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第一部 聖女セラフィーナと幸福の罠
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この世界はおかしい。
私は毎日それを実感していた。
本来なら、とっくに破滅の序章が始まっているはずなのに、まったく兆しがない。
王太子は妙に優しいし、セラフィーナは敵意どころか友好的だし、攻略対象のひとりであるカイまでもが興味深そうに私に絡んでくる。
予定外の展開ばかりが積み重なっていく。
……こうなってくると、逆に不安になるのだ。
破滅は、きっとどこかに落とし穴のように潜んでいる。
ならば、先に探しておいた方が心の準備ができる。
――たぶん、そんな理屈だった。
私は最近、理由をつけては王都のあちこちを歩き回っていた。
観光ではない。破滅の種を探しに行っているのだ。
貴族街、神殿区、市場、裏通り……普段なら出向かない場所にも足を延ばした。
その日の午後。
私は王都の南端、少し治安の悪い地区に足を踏み入れていた。
人通りもまばらで、通りの端では行き場のなさそうな子供たちが座り込んでいる。
通り過ぎる大人たちは、見て見ぬふりをしていた。
――ああ、なるほど。こういうの、事件のきっかけになりそう。
誘拐、奴隷商人、闇取引。
この手の展開、乙女ゲームでもよくあるわ。
破滅フラグとしては、なかなか王道じゃないかしら。
そう思った私は、無意識のうちに足を止めていた。
その瞬間、路地裏から怒鳴り声が上がった。
「おい、そこで何してやがる!」
数人の男たちが現れる。目つきは悪く、手には粗末な刃物。
典型的なチンピラというやつだ。
ああ、これは……本格的にやばいやつじゃない?
でも、どこかで冷静な自分が囁いた。
――むしろ今がチャンスじゃない?
ここで私が騒ぎを起こせば、破滅ルートに入るかもしれない。
原作にはなかったけれど、新たな破滅ルートの可能性だってある。
「――あなたたち、やめなさい!」
気づけば、私は声を張り上げていた。
周囲の空気がピンと張り詰める。男たちはこちらを見た。
刃物を持ったままゆっくりと近づいてくる。
ああ、これは完全にやらかした。
さすがに私でも、少しだけ後悔した、その時だった。
鋭い風切り音と共に、男たちの手から刃物が弾き飛ばされた。
「下がってください、アナスタシア様!」
低く、よく通る声が響いた。
振り返ると、そこにいたのは――騎士団長、レオン・フェルナー。
まるで絵に描いたように颯爽と現れた彼は、残った男たちをあっという間にねじ伏せた。
わずかな隙もなく、無駄のない動きだった。
「……助けていただいて、ありがとうございますわ」
私が礼を述べると、レオンは真面目な表情のまま静かに言った。
「アナスタシア様。貴女のご身分で、ここまで危険な区域に足を踏み入れるのは非常に軽率です」
正論である。
反論の余地は一切ない。
「申し訳ありませんわ。少し…考えごとをしておりまして」
「それにしても……」
レオンは一瞬言葉を選ぶように視線を落とした。
「助けようとしたのですね。見捨てることができなかったのでしょう」
……いや、全然違うのよ。
本当は破滅を拾いに来ただけなのよ。
でも、今さら本音を言えるわけがなかった。
「……人として、当然のことをしたまでですわ」
するとレオンは、少し柔らかく微笑んだ。
「貴女は立派な方です」
ああ、違う。
それじゃあまた、筋書きがズレてしまうじゃないの……。
私はまたひとつ、静かにため息をついた。
私は毎日それを実感していた。
本来なら、とっくに破滅の序章が始まっているはずなのに、まったく兆しがない。
王太子は妙に優しいし、セラフィーナは敵意どころか友好的だし、攻略対象のひとりであるカイまでもが興味深そうに私に絡んでくる。
予定外の展開ばかりが積み重なっていく。
……こうなってくると、逆に不安になるのだ。
破滅は、きっとどこかに落とし穴のように潜んでいる。
ならば、先に探しておいた方が心の準備ができる。
――たぶん、そんな理屈だった。
私は最近、理由をつけては王都のあちこちを歩き回っていた。
観光ではない。破滅の種を探しに行っているのだ。
貴族街、神殿区、市場、裏通り……普段なら出向かない場所にも足を延ばした。
その日の午後。
私は王都の南端、少し治安の悪い地区に足を踏み入れていた。
人通りもまばらで、通りの端では行き場のなさそうな子供たちが座り込んでいる。
通り過ぎる大人たちは、見て見ぬふりをしていた。
――ああ、なるほど。こういうの、事件のきっかけになりそう。
誘拐、奴隷商人、闇取引。
この手の展開、乙女ゲームでもよくあるわ。
破滅フラグとしては、なかなか王道じゃないかしら。
そう思った私は、無意識のうちに足を止めていた。
その瞬間、路地裏から怒鳴り声が上がった。
「おい、そこで何してやがる!」
数人の男たちが現れる。目つきは悪く、手には粗末な刃物。
典型的なチンピラというやつだ。
ああ、これは……本格的にやばいやつじゃない?
でも、どこかで冷静な自分が囁いた。
――むしろ今がチャンスじゃない?
ここで私が騒ぎを起こせば、破滅ルートに入るかもしれない。
原作にはなかったけれど、新たな破滅ルートの可能性だってある。
「――あなたたち、やめなさい!」
気づけば、私は声を張り上げていた。
周囲の空気がピンと張り詰める。男たちはこちらを見た。
刃物を持ったままゆっくりと近づいてくる。
ああ、これは完全にやらかした。
さすがに私でも、少しだけ後悔した、その時だった。
鋭い風切り音と共に、男たちの手から刃物が弾き飛ばされた。
「下がってください、アナスタシア様!」
低く、よく通る声が響いた。
振り返ると、そこにいたのは――騎士団長、レオン・フェルナー。
まるで絵に描いたように颯爽と現れた彼は、残った男たちをあっという間にねじ伏せた。
わずかな隙もなく、無駄のない動きだった。
「……助けていただいて、ありがとうございますわ」
私が礼を述べると、レオンは真面目な表情のまま静かに言った。
「アナスタシア様。貴女のご身分で、ここまで危険な区域に足を踏み入れるのは非常に軽率です」
正論である。
反論の余地は一切ない。
「申し訳ありませんわ。少し…考えごとをしておりまして」
「それにしても……」
レオンは一瞬言葉を選ぶように視線を落とした。
「助けようとしたのですね。見捨てることができなかったのでしょう」
……いや、全然違うのよ。
本当は破滅を拾いに来ただけなのよ。
でも、今さら本音を言えるわけがなかった。
「……人として、当然のことをしたまでですわ」
するとレオンは、少し柔らかく微笑んだ。
「貴女は立派な方です」
ああ、違う。
それじゃあまた、筋書きがズレてしまうじゃないの……。
私はまたひとつ、静かにため息をついた。
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