【完結】悪役令嬢アナスタシアは破滅を嗤う

藤原遊

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第一部 聖女セラフィーナと幸福の罠

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 破滅は、もうどこにも見つからなかった。

 私は、ただ静かに、それを自覚し始めていた。

 破滅を呼び込みそうな場所には一通り足を運んだ。
 騎士団、神殿、貧民街、魔導院――
 どこへ行っても私は歓迎され、評価され、好意を向けられ、立場はどんどん安定していくばかりだった。

 ――これはおかしい。
 破滅どころか、むしろ安泰の道を歩かされているような気さえする。

***

 王宮での小さな夜会。
 私は、いつの間にか包囲網の中心に立たされていた。

 王太子ユリウスは隣で微笑み、常に私を気遣っている。
 カイ・ヴァルトンはグラスを傾けながら、変わらず静かに私の様子を観察している。
 騎士団長レオンは遠くから常に私を守る位置に控え、
 シグルドは穏やかな笑顔を浮かべて聖女と私の交流を支え、
 ユリオは軽口を叩きながら私にだけ密かに探るような目を向け、
 アベルはどこまでも冷静に私というサンプルを観察し続けている。

 ――完全に囲まれている。

 周囲は当然の光景のように受け止めているだろう。
 だが私には、もうただの幸福という名の檻にしか見えなかった。

***

「アナスタシア様」

 先に声をかけてきたのは、神殿のシグルドだった。

「これからも聖女様と良きご交流を続けていただけると、神殿としても大変ありがたいことです」

「もちろんですわ」

 私は微笑んで返す。
 彼の後ろではユリオが軽妙に言葉を挟んだ。

「今や王都でも『最も品位あるご令嬢』と評判ですよ。世間の見る目はようやく正しくなってきたようですね」

 ……正しく、ね。
 私の内心は「破滅を待つだけ」の空白だったはずなのに。
 皆はその空白すら好意的に塗りつぶしていく。

***

 そのとき、ユリウスがそっと私に囁いた。

「アナスタシア。僕は、ずっとこうなる未来が訪れてほしいと思っていたんだ。」

「こうなる未来?」

「君が、僕の隣にいて、皆に愛されて、笑ってくれる未来だよ。」

 ユリウスは、ごく自然に私の手を取った。
 優しく、静かに、逃げ道を塞ぐように。

「だから……無理をしなくていい。君は君らしくいてくれれば、それでいいんだ。」

 ――優しさは、いつだって最も残酷だ。

 私はただ、微笑みを崩さず答えた。

「……恐れ入りますわ、殿下。」

 けれど、内心の叫びは止まらない。

 ――誰か。
 今からでも遅くないから、私を破滅させてくれないかしら。
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