101号室の鍵

藤原遊

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双子の冒険

プロローグ

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五月の午後、柔らかな日差しが高校の教室に差し込んでいた。剣道部の練習を終えたばかりの蓮は、窓際の席に座り、ノートに試合の研究を書き込んでいた。制服は汗で少し皺が寄り、髪も乱れている。集中する兄の横で、弟の空は机に足を乗せるような気怠い姿勢で座っていた。

「また試合の研究?」
空が半ば呆れたように声をかけると、蓮は顔を上げずに短く返事をした。

「そうだよ。今度の団体戦、俺が大将なんだからな。気を抜けるわけがないだろ。」

空は肩をすくめて言った。

「へー、大変だな。俺はもう剣道辞めたから気楽だけど。」

蓮は少し顔を上げて、呆れたような表情を浮かべたが、それ以上何も言わなかった。

空は天才だった。剣道を始めたばかりの頃から、反射神経も間合いの取り方も人並み外れていて、全国大会でも名を知られるほどだった。しかしその才能が、兄である蓮の心にどれほどの影を落としたか、空は知らない。

「まあ、才能がない俺には丁度いいさ。」
蓮が自嘲気味に呟くと、空は少し間を置いてから慰めるように言った。

「何言ってんだよ、兄さんだって強いじゃん。真面目だし、努力もするしさ。」

しかしその軽い言葉が、蓮には届かなかった。

その時、教室のドアが開いた。友人の健太が顔を出し、大声で呼びかけた。

「おーい、蓮、空!帰りにアイスでも食いに行こうぜ!」

空は真っ先に手を挙げた。

「俺行く!」

空は健太の方へ駆け寄ると、振り返って蓮を誘った。

「兄さんも行くだろ?」

蓮はため息をついて首を振った。

「俺はいいよ。まだやることが残ってる。」

「えー、つまんないやつ!」
空は笑いながら友人たちと教室を出ていった。

その日の夕方、蓮は一人で道場の練習記録を片付けていた。道場の中はひんやりとして静かで、外の夕焼けがぼんやりと窓を染めている。その時、玄関の方から聞き覚えのある声がした。

「おーい、蓮。まだ残ってるのか?」

顔を上げると、そこには大学時代の剣道部OBであり、かつて主将を務めていた陽介が立っていた。休日らしいラフな格好だが、立ち居振る舞いは相変わらず堂々としている。

「陽介先輩!」
蓮は驚きながらも嬉しそうに立ち上がった。

「久しぶりだな。お前、随分頼もしくなったな。」
陽介が笑いながら道場の中に入ってきた。

その時、外から帰ってきた空がアイスを片手に駆け寄ってきた。

「え、陽介先輩じゃん!懐かしい!」

空が無邪気に声をかけると、陽介は驚いたように笑った。

「おお、空か。相変わらずだな。」

三人が近況を話し合う中、陽介がふと思い出したようにバッグから小さな鍵を取り出した。それは「101号室」と刻まれた真鍮製の古びた鍵だった。

「そういえば、これ。」
陽介が鍵を蓮に手渡しながら言った。

「昔、俺が学生の頃にちょっとした冒険で手に入れたものだ。特に今は使い道もないし、後輩のお前らに譲ろうと思ってな。」

「冒険……ですか?」
蓮は鍵をじっと見つめながら問いかけた。

「まあ、そんな大したものじゃないさ。でもその時、剣道をやってた俺にとっては大事な経験だったんだよ。」
陽介は少し懐かしそうに笑った。

「俺も剣道の試合を頑張ったら、そんな『冒険』ができるのかな。」
蓮が鍵を受け取りながら呟く。

「どうだろうな。ただ、これを持つなら一つだけ覚えておけ。何が起きても、お前自身の剣を信じろよ。」
陽介の声には、どこか意味深な響きがあった。その一瞬、彼の目が鋭く光ったように見えたが、空があっけらかんとした口調でそれを打ち消した。

「兄さんにそんな冒険する度胸あるかなー。」

陽介は笑いながら空の頭を軽く叩いた。その後、二人に挨拶をして道場を後にする。蓮の手の中には、101号室と刻まれた鍵が冷たく光っていた。
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