【完結】悪役令嬢アナスタシアは破滅を嗤う

藤原遊

文字の大きさ
5 / 26
第一部 聖女セラフィーナと幸福の罠

4

しおりを挟む
 この世界はおかしい。
 私は毎日それを実感していた。

 本来なら、とっくに破滅の序章が始まっているはずなのに、まったく兆しがない。
 王太子は妙に優しいし、セラフィーナは敵意どころか友好的だし、攻略対象のひとりであるカイまでもが興味深そうに私に絡んでくる。
 予定外の展開ばかりが積み重なっていく。

 ……こうなってくると、逆に不安になるのだ。

 破滅は、きっとどこかに落とし穴のように潜んでいる。
 ならば、先に探しておいた方が心の準備ができる。
 ――たぶん、そんな理屈だった。

 私は最近、理由をつけては王都のあちこちを歩き回っていた。
 観光ではない。破滅の種を探しに行っているのだ。
 貴族街、神殿区、市場、裏通り……普段なら出向かない場所にも足を延ばした。

 その日の午後。

 私は王都の南端、少し治安の悪い地区に足を踏み入れていた。
 人通りもまばらで、通りの端では行き場のなさそうな子供たちが座り込んでいる。
 通り過ぎる大人たちは、見て見ぬふりをしていた。

 ――ああ、なるほど。こういうの、事件のきっかけになりそう。

 誘拐、奴隷商人、闇取引。
 この手の展開、乙女ゲームでもよくあるわ。
 破滅フラグとしては、なかなか王道じゃないかしら。

 そう思った私は、無意識のうちに足を止めていた。

 その瞬間、路地裏から怒鳴り声が上がった。

「おい、そこで何してやがる!」

 数人の男たちが現れる。目つきは悪く、手には粗末な刃物。
 典型的なチンピラというやつだ。

 ああ、これは……本格的にやばいやつじゃない?

 でも、どこかで冷静な自分が囁いた。
 ――むしろ今がチャンスじゃない?
 ここで私が騒ぎを起こせば、破滅ルートに入るかもしれない。
 原作にはなかったけれど、新たな破滅ルートの可能性だってある。

「――あなたたち、やめなさい!」

 気づけば、私は声を張り上げていた。

 周囲の空気がピンと張り詰める。男たちはこちらを見た。
 刃物を持ったままゆっくりと近づいてくる。

 ああ、これは完全にやらかした。
 さすがに私でも、少しだけ後悔した、その時だった。

 鋭い風切り音と共に、男たちの手から刃物が弾き飛ばされた。

「下がってください、アナスタシア様!」

 低く、よく通る声が響いた。

 振り返ると、そこにいたのは――騎士団長、レオン・フェルナー。

 まるで絵に描いたように颯爽と現れた彼は、残った男たちをあっという間にねじ伏せた。
 わずかな隙もなく、無駄のない動きだった。

「……助けていただいて、ありがとうございますわ」

 私が礼を述べると、レオンは真面目な表情のまま静かに言った。

「アナスタシア様。貴女のご身分で、ここまで危険な区域に足を踏み入れるのは非常に軽率です」

 正論である。
 反論の余地は一切ない。

「申し訳ありませんわ。少し…考えごとをしておりまして」

「それにしても……」

 レオンは一瞬言葉を選ぶように視線を落とした。

「助けようとしたのですね。見捨てることができなかったのでしょう」

 ……いや、全然違うのよ。

 本当は破滅を拾いに来ただけなのよ。
 でも、今さら本音を言えるわけがなかった。

「……人として、当然のことをしたまでですわ」

 するとレオンは、少し柔らかく微笑んだ。

「貴女は立派な方です」

 ああ、違う。
 それじゃあまた、筋書きがズレてしまうじゃないの……。

 私はまたひとつ、静かにため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

悪女の私を愛さないと言ったのはあなたでしょう?今さら口説かれても困るので、さっさと離縁して頂けますか?

輝く魔法
恋愛
システィーナ・エヴァンスは王太子のキース・ジルベルトの婚約者として日々王妃教育に勤しみ努力していた。だがある日、妹のリリーナに嵌められ身に覚えの無い罪で婚約破棄を申し込まれる。だが、あまりにも無能な王太子のおかげで(?)冤罪は晴れ、正式に婚約も破棄される。そんな時隣国の皇太子、ユージン・ステライトから縁談が申し込まれる。もしかしたら彼に愛されるかもしれないー。そんな淡い期待を抱いて嫁いだが、ユージンもシスティーナの悪い噂を信じているようでー? 「今さら口説かれても困るんですけど…。」 後半はがっつり口説いてくる皇太子ですが結ばれません⭐︎でも一応恋愛要素はあります!ざまぁメインのラブコメって感じかなぁ。そういうのはちょっと…とか嫌だなって人はブラウザバックをお願いします(o^^o)更新も遅めかもなので続きが気になるって方は気長に待っててください。なお、これが初作品ですエヘヘ(о´∀`о) 優しい感想待ってます♪

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

処理中です...