【完結】悪役令嬢アナスタシアは破滅を嗤う

藤原遊

文字の大きさ
4 / 26
第一部 聖女セラフィーナと幸福の罠

3

しおりを挟む
 次の日も、そのまた次の日も、私は自分の破滅のタイミングを待っていた。

 けれど、何も起きなかった。

 セラフィーナは相変わらず完璧だった。
 誰にでも優しく、朗らかで、誰からも愛される。彼女に対して不快感を抱く者なんて、たぶんこの王国には存在しない。
 そして私は、まだその“彼女の敵役”になるはずの瞬間に辿り着けずにいた。

 いつもの私なら、ここでひとこと嫌味を言い、周囲の怒りを買い、破滅の歯車が動き出す。
 でもなぜか、そんな機会すら訪れない。妙に全体が穏やかすぎるのだ。

 ……正直に言おう。違和感がすごい。

 そして、ついに予想外の訪問者が現れた。

「アナスタシア様、宰相閣下のご子息、カイ様がお越しです」

 読書中だった私のもとに、侍女がやや慌ただしく駆け込んできた。

 カイ・ヴァルトン――宰相の息子。
 本来の筋書きではセラフィーナの攻略対象のひとりであり、私との接点などほとんどないはずの男。
 なのに、今こうして私を訪ねてきた。これもまた、筋書きにはない展開だ。

「……通してちょうだい」

 私は本を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。

 ほどなくして、カイが部屋に入ってくる。
 金髪に灰色の瞳。涼しげな顔立ちに、感情を読み取りにくい無表情。
 相変わらず、何を考えているのかつかみづらい男だ。

「突然の訪問をお許しください、アナスタシア様」

 丁寧に一礼するカイに、私は微笑を返す。

「構いませんわ。何のご用件かしら?」

「たいした要件というほどでもありません。最近、王宮も平和で退屈ですので」

 さらりと投げられた言葉に、私はわずかに眉を動かす。
 ――退屈、ね。

「退屈しのぎに、私のもとへ?」

「ええ。あなたとなら、少しくらい面白い話ができそうだと思いまして」

 この男らしいと言えばらしい。皮肉とも冗談とも取れる言葉を、いかにも自然に口にする。

「それは光栄ですわ。でも、わざわざ私を選ぶなんて、少々奇妙ではなくて?」

「奇妙、ですか?」

 カイはほんのわずかだけ口元を緩めた。

「むしろ最近のあなたは、以前よりも興味深いご様子ですので」

「興味深い?」

「ええ。少し距離を取って、全体を冷静に見ていらっしゃるように見える。王太子殿下の婚約者というお立場にありながら、どこか俯瞰している印象を受けます」

 一瞬、胸の奥が軽くざわついた。
 それは、今の私の“観察者”としての視点を、妙に正確に言い当てていたからだ。
 もちろん、カイにその事情を知る由はない。ただの勘だろう。
 だが、彼の鋭さは原作と何も変わらないと実感する。

「……あら、それは失礼しましたわ。少し考えごとをしていたせいかもしれません」

「いえ、悪い意味ではありませんよ。周囲に流されずに立っている方は、案外少ないものですから」

 私はまた静かに微笑み返した。

 ――やっぱりおかしい。
 何もかもが。
 筋書きとは、確実にずれてきている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

処理中です...