幼なじみの方が大事だと言われたので、私は婚約者を降ります

藤原遊

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第一部 幼なじみの方が大事だと言われたので、私は婚約者を降ります

第5話 王城茶会

王城の庭園に設けられた茶会の席は、侯爵家の夜会とは違う緊張を含んでいた。

王妃主催の小規模な集まりとはいえ、招かれているのは王家に近い貴族ばかりである。白い天幕の下には季節の花が飾られ、卓上には薄い金縁の茶器が並んでいた。楽の音はなく、代わりに噴水の水音と、時折交わされる控えめな笑い声が聞こえる。

リシェルはエドワードの隣に立ち、招待客の顔ぶれを確認していた。

「エドワード様。右手の席にいらっしゃるのが、先日侯爵夫人へ新茶を贈ってくださったローレン伯爵夫人です。ご挨拶の際に、その話をなさるとよろしいかと」

「ああ、分かった」

エドワードは頷いたが、視線は庭園の入口へ向いている。

リシェルはその先を追わなかった。

見なくても分かる。フィオナがまだ来ていないのだろう。

王城の茶会に、子爵令嬢であるフィオナが招かれること自体は不自然ではない。彼女は侯爵家で育ち、ヴィオレッタ侯爵夫人の庇護を受けている。けれど、今日この場でエドワードが気にかけるべき相手は、招待客であり、王家であり、そして隣に立つ婚約者のはずだった。

「リシェル」

「はい」

「フィオナの席は、どこだったかな」

「向こうの藤棚の近くです。若い令嬢方のお席に」

「少し遠いな」

エドワードはそう言って、眉を寄せた。

リシェルは扇を持つ手に力を入れないよう気をつける。

「王城側のご手配ですから、こちらで動かすわけにはまいりません」

「分かっている。ただ、あの子は慣れない場所だと緊張するから」

その時、入口付近に小さなざわめきが起きた。

フィオナが侍女に付き添われて現れたのだ。淡い薄紫のドレスは彼女によく似合っていたが、王城の庭園では少し可憐すぎる。本人もそれを分かっているのか、きょろきょろと周囲を見回し、すぐにエドワードの姿を見つけた。

「エドワード様」

声は大きくない。けれど、近くにいた令嬢たちは自然とそちらを向いた。

エドワードはリシェルの隣を離れ、フィオナへ歩み寄る。

「大丈夫か。顔色が少し悪い」

「緊張してしまって……王城のお茶会なんて、私には場違いではないかと」

「そんなことはない。君は侯爵家の大切な客人だ」

リシェルは一歩遅れて近づいた。

フィオナはリシェルに気づくと、申し訳なさそうに笑う。

「リシェル様、すみません。私、またエドワード様を呼んでしまって」

「初めての場所は緊張しますもの。お席までご案内いたします」

「ありがとうございます。でも、少しだけエドワード様に一緒にいていただいてもよろしいですか?」

フィオナの言葉に、周囲の空気がわずかに変わった。

若い令嬢の一人が、扇を開く。別の夫人が、茶器へ手を伸ばすふりをして視線を外した。

リシェルは微笑みを保つ。

「エドワード様は、このあとローレン伯爵夫人へご挨拶をなさる予定です」

「あ……そうなのですね」

フィオナはすぐに手を引いた。けれど、その表情が曇るより早く、エドワードが口を開く。

「挨拶は少しあとでも構わない。フィオナを席まで送ってくる」

「エドワード様」

リシェルが呼ぶと、彼は困ったように笑った。

「すぐ戻る。君なら上手くつないでおいてくれるだろう」

その言葉を聞いた近くの夫人が、扇の陰で目だけを動かした。

リシェルは深く頷かず、浅く礼をするにとどめた。

「承知いたしました」

エドワードはフィオナを伴って、藤棚の方へ向かった。二人の背中が並ぶと、まるで最初からそういう組み合わせで招かれたように見える。

残されたリシェルの前に、ローレン伯爵夫人が近づいてきた。

「リシェル様。ごきげんよう」

「ごきげんよう、伯爵夫人。先日はヴィオレッタ様へ素晴らしい新茶をお贈りくださったとか。とても香りがよいと、夫人も喜んでいらっしゃいました」

「あら、覚えていてくださったのね」

「もちろんです。本日のお茶も、春摘みのものと伺っております。伯爵夫人なら、きっとお好みに合うかと」

伯爵夫人の表情が和らぐ。

隣にいた令嬢も会話に加わり、リシェルは自然に話題を広げた。茶葉の産地、春の慈善市、王妃が支援している孤児院の刺繍品。相手が話しやすいところへ少しずつ道を作る。

その間、エドワードは戻ってこなかった。

藤棚の近くで、フィオナが何かを話している。エドワードはその隣に立ち、彼女の手元の茶器を受け取って侍女へ渡していた。

「リシェル嬢」

低く落ち着いた声がした。

振り返ると、深い青の上着をまとった青年が立っていた。王族特有の金の飾り紐が胸元に見える。

第二王子アルヴィン殿下だった。

リシェルはすぐに礼を取る。

「アルヴィン殿下にご挨拶申し上げます」

「堅くならずともよい。先ほどから、あなたが随分と場を整えているように見えた」

「恐れ入ります。私は、皆様が心地よく過ごせるようお手伝いしているだけです」

「それを、自然にできる者は多くない」

アルヴィンはそう言って、卓上の茶器へ視線を移した。

「ローレン伯爵夫人は、王城の茶をあまり好まれない。だが今日は楽しそうにされている」

リシェルは少しだけ目を上げる。

「伯爵夫人は新茶に詳しい方ですので、話題が合ったのだと思います」

「話題を合わせたのは、あなたではないのか」

問い詰める響きではなかった。

静かに、見たものをそのまま口にしている声だった。

リシェルは返答に迷い、扇を閉じる。

「差し出がましいことをしていなければよいのですが」

「少なくとも、私にはそうは見えなかった」

アルヴィンの視線が、藤棚の方へ一度だけ向く。

エドワードはまだフィオナの隣にいた。フィオナは安心したように笑い、彼の袖に指を添えている。

リシェルはその光景を追いすぎないよう、すぐに顔を戻した。

「殿下、お茶をお持ちいたしましょうか。今でしたら、南庭の蜂蜜を添えたものがございます」

「では、いただこう」

アルヴィンは穏やかに頷いた。

リシェルが侍女へ目配せすると、すぐに新しい茶器が用意される。乱れかけた会話の輪は、少しずつ形を取り戻していった。

やがてエドワードが戻ってきた時、リシェルの隣にはアルヴィンがいた。

エドワードは一瞬足を止める。

フィオナもまた、藤棚の下からこちらを見ていた。

リシェルは二人の視線に気づきながら、殿下の前へ茶を置く。

「お待たせいたしました。香りが立つうちに、どうぞ」

アルヴィンはカップを受け取り、リシェルへ静かに礼を返した。
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