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リリーナは城の回廊をゆっくり歩いていた。
白い壁に掛けられた絵画の前で足を止め、その裏に隠された通気口を一瞥する。
使用人や衛兵の動き、侍女たちの囁き──噂の“源”を探るための何気ない散策のはずだった。
「リリーナ?」
低く澄んだ声が背後から届く。
振り返ると、漆黒の髪を後ろで束ねた青年が立っていた。
第一王子――ヴァルセリオス。
整った顔立ちに気品を漂わせ、リリーナを見る目には確かな優しさが宿る。
「兄上……お久しぶりです」
「最近、顔色が優れぬと聞いた。こんな廊下まで歩いて大丈夫か?」
「ええ、医師には休めと言われていますけれど、少し身体を動かしたくて」
「ならば送ろう。部屋まで付き添うよ」
兄は昔から“レディには優しくあれ”と教わって育った騎士肌だ。
リリーナが断れば、むしろ心配を増幅させてしまう。
どう言って穏便に遠ざけようかと考えた刹那――
「まあ! こんなところにいたのね、リリーナ!」
高いヒールの音を鳴らして現れたのはカミラ・ローゼンハイト。
深紅のドレスを翻し、リリーナの腕を取る。
「お約束のお茶の時間よ。部屋にいないから探したじゃない。
王子殿下、お姉様をお借りしますわね?」
「お、お茶……?」
ヴァルセリオスは困惑しつつも柔らかく頷く。
「それなら安心だ。だが長話は禁物だ。……くれぐれも無理をするな、リリーナ」
「ご心配ありがとう、兄上」
そう告げると、リリーナはカミラに手を引かれ、王子の視界から離れた。
◆ ◆ ◆
「助かったわ、カミラ」
「礼はいいの。こちらも都合が良かっただけ」
カミラは人気のない回廊に入り、声をひそめる。
「第一王子の周辺は静かすぎる。逆に怪しいわ。
上位貴族は彼を支持しつつも“決定打”を待っている状態。
今は動かない方が得だと考えているのよ」
「裏で糸を引く人間がいないか、私も探っていたところよ」
「そちらの庶民ネットワークは?」
「エドガーが動き始めたわ。まだ報告はないけれど、時間の問題」
カミラは満足げに頷く。
「ならば私は上層貴族を洗う。噂を誰が流したか、名が拾え次第あなたへ」
「助かるわ。……兄上には悪いけれど、警戒は怠れないもの」
「優しい騎士殿下、ね」
カミラの唇が皮肉に歪む。
「王位と騎士道は別物よ。彼が“王”を選んだ瞬間、優しさは武器に変わる」
リリーナは黙って頷いた。
窓外の青い空を見上げながら、胸の奥でそっと呟く。
(弟の未来を奪うものが兄上であっても──私は切り捨てる)
「では姫様、茶会という名目で少し休みましょう。
あなたが倒れれば、もとの木阿弥ですもの」
「ふふ、わかったわ。甘いお菓子を用意しているの。付き合ってもらうわよ?」
二人の笑顔は表向きは麗しい。
だがその陰で、新たな糸が静かに張り巡らされていくのだった。
白い壁に掛けられた絵画の前で足を止め、その裏に隠された通気口を一瞥する。
使用人や衛兵の動き、侍女たちの囁き──噂の“源”を探るための何気ない散策のはずだった。
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低く澄んだ声が背後から届く。
振り返ると、漆黒の髪を後ろで束ねた青年が立っていた。
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「ならば送ろう。部屋まで付き添うよ」
兄は昔から“レディには優しくあれ”と教わって育った騎士肌だ。
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どう言って穏便に遠ざけようかと考えた刹那――
「まあ! こんなところにいたのね、リリーナ!」
高いヒールの音を鳴らして現れたのはカミラ・ローゼンハイト。
深紅のドレスを翻し、リリーナの腕を取る。
「お約束のお茶の時間よ。部屋にいないから探したじゃない。
王子殿下、お姉様をお借りしますわね?」
「お、お茶……?」
ヴァルセリオスは困惑しつつも柔らかく頷く。
「それなら安心だ。だが長話は禁物だ。……くれぐれも無理をするな、リリーナ」
「ご心配ありがとう、兄上」
そう告げると、リリーナはカミラに手を引かれ、王子の視界から離れた。
◆ ◆ ◆
「助かったわ、カミラ」
「礼はいいの。こちらも都合が良かっただけ」
カミラは人気のない回廊に入り、声をひそめる。
「第一王子の周辺は静かすぎる。逆に怪しいわ。
上位貴族は彼を支持しつつも“決定打”を待っている状態。
今は動かない方が得だと考えているのよ」
「裏で糸を引く人間がいないか、私も探っていたところよ」
「そちらの庶民ネットワークは?」
「エドガーが動き始めたわ。まだ報告はないけれど、時間の問題」
カミラは満足げに頷く。
「ならば私は上層貴族を洗う。噂を誰が流したか、名が拾え次第あなたへ」
「助かるわ。……兄上には悪いけれど、警戒は怠れないもの」
「優しい騎士殿下、ね」
カミラの唇が皮肉に歪む。
「王位と騎士道は別物よ。彼が“王”を選んだ瞬間、優しさは武器に変わる」
リリーナは黙って頷いた。
窓外の青い空を見上げながら、胸の奥でそっと呟く。
(弟の未来を奪うものが兄上であっても──私は切り捨てる)
「では姫様、茶会という名目で少し休みましょう。
あなたが倒れれば、もとの木阿弥ですもの」
「ふふ、わかったわ。甘いお菓子を用意しているの。付き合ってもらうわよ?」
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だがその陰で、新たな糸が静かに張り巡らされていくのだった。
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