【完結】悪役令嬢アナスタシアは破滅を嗤う

藤原遊

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第一部 聖女セラフィーナと幸福の罠

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 王都の教会は、今やセラフィーナの象徴となっていた。
 神の加護を受けた聖女が祈りを捧げる場として、日々多くの信徒や貴族たちが足を運んでいる。

 私は、その教会の前に立っていた。

 ――ここにも破滅の種はあるかもしれない。

 たとえば宗教絡みの権力闘争とか、教義に反する行動を糾弾されるとか。
 乙女ゲームではありがちな陰謀の温床。
 王都の表通りよりは、よほど破滅の香りがする。

 そんな動機で足を運んだのだから、当然誰にも告げるつもりはなかった。
 こっそり様子を覗いて、問題の芽を見つけたら――
 ……まあ、多少は踏み込んでみてもいいかもしれない。

 だが、私の甘い目論見は一瞬で崩れ去った。

「まあ! アナスタシア様!」

 出迎えたのは、他でもないセラフィーナ本人だった。
 今日も眩しいほどの笑顔で、まるで迷子の小鳥でも見つけたかのように嬉しそうだ。

「よくおいでくださいました! お待ちしておりましたのよ!」

 ……待たれていた?
 私は今日、誰にも訪問のことなど伝えていないのだけれど。

「本当に突然ですのに、光栄ですわ。少し見学でも、と思いまして」

 私は微笑みを崩さずに答えた。
 セラフィーナはぱっと両手を取ってきて、屈託のない声で言う。

「アナスタシア様が来てくださるなんて、本当に嬉しいですわ! 司祭様方も皆、あなたのお噂はよく耳にしておられますのよ。王太子殿下のご婚約者様がこうしてお越しくださるなんて、教会にとっても名誉ですわ!」

 ……お噂? 名誉?

 ああ、なるほど。
 世間的には私は「王太子の婚約者であり、最近は聖女とも親しくなりつつある高貴な令嬢」という扱いなのだろう。
 だからこその、この歓迎。
 破滅どころか、むしろ評価が上がってしまっている現状。

「せっかくですから、こちらをご案内いたしますわ!」

 セラフィーナは嬉々として私の腕を取って、教会内を歩き始めた。

 神聖な礼拝堂、祈りを捧げる信徒たち、慈善活動の資料室……
 どこもかしこも整っていて、陰謀の影など微塵も感じられない。
 私が期待していた“破滅の種”らしきものは、まったく見つからなかった。

 ……いや、こうも清らかすぎると逆に怪しいのでは?

 私がそんな無理な疑いをひねり出し始めた頃だった。

「こちらが、神殿の聖務官でございます」

 セラフィーナが紹介した先にいたのは、若い男性だった。

 銀髪に青い瞳。
 柔らかな微笑みを浮かべながら、静かに一礼する。

「はじめまして、アナスタシア様。私は聖務官のシグルドと申します」

 聖女セラフィーナの側近にして、神殿内でもかなり高い地位にある若手の逸材。
 彼もまた、原作の攻略対象のひとりだ。

 その穏やかな笑顔の奥に、ほんのわずかに読めない空気を纏っているのが、彼らしい。

「こちらこそ、はじめまして。ご丁寧にありがとうございますわ」

 私は優雅に挨拶を返す。

 シグルドは、どこまでも柔らかな声で続けた。

「こうして王太子殿下の婚約者様が聖女様をお訪ねくださるのは、信徒たちにも大きな励みとなります」

 ……またしても、だ。
 すべてが「好意的に解釈」されていく。
 私はただ、破滅の兆しを探しに来ただけなのに。

 私の胸中に、静かに積もるため息がまたひとつ増えた。
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