悪役令嬢は修道院を目指しますーなのに、過剰な溺愛が止まりません

5章 過去の陰謀

⑥

ラドクリフ邸を後にした私は、馬車の中で手にした手がかりを整理していた。オルフ公爵が魔石の密取引を進め、ノルウェル伯爵と共謀している。その目的が何であれ、私の家――ヴァレンシュタイン家が標的になっていることは間違いない。

「リリアナ様……大丈夫ですか？」

エリーナが心配そうに声をかける。私は彼女に微笑みかけ、小さく頷いた。

「ええ、大丈夫よ。」

だが、その胸中では緊張が高まっていた。オルフ公爵が取引を進める中で、どれだけ多くの貴族が彼の影響下にあるのか見当もつかない。さらに、私自身も彼らに注目され始めている以上、次の一手を誤れば、全てを失う可能性すらある。

「これ以上の調査は、もっと慎重に進めなければなりません。」

そう自分に言い聞かせると同時に、私は次の計画を頭の中で組み立て始めた。

翌日、私は屋敷の書斎に籠り、父から貸してもらった貴族同士の取引記録や関連する書類を調べていた。ノルウェル伯爵の名前が幾度となく出てくるが、その背景にある公爵の動きを示すものは一切なかった。

「やはり、表向きは綺麗に隠しているのね……」

その時、エリーナが小走りで部屋に入ってきた。

「リリアナ様！あの……これを！」

彼女が手にしていたのは、一通の手紙だった。差出人の名前は書かれていない。私は手紙を受け取り、内容を確認した。

貴女の行動が公爵に知られている。彼の次の集会は近いが、それに関わることは危険だ。だが、それを止めたいのであれば、以下の日時と場所を調べてみるといい。

手紙には日時と場所が記されていた。それは、ラドクリフ邸とは別の場所だった。おそらく次の集会が行われる場所だろう。

「……これは、罠の可能性もあるわね。」

「罠……？」

エリーナが困惑した顔で問い返してくる。私は小さく頷きながら手紙を置いた。

「わたくしを誘い出そうとしている可能性もある。でも、それでも行く必要があるわ。」

「危険すぎます！誰かに相談できませんか？」

「いいえ、これはわたくしが動かなければならないことよ。誰かを巻き込むわけにはいかない。」

エリーナはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように頷いた。

「なら、私も一緒に行きます！」

「エリーナ……」

「危険だって分かっています。でも、リリアナ様を一人にする方がもっと怖いです！」

その言葉に、私は少しだけ微笑みを浮かべた。

「ありがとう。でも、無理はしないでね。」

数日後、手紙に書かれていた日時、私はエリーナを伴い、指定された場所――古い貴族の屋敷へと向かった。その屋敷は、使われなくなって久しいようで、建物全体が荒れ果てていた。

「ここが……？」

エリーナが小さく呟く。私は周囲を見回しながら、静かに屋敷の中へ足を踏み入れた。

屋敷の中はひんやりとしており、わずかな物音が響くたびに緊張感が高まる。薄暗い廊下を進んでいくと、奥の部屋から微かな声が聞こえてきた。

「取引は順調だ。だが、ヴァレンシュタイン家の監視を怠るな。」

その声を聞いた瞬間、胸がざわめく。オルフ公爵の声だった。私は慎重に柱の陰に身を隠し、彼らの会話に耳を傾けた。

「取引が成功すれば、我々の資金はさらに潤う。次の計画を進める準備も整うだろう。」

「次の計画とは……？」

「……その時が来れば分かることだ。」

オルフ公爵の低い声に、部屋の中の者たちが黙り込む。その時、誰かが立ち上がる音がした。

「ここを離れるぞ。次の指示は後ほどだ。」

足音が近づく気配に、私はすぐに廊下の奥へ身を潜めた。数人の男たちが部屋を出ていく中、オルフ公爵の姿も見えた。彼がこちらに気づく様子はなく、そのまま奥の廊下へと消えていった。

彼らが去った後、私はエリーナと合流した。

「何か分かりましたか？」

「ええ、少しだけ。でも、まだ全てを掴んだわけではないわ。」

私は彼女に先ほどの会話内容を伝え、考えを巡らせた。オルフ公爵の次の計画――それがヴァレンシュタイン家を揺るがすものであることは明らかだ。

「リリアナ様、どうするんですか？」

「まずはこの情報を整理して、次の動きを考えましょう。」

エリーナは頷きながらも、不安げな表情を浮かべていた。私自身も胸に広がる緊張を抑えながら、彼女を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫よ、エリーナ。これ以上、彼らの好きにはさせないわ。」