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騎士団の本部にはちょうど昼時より少し前に到着した。
赤茶色のレンガ造りの建物が大きい。
いたる所にトゥーイの着ていたものと同じ詰襟の制服を着ている人間がいた。
少し場違いだなあと思いながらも、まあいいかと建物の入口に近づくと、門前に立っている二人の騎士と目があった。
「どうしました?」
「届け物を持ってきたんですけど」
そばかす顔の騎士に問いかけられて軽く籠を掲げて見せると、そばかすの騎士は愛想よく笑みを浮かべた。
「騎士の身内の方ですか?」
「はい、トゥーイさんに会いたいんですけど」
そこでそばかす騎士はピタリと固まった。
「え?」
「えっと、だからトゥーイさんて方にお昼を届けに来たんですけど」
もう一度繰り返すと、そばかす騎士は目に見えてダラダラと汗を流し出した。
もう一人の方を見れば、こちらはあきらかに顔が引きつっている。
何だろうと思いながらも。
「あの?」
不思議そうに問いかけると、二人の騎士は顔を合わせて困惑気味に目くばせし合い、そばかす騎士がおそるおそる口を開いた。
「トゥーイ・フェスペルテ団長で間違いないですか?」
「その人です」
こくりと頷くと、片方の騎士から小さく嘘だろと聞こえてきた。
何をそんなに驚いているのだと思いながらも、気になったことをニーナにこそこそと囁きかけた。
「団長ってもしかして一番偉い人のこと?」
「はい。騎士団すべてを束ねています」
肯首するニーナにへええと感心していると、騎士二人もこそこそと何やら話し合ったあと。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「留衣だと言えばわかります」
こくりとそばかす騎士が頷き門の中に入って行く。
そして五分もすると帰ってきて。
「お待たせしました。確認が取れましたので、団長の元へ案内いたします」
こちらへどうぞと導かれ、石畳の床とレンガの壁をもの珍しく眺めて歩いていたが、すれ違う騎士や物陰からチラチラと送られる視線に、留衣は何だろうと小首を傾げた。
「こちらです。フェスペルテ団長、お連れしました」
「入れ」
そばかす騎士の呼びかけに、内側から入室の許可がでる。
扉を開けてそばかす騎士が頭を下げた。
留衣を室内に促すと。
「扉の前にいますので、お帰りの際はお声がけください」
留衣とニーナが室内に入ったのを確認して扉を閉めた。
室内は窓の前に大きな執務机が置かれて、本棚や壁のタペストリーが重厚な雰囲気を醸し出している。
執務机から立ち上がったトゥーイが眉をひそめながらも留衣の前までやってきた。
「こんなところまで何の用です」
咎めるような声音にひるみながらも、留衣は勢いよく頭を下げた。
「このあいだはごめんなさい。危ないなんて知らなくて、勝手に部屋の中のものいじって」
留衣の謝罪に対して何も発しないトゥーイに、留衣がおそるおそる頭を上げると。
「それを言いに来たのですか?」
あっけに取られた顔をしてトゥーイは留衣を見下ろしていた。
「いやだって、昨日も別に怒ってたわけじゃなくて謝らなきゃって思ってたのに、謝れなかったから」
眉を下げてもう一度ごめんと謝る留衣に、トゥーイははあとひとつ嘆息した。
「かまいませんよ。あなたが屋敷を掃除してくれていたのを分かっていたのに、直接注意しておかなかった私にも非はありますし」
「じゃあ、仲直り」
にこりと笑って言えば、きょとんとトゥーイは目を丸くした。
そして仕方がないなと言うように、苦笑する。
「ええ、そうですね」
トゥーイが同意したことに、えへへと笑ったあと。
「そうだ、これ」
自信満々に籠を差し出した。
