極彩色の恋

やらぎはら響

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 その日は土曜日で、低血圧気味の揚羽がリビングに入るとすでに和也は帰っていて、テーブルの上で奈夏が粘土を捏ねていた。
 奈夏は創作意欲が沸けばどこでてでも作品を作る。
 最初の頃は至る所に作品や道具が置いてある事に驚いていた揚羽だったが、今ではすっかり慣れた。
 リビングに入ると、気付いた奈夏が顔を上げる。

「おはよう」
「おはよう」

 挨拶を返しながら奈夏の後ろから手元を覗き込めば丸い狸の置物が作られていた。

「絵じゃない」
「たまには息抜き」

 悪戯気に笑ってみせる。

「やってみる?」
「いいの?」

 楽しそうな誘いに思わず顔を上げると。

「勿論」

 子供のような顔で笑って場所を譲られた。
 粘土の捏ね方を教わりながら何をつくろう、どう作ろうと話をして。
 色も塗っちゃおう。 
 桜を作りたいなどと笑い声を上げながら創作を楽しんだ。
ある程度出来上がり形になった猫の輪郭を丸くしようと奮闘している揚羽の手元に。

「ああ、ここはもう少しこうした方が綺麗に見える」

 奈夏が手を重ねるようにして指を滑らせた。
 粘土を撫でて離れていくはずの手がけれど、重ねたまま離れない。
 手の甲に温かな奈夏の掌が添えられている。
 触れ合った手にドキドキと揚羽の心臓が壊れそうなほど脈打っていた。

「あ、あの……」
「あー…ヤバイ」
「え?」

 俯いた奈夏の言葉に不思議そうにそちらを見やると、次に彼が顔を上げた時には真剣な眼差しをしていた。
 添えられていただけだった手をぎゅっと握られ、どうしてか揚羽の頬が熱くなる。

「今から引くかもしれない事言う」

 すう、と息をひとつ吸い込むと。

「揚羽の事好きだ」

 真摯な声がリビングに響いた。
 目を見開いて呆然と奈夏を見ると、その眼差しは嘘や冗談なんかじゃなくて。

「なんで、僕を……?」
「揚羽見てると目が離せなくて、守ってやりたいし可愛いって思う」

 ぱちり。
 瞬きを二度、三度。
 そうして脳に行きじわじわと広がった言葉に揚羽は狼狽えた。
 頬が熱い。
 そして凄くドキドキする。
 でも胸の奥がほわりとして嫌な気はしない。
 この感情をどう表したらいいのかわからずキョトキョトと手元へ視線をうろうろさせていたら、奈夏の手が離れて行った。
 それがとても寂しく感じる。

「悪い、言うつもりなかったけど自覚したら言いたくなった。お前ここしか居場所ないのに……」

 密着していた体が離れて。

「しばらく実家に泊るから」

 聞き逃せない言葉に、慌てて振り向くと。

「いやだ」

 揚羽は奈夏の着ている藍色のシャツの裾を握りしめた。

「揚羽、一人でも大丈夫なように和也に声をかけておくから」
「そうじゃなくて、その、好きって僕のこと?」

おそるおそる見上げたら、奈夏が苦笑してああと頷いた。
 それに困惑した揚羽がでも、だってと言いにくそうにしていると、奈夏がどうした?と顔を覗き込んできた。
 その瞳に映っている自分の顔はどこか途方にくれた顔をしている。

「……美里さんは?」
「美里?何でここで美里?」

 不思議そうにする奈夏に、だってと言葉を紡ぐ。

「恋人じゃないの?」
「恋人っ?ないないない!どっからそんな発想出てきたわけ」

 ぶんぶんと手を振って全力で否定する奈夏に、揚羽はぽかんとまぬけに口を開いた。

「だってスケッチブック、美里さんばっかり」
「スケッチブック?」

 あそこにあるやつと飾り棚を指差せば、高校のときのだと言われる。

「じゃあ元恋人?」
「ないから!あいつ誕生日に彼氏でもない男にブランドバック買わせようとした奴だぞ。やだよ」

 早口でまくし立てる奈夏だ。
 彼の説明いわく、高校生のときに特別扱いを周りから受けていて誰を描いても騒ぎになるので部活にも入らず裏庭でひっそりと絵を描いていた。
 そんなとき外見で女子にやっかまれて裏庭で泣いていた美里と会い、秘密でモデルになってもらう代わりに美里をかくまっていたのだという。

「まああいつ図太いから泣いてたのは最初の一回だけだけど。そんなわけで利害の一致で一緒にいたのが今でも友人として繋がってるわけ。わかった?」

 ぐいと半眼で顔を寄せられると、本当に美里との仲は何でもないのだとわかって揚羽は慌ててこくこくと頷いた。

「誤解が解けてよかったよ」

 はあとあからさまに溜息を吐かれれば、ごめんなさいと言うほかない。

「まあそんなわけで今現在恋人はいません。俺が好きなのは揚羽です」
「は、はい」

 そうだった。
 好きだと言われたんだったと脱線したおかげで忘れかけていた言葉を思い出す。

「あの、勘違いしてごめんなさい」

 しょんと肩を寄せて謝れば、奈夏が口元に苦笑を浮かべる。

「いーって別に。でも俺が揚羽を好きな事は信じてくれた?」

 こてりと首を傾けた奈夏に、ドキドキと胸が大きく鳴るのがわかった。

(ドキドキするのは好きってことなのかな)

 自分の胸に手を当てて考えてみる。
 奈夏の言葉にじわじわと顔に熱が上がっていくことは、とまどいもあるけれど嬉しさの方が勝った。

(これが好きってこと?)

 じっと奈夏を見上げると、真剣な眼差しが揚羽を貫く。
 ここで僕も好きだと言いたいと思った。
 けれど。

(僕は知らないアルファ達に……こんな汚いのに……でも)

 こんな自分を好きだなんて言ってくれた奈夏に、自分だって好きだと答えたかった。

「出て行かないで」

 好きだとはやっぱり言えなくて、精いっぱいの我儘を口にした。

「下心持ってる奴と一緒にいていいの?」

 固い声に、びくりと一瞬肩が跳ねた。

「……嘘だよ。何もする気ない」

 はあと溜息を吐いた奈夏に申し訳ないと思う。
 答えられないのに。
 それでも。

「一緒にいたい……」

 精一杯の気持ちを告げる。
 すると、はあーと先ほどより大げさなくらいの溜息が奈夏から吐かれた。

「わかった」
「じゃあ」
「出て行かない、手も出さない、忘れてくれていい」

 腰に手を当て仕方ないと譲歩してくれた。

「ごめん……」
「いいって」

 申し訳なくて謝罪を口にすれば、軽く肩をすくめられた。
 その後は、いつも通りだった。
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