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第一部 聖女セラフィーナと幸福の罠
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次の日も、そのまた次の日も、私は自分の破滅のタイミングを待っていた。
けれど、何も起きなかった。
セラフィーナは相変わらず完璧だった。
誰にでも優しく、朗らかで、誰からも愛される。彼女に対して不快感を抱く者なんて、たぶんこの王国には存在しない。
そして私は、まだその“彼女の敵役”になるはずの瞬間に辿り着けずにいた。
いつもの私なら、ここでひとこと嫌味を言い、周囲の怒りを買い、破滅の歯車が動き出す。
でもなぜか、そんな機会すら訪れない。妙に全体が穏やかすぎるのだ。
……正直に言おう。違和感がすごい。
そして、ついに予想外の訪問者が現れた。
「アナスタシア様、宰相閣下のご子息、カイ様がお越しです」
読書中だった私のもとに、侍女がやや慌ただしく駆け込んできた。
カイ・ヴァルトン――宰相の息子。
本来の筋書きではセラフィーナの攻略対象のひとりであり、私との接点などほとんどないはずの男。
なのに、今こうして私を訪ねてきた。これもまた、筋書きにはない展開だ。
「……通してちょうだい」
私は本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
ほどなくして、カイが部屋に入ってくる。
金髪に灰色の瞳。涼しげな顔立ちに、感情を読み取りにくい無表情。
相変わらず、何を考えているのかつかみづらい男だ。
「突然の訪問をお許しください、アナスタシア様」
丁寧に一礼するカイに、私は微笑を返す。
「構いませんわ。何のご用件かしら?」
「たいした要件というほどでもありません。最近、王宮も平和で退屈ですので」
さらりと投げられた言葉に、私はわずかに眉を動かす。
――退屈、ね。
「退屈しのぎに、私のもとへ?」
「ええ。あなたとなら、少しくらい面白い話ができそうだと思いまして」
この男らしいと言えばらしい。皮肉とも冗談とも取れる言葉を、いかにも自然に口にする。
「それは光栄ですわ。でも、わざわざ私を選ぶなんて、少々奇妙ではなくて?」
「奇妙、ですか?」
カイはほんのわずかだけ口元を緩めた。
「むしろ最近のあなたは、以前よりも興味深いご様子ですので」
「興味深い?」
「ええ。少し距離を取って、全体を冷静に見ていらっしゃるように見える。王太子殿下の婚約者というお立場にありながら、どこか俯瞰している印象を受けます」
一瞬、胸の奥が軽くざわついた。
それは、今の私の“観察者”としての視点を、妙に正確に言い当てていたからだ。
もちろん、カイにその事情を知る由はない。ただの勘だろう。
だが、彼の鋭さは原作と何も変わらないと実感する。
「……あら、それは失礼しましたわ。少し考えごとをしていたせいかもしれません」
「いえ、悪い意味ではありませんよ。周囲に流されずに立っている方は、案外少ないものですから」
私はまた静かに微笑み返した。
――やっぱりおかしい。
何もかもが。
筋書きとは、確実にずれてきている。
けれど、何も起きなかった。
セラフィーナは相変わらず完璧だった。
誰にでも優しく、朗らかで、誰からも愛される。彼女に対して不快感を抱く者なんて、たぶんこの王国には存在しない。
そして私は、まだその“彼女の敵役”になるはずの瞬間に辿り着けずにいた。
いつもの私なら、ここでひとこと嫌味を言い、周囲の怒りを買い、破滅の歯車が動き出す。
でもなぜか、そんな機会すら訪れない。妙に全体が穏やかすぎるのだ。
……正直に言おう。違和感がすごい。
そして、ついに予想外の訪問者が現れた。
「アナスタシア様、宰相閣下のご子息、カイ様がお越しです」
読書中だった私のもとに、侍女がやや慌ただしく駆け込んできた。
カイ・ヴァルトン――宰相の息子。
本来の筋書きではセラフィーナの攻略対象のひとりであり、私との接点などほとんどないはずの男。
なのに、今こうして私を訪ねてきた。これもまた、筋書きにはない展開だ。
「……通してちょうだい」
私は本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
ほどなくして、カイが部屋に入ってくる。
金髪に灰色の瞳。涼しげな顔立ちに、感情を読み取りにくい無表情。
相変わらず、何を考えているのかつかみづらい男だ。
「突然の訪問をお許しください、アナスタシア様」
丁寧に一礼するカイに、私は微笑を返す。
「構いませんわ。何のご用件かしら?」
「たいした要件というほどでもありません。最近、王宮も平和で退屈ですので」
さらりと投げられた言葉に、私はわずかに眉を動かす。
――退屈、ね。
「退屈しのぎに、私のもとへ?」
「ええ。あなたとなら、少しくらい面白い話ができそうだと思いまして」
この男らしいと言えばらしい。皮肉とも冗談とも取れる言葉を、いかにも自然に口にする。
「それは光栄ですわ。でも、わざわざ私を選ぶなんて、少々奇妙ではなくて?」
「奇妙、ですか?」
カイはほんのわずかだけ口元を緩めた。
「むしろ最近のあなたは、以前よりも興味深いご様子ですので」
「興味深い?」
「ええ。少し距離を取って、全体を冷静に見ていらっしゃるように見える。王太子殿下の婚約者というお立場にありながら、どこか俯瞰している印象を受けます」
一瞬、胸の奥が軽くざわついた。
それは、今の私の“観察者”としての視点を、妙に正確に言い当てていたからだ。
もちろん、カイにその事情を知る由はない。ただの勘だろう。
だが、彼の鋭さは原作と何も変わらないと実感する。
「……あら、それは失礼しましたわ。少し考えごとをしていたせいかもしれません」
「いえ、悪い意味ではありませんよ。周囲に流されずに立っている方は、案外少ないものですから」
私はまた静かに微笑み返した。
――やっぱりおかしい。
何もかもが。
筋書きとは、確実にずれてきている。
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