病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

文字の大きさ
8 / 69

7

しおりを挟む
リリーナは城の回廊をゆっくり歩いていた。
白い壁に掛けられた絵画の前で足を止め、その裏に隠された通気口を一瞥する。
使用人や衛兵の動き、侍女たちの囁き──噂の“源”を探るための何気ない散策のはずだった。

「リリーナ?」

低く澄んだ声が背後から届く。
振り返ると、漆黒の髪を後ろで束ねた青年が立っていた。
第一王子――ヴァルセリオス。
整った顔立ちに気品を漂わせ、リリーナを見る目には確かな優しさが宿る。

「兄上……お久しぶりです」

「最近、顔色が優れぬと聞いた。こんな廊下まで歩いて大丈夫か?」

「ええ、医師には休めと言われていますけれど、少し身体を動かしたくて」

「ならば送ろう。部屋まで付き添うよ」

兄は昔から“レディには優しくあれ”と教わって育った騎士肌だ。
リリーナが断れば、むしろ心配を増幅させてしまう。
どう言って穏便に遠ざけようかと考えた刹那――

「まあ! こんなところにいたのね、リリーナ!」

高いヒールの音を鳴らして現れたのはカミラ・ローゼンハイト。
深紅のドレスを翻し、リリーナの腕を取る。

「お約束のお茶の時間よ。部屋にいないから探したじゃない。
王子殿下、お姉様をお借りしますわね?」

「お、お茶……?」

ヴァルセリオスは困惑しつつも柔らかく頷く。
「それなら安心だ。だが長話は禁物だ。……くれぐれも無理をするな、リリーナ」

「ご心配ありがとう、兄上」

そう告げると、リリーナはカミラに手を引かれ、王子の視界から離れた。

 

◆ ◆ ◆

 

「助かったわ、カミラ」

「礼はいいの。こちらも都合が良かっただけ」

カミラは人気のない回廊に入り、声をひそめる。

「第一王子の周辺は静かすぎる。逆に怪しいわ。
上位貴族は彼を支持しつつも“決定打”を待っている状態。
今は動かない方が得だと考えているのよ」

「裏で糸を引く人間がいないか、私も探っていたところよ」

「そちらの庶民ネットワークは?」

「エドガーが動き始めたわ。まだ報告はないけれど、時間の問題」

カミラは満足げに頷く。

「ならば私は上層貴族を洗う。噂を誰が流したか、名が拾え次第あなたへ」

「助かるわ。……兄上には悪いけれど、警戒は怠れないもの」

「優しい騎士殿下、ね」
カミラの唇が皮肉に歪む。
「王位と騎士道は別物よ。彼が“王”を選んだ瞬間、優しさは武器に変わる」

リリーナは黙って頷いた。
窓外の青い空を見上げながら、胸の奥でそっと呟く。

(弟の未来を奪うものが兄上であっても──私は切り捨てる)

「では姫様、茶会という名目で少し休みましょう。
あなたが倒れれば、もとの木阿弥ですもの」

「ふふ、わかったわ。甘いお菓子を用意しているの。付き合ってもらうわよ?」

二人の笑顔は表向きは麗しい。
だがその陰で、新たな糸が静かに張り巡らされていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喚ばれてないのに異世界召喚されました~不器用な魔王と身代わり少女~

浅海 景
恋愛
一冊の本をきっかけに異世界へと転移してしまった佑那。本来召喚されて現れるはずの救世主だが、誰からも喚ばれていない佑那は賓客として王宮に留まることになった。異世界に慣れてきたある日、魔王が現れ佑那は攫われてしまう。王女の代わりに攫われたと思い込んだ佑那は恩を返すため、身代わりとして振舞おうとする。不器用な魔王と臆病な少女がすれ違いながらも心を通わせていく物語。

呪われ公爵様は偏執的に花嫁を溺愛する

香月文香
恋愛
月の明るすぎる夜、公爵令嬢のイリーシャは、双子の弟が殺される場面に遭遇する。弟を殺めたのは、義理の兄である「呪われた子」のユージンだった。恐怖に震えながら理由を問うイリーシャに、彼は甘く笑いながら告げる。 「きみを愛しているからだよ」 イリーシャは弟の地位を奪い公爵家当主となったユージンと結婚することに。 ユージンは重すぎる愛でもってイリーシャを溺愛するが、彼女は彼を許せなくて——。 ヤンデレに執着された発狂寸前ヒロインによる愛と憎悪の反復横跳び。 ※他サイト(小説家になろう・魔法のiらんど)にも掲載しています

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

【完結】これはきっと運命の赤い糸

夏目若葉
恋愛
大手商社㈱オッティモで受付の仕事をしている浅木美桜(あさぎ みお)。 医師の三雲や、経産省のエリート官僚である仁科から付き合ってもいないのに何故かプロポーズを受け、引いてしまう。 自社の創立30周年記念パーティーで、同じビルの大企業・㈱志田ケミカルプロダクツの青砥桔平(あおと きっぺい)と出会う。 一目惚れに近い形で、自然と互いに惹かれ合うふたりだったが、川井という探偵から「あの男は辞めておけ」と忠告が入る。 桔平は志田ケミカルの会長の孫で、御曹司だった。 志田ケミカルの会社の内情を調べていた川井から、青砥家のお家事情を聞いてしまう。 会長の娘婿である桔平の父・一馬は、地盤固めのために銀行頭取の娘との見合い話を桔平に勧めているらしいと聞いて、美桜はショックを受ける。 その上、自分の母が青砥家と因縁があると知り…… ━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 大手商社・㈱オッティモの受付で働く 浅木 美桜(あさぎ みお) 24歳    × 大手化粧品メーカー・㈱志田ケミカルプロダクツの若き常務 青砥 桔平(あおと きっぺい) 30歳    × オフィスビル内を探っている探偵 川井 智親(かわい ともちか) 32歳

男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!? 「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」 総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも! そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...