れてしまう気がして。
「……無理すんなよ」
それだけを、低く呟いた。
**
そしてその翌日──
学内に新たな噂が広がり始めた。
「──ククル君に、フェーゲ王国の名家から正式な後見依頼が来たらしい」
「えっ、あのフェーゲから? 名家って……天使ならヘルビムから?」
「天使の正統血統、ヘルビム家……まさに純血天使一族じゃないか」
──学院がざわめく。
だが、俺はその知らせを聞いて、心がざわつくのを止められなかった。
(……ククルが、フェーゲに行く?)
それは、これまでとは違うレベルの“引き離し”になる可能性を孕んでいた。
**
その夜。
寮の一室で、ククルと俺は向かい合っていた。
「……ジム、ごめんね。驚かせたよね」
「……ああ、驚いたさ。けど──どうするんだ?」
ククルは少しだけ迷う素振りを見せた後、柔らかく微笑んだ。
「僕は、行かないよ。フェーゲに行けば、確かに厚遇されるだろうけど……」
「けど?」
「ジムを置いてはいけないと思った」
その言葉に、胸が締め付けられた。
「僕は──ジムと一緒にいたいんだ」
「…………」
しばらく、言葉が出なかった。
(やっぱり……俺は、こいつが……)
言いかけた想いは喉の奥で止めて、俺はそっとその頭に手を乗せた。
まるで壊れ物に触れるように、優しく撫でた。
「……ありがとな、ククル」
たぶん、いつかちゃんと伝えなきゃならない。
でも今は──この距離が心地いい。
月明かりが差し込む窓辺で、俺たちは静かに寄り添った。
──けれど、この学院生活が静かなままで終わることはないと、まだ俺は知らなかった。
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