「何ですか?」
思わず受け取ったトゥーイが首を傾げると、編んでいる髪がサラリと肩を滑った。
窓からの陽光に蜂蜜色が光を弾く。
「お昼ご飯」
そこでピタリとトゥーイの動作が止まった。
「朝作れなかったから、何も食べてないだろうと思って持ってきた」
にこにこと上機嫌で、サンドイッチだよと言えば、トゥーイの顔があきらかに引きつった。
「え、何その顔」
「いえ、まさかあなたの手料理を昼食にも食べるとは思ってもみなかったので」
「……だってまともにご飯食べないって聞いたし。迷惑だった?」
「あなたの料理は前衛的すぎるんですよ」
言われてしまえば、むうと唇を尖らせた。
「じゃあいいよ、持って帰る」
籠を返してもらおうと手を差し出したが。
「食べますよ」
トゥーイはそれを執務机の上に置いた。
「無理しなくていいよ」
少しむくれて言ってみる。
けれど、トゥーイはからかうように口元に笑みを浮かべた。
「あなたが来てからずっと食べている料理です。慣れました」
「……なんか嬉しくない」
「喜んでおきなさい」
釈然としない気分だが、食べてくれるのならまあいいかと留衣は頷いておいた。
「じゃあ帰るね」
「ええ、ありがとうございます」
扉を開けて、小さく手を振るとそばかす騎士が驚いた表情で留衣とトゥーイを見比べたあと、ハッと姿勢を正して。
「門までご案内します」
来た時にくぐった門まで道案内してくれた。
余談だが、帰りの道行きでも通路を歩いているあいだ、大勢の騎士達の視線にさらされ留衣は不思議に思ったのだった。
「よし、お届けも終わったし帰ろうか」
「はい」
後ろに控えて歩くニーナを連れて騎士団の本部から出ると、帰り道を歩き出す。
「にしてもトゥーイさんて意外と顔に出るよね」
引きつった顔を思い出す。
理由が留衣の料理なのは嬉しくないが、最初に会ったときよりは親しくなれているのではないかと思う。
軽い足取りで石畳を歩いていると。
「あら」
前方から以前会ったベロニカが歩いてきて、留衣を見て軽く目を見張った。
相変わらずジャラジャラと宝石を付けていて重そうだなと思う。
今日はオレンジのドレスを着ていて、後ろにお仕着せ姿の侍女だろう女性が立っていた。
「ごきげんよう」
「こんにちは」
軽く会釈をして通り過ぎようとしたら。
「あなた、こんなところで何をしていらっしゃるの?この先には騎士団の本部しかないのに」
突然の質問に留衣は何故そんなことを聞かれるのだろうと思いながらも。
「トゥーイさんに昼食を届けに」
「まあ!」
ベロニカは口に手を当てて、驚いて見せた。
そしてきゅっと瞳を細めて、じろりと留衣を見やった。
「あなた、そんなことをしているの?トゥーイ様のお仕事の邪魔をするのはやめてちょうだい」
「邪魔って……」
いきなりの文句にあっけに取られているところで、ふとベロニカの後ろにいる侍女がバスケットを持っていることに気付いた。
そちらに思わず目をやると。
「トゥーイ様への差し入れはこのあたくしがします。あなたは引っ込んでいらっしゃい」
ぱちりと留衣は思わず一度まばたきをした。
「えっと、でもトゥーイさん食べるって言ったし。多分、邪魔はしてないと思うけど」
ベロニカの言い分にぽかんとしながらも言えば、彼女の眉が吊り上がった。
(ひええ)
なかなかに怖い。
ここはさっさと去るべきだと思い、それではとそそくさと立ち去ろうとしたら。
「お待ちなさい」
通りすぎざまに、ぐっと右手を捕まえられた。
「な、なんでしょう」
おそるおそる振り向くと。
「ちょうどよかったわ。あなたと話したいことがあったのよ」
女王然と顎をついと持ち上げたベロニカに、私は話す事ないんだけどなあと思う。
「あなた、出身はどちら?遠方とは聞いたけれどどうやって来たのかしら」
