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2章 修道院訪問、そして新たな波乱
①
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修道院の門前に立ったとき、私は胸の奥で高鳴る鼓動を感じていた。
石造りの門には、長い年月を経た歴史の重みが感じられる。その向こうには、私が求めているかもしれない静けさと安らぎが広がっているはずだった。
「ここが、修道院……」
初めて見るその風景に、私は自然と息を呑んだ。高い鐘楼、整然と並ぶ建物、そしてその中心にある美しい中庭。風がそよぎ、どこか聖なる気配さえ感じる。
門を開けると、中から一人の修道女が静かに歩み寄ってきた。年配の女性で、その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。
「お嬢様、ようこそいらっしゃいました」
「初めまして、わたくし、リリアナ・アレクシア・フォン・ヴァレンシュタイン=オルディナです」
長い名前を口にする間、彼女は特に表情を変えず、ただ微笑んでいた。
「リリアナ様、どうぞお入りください」
私は一礼し、修道院の中へと足を踏み入れた。
中庭に一歩入ると、私はその美しさに目を奪われた。
石畳の上には薄緑の苔が柔らかく広がり、小さな噴水からは水が静かに流れ出している。風に揺れるオリーブの木々、花壇に咲き誇る白い花々――どれもが心を癒すようだった。
「こんな静かな場所がこの世にあったなんて……」
思わず呟いたその声に、修道女が微笑む。
「ここは、争いから遠く離れた場所です。リリアナ様も、心を落ち着けて過ごしていただければと思います」
私は小さくうなずいた。この場所ならば、私が求めていた静けさを見つけられるかもしれない――そんな予感がした。
だが、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
「リリアナ!」
突然、修道院の門が勢いよく開く音が響き渡る。振り返ると、そこには見覚えのある姿――ルシアンが立っていた。
「殿下……どうしてこちらに?」
驚きのあまり、声が震える。彼は眉をひそめながら私に近づいてきた。
「君が修道院に入ったと聞いて、黙っていられるわけがない」
その声は低く、どこか怒りさえ感じられるものだった。私は思わず一歩後ずさる。
「殿下、わたくしを追いかけてまで、何をおっしゃりたいのですか?」
「何を、ではない。君がこんな場所に来る理由を聞かせてもらいたい」
「理由など、もうお伝えしたはずです」
「ならば、本当の理由を教えてくれ。君が俺を避けているのではないかと、どうしても疑ってしまう」
「……避ける理由など、ございません」
私は冷静を装って答えた。だが、彼の真剣な目に見つめられると、どうしても胸がざわついてしまう。
二人のやり取りを見ていた修道女たちが、控えめに近づいてきた。
「リリアナ様、こちらの方は……?」
「……わたくしの、婚約者でございます」
その言葉に修道女たちは一斉に驚きの声を漏らした。どうやら、修道院に婚約者が訪ねてくること自体が想定外のようだ。
「それは、それは……お二人には深いご縁があるのですね」
「……そのようなものです」
修道女たちの反応に気まずさを覚えながらも、私は冷静に振る舞う。だが、ルシアンは一向に引き下がる気配がない。
「君が本当にここで平穏を得られるなら、俺もそれを認めるべきだろう」
「認めていただけるのですね?」
少し安堵の表情を見せると、彼は真剣な顔で続けた。
「ただし、その前に、俺の許しを得てからにしてほしい」
「……え?」
その言葉の意味が分からず、私は彼を見つめ返す。
「この場を離れたら、少し話をしよう。修道女になる前に、君に伝えなければならないことがある」
ルシアンの瞳には、決意と優しさが宿っていた。その言葉に私は何も言えず、ただうなずくしかなかった。
石造りの門には、長い年月を経た歴史の重みが感じられる。その向こうには、私が求めているかもしれない静けさと安らぎが広がっているはずだった。
「ここが、修道院……」
初めて見るその風景に、私は自然と息を呑んだ。高い鐘楼、整然と並ぶ建物、そしてその中心にある美しい中庭。風がそよぎ、どこか聖なる気配さえ感じる。
門を開けると、中から一人の修道女が静かに歩み寄ってきた。年配の女性で、その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。
「お嬢様、ようこそいらっしゃいました」
「初めまして、わたくし、リリアナ・アレクシア・フォン・ヴァレンシュタイン=オルディナです」
長い名前を口にする間、彼女は特に表情を変えず、ただ微笑んでいた。
「リリアナ様、どうぞお入りください」
私は一礼し、修道院の中へと足を踏み入れた。
中庭に一歩入ると、私はその美しさに目を奪われた。
石畳の上には薄緑の苔が柔らかく広がり、小さな噴水からは水が静かに流れ出している。風に揺れるオリーブの木々、花壇に咲き誇る白い花々――どれもが心を癒すようだった。
「こんな静かな場所がこの世にあったなんて……」
思わず呟いたその声に、修道女が微笑む。
「ここは、争いから遠く離れた場所です。リリアナ様も、心を落ち着けて過ごしていただければと思います」
私は小さくうなずいた。この場所ならば、私が求めていた静けさを見つけられるかもしれない――そんな予感がした。
だが、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
「リリアナ!」
突然、修道院の門が勢いよく開く音が響き渡る。振り返ると、そこには見覚えのある姿――ルシアンが立っていた。
「殿下……どうしてこちらに?」
驚きのあまり、声が震える。彼は眉をひそめながら私に近づいてきた。
「君が修道院に入ったと聞いて、黙っていられるわけがない」
その声は低く、どこか怒りさえ感じられるものだった。私は思わず一歩後ずさる。
「殿下、わたくしを追いかけてまで、何をおっしゃりたいのですか?」
「何を、ではない。君がこんな場所に来る理由を聞かせてもらいたい」
「理由など、もうお伝えしたはずです」
「ならば、本当の理由を教えてくれ。君が俺を避けているのではないかと、どうしても疑ってしまう」
「……避ける理由など、ございません」
私は冷静を装って答えた。だが、彼の真剣な目に見つめられると、どうしても胸がざわついてしまう。
二人のやり取りを見ていた修道女たちが、控えめに近づいてきた。
「リリアナ様、こちらの方は……?」
「……わたくしの、婚約者でございます」
その言葉に修道女たちは一斉に驚きの声を漏らした。どうやら、修道院に婚約者が訪ねてくること自体が想定外のようだ。
「それは、それは……お二人には深いご縁があるのですね」
「……そのようなものです」
修道女たちの反応に気まずさを覚えながらも、私は冷静に振る舞う。だが、ルシアンは一向に引き下がる気配がない。
「君が本当にここで平穏を得られるなら、俺もそれを認めるべきだろう」
「認めていただけるのですね?」
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「ただし、その前に、俺の許しを得てからにしてほしい」
「……え?」
その言葉の意味が分からず、私は彼を見つめ返す。
「この場を離れたら、少し話をしよう。修道女になる前に、君に伝えなければならないことがある」
ルシアンの瞳には、決意と優しさが宿っていた。その言葉に私は何も言えず、ただうなずくしかなかった。
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