思わぬ質問に眉根を寄せ首を傾げたが、早くおっしゃいと言われてしぶしぶ留衣は口を開いた。
「えぇっと……」
トゥーイが以前会った時に明言していなかったので、言わない方がいいだろうと思い留衣は頭を捻った。
自慢じゃないがごまかしたりするのは得意ではない。
「だいぶ遠くから、なんか適当に……」
かなり酷い返答が口をついて出た。
もちろんそれで納得するわけもなく、ベロニカはさらにキリリと眉を吊り上げる。
「あなた、この世界とは別の場所から来たのでしょう」
はっきりと言い切ったベロニカに、留衣はさっと顔色を変えた。
ここで肯定していいのか悪いのか迷っていると。
「ごまかしは必要なくてよ。あたくしには確信があるのだから」
ベロニカの言葉に、留衣は身をこわばらせながら慎重な目つきで様子を伺った。
彼女は確信に満ちた眼差しを留衣に向けている。
「どうして知ってるの」
「あなたは知らなくてよくてよ。父が会いたがっているわ、いらっしゃい」
人の質問にまったく答えずに、傲慢に言い放つベロニカに留衣は思わず眉を寄せた。
「なんであなたの父親が?」
「あなたを探していたからよ。先日会ったはずよ、教会の教祖であるリタリスト・スマーフェス、あたくしのお父様と」
「教祖って……」
脳裏に浮かんだのは、やたらと興奮して自分に声をかけてきた姿だ。
正直、遠慮したいと思い断ろうと口を開きかけたが。
「来なければトゥーイ様に迷惑がかかるわよ」
ぴくりと思わず留衣の指先が動いた。
「どういうこと?」
「騎士団長の知人が教祖の娘をないがしろにしたなんて知られたら、困るのはトゥーイ様よ」
教会と騎士団は仲が良くないと聞いたが、そのせいだろうか。
どうしたらいいのだろうと思い、ニーナにひそりと留衣は唇を寄せた。
「トゥーイさんが困るって本当?」
「騎士団と教会は今のところ、騎士団の方が立場が下です。任務などで怪我をしたら治療をしてもらわなければならないので」
「なにそれ足元見てるじゃない」
思わず鼻白む。
しかしそれなら騎士団は教会に強くは出れないだろう。
「わかった、行くわ」
しぶしぶ承諾した。
トゥーイに迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「こちらよ」
ベロニカは少し先の路肩に止まっている馬車へと歩き出した。
どうやらトゥーイへの差し入れは今日はやめるらしい。
馬車まで来るとニーナを振り返り。
「使用人は帰りなさい」
ツンとそれだけ言うと、馬車に乗ってしまった。
思わずニーナを見てしまったが、そう言われてしまえば遠慮してもらわなければいけないわけで。
「夕飯の支度までには戻るから」
申し訳なさそうに眉を下げると、ニーナはひとつ頷いて馬車から離れた。
馬車に乗れば、ベロニカの侍女は後から来るのか扉が閉められる。
向かい合わせに座った状態で、留衣はなんとも居心地悪く窓の外に目線をやった。
「あなた、何故トゥーイ様のお傍にいられるの?あの方は誰にも心を許さないのに」
話しかけられてしまえば答えないわけにはいかず、留衣は視線をベロニカに向ける。
相変わらず目つきが怖い。
「なんでって言われても……おばあちゃんのお世話になったからって面倒見てもらってて」
「おばあちゃん?まさかあなた、フミの孫なの?」
急にベロニカが声を荒げた。
「そうです」
思わず敬語で答えてしまうほど剣幕が凄い。
「なんてこと……」
右の親指の爪を唇に当ててぶつぶつと口の中で呟いている姿は正直関わりたくない。
密室なので無理だが。
せめてもう少しマシな空気にしようと思い、留衣はわざとらしく明るい声を出した。
「あなたはトゥーイさんに触れるんですよね」
トゥーイが好きなら彼の話題を振れば不機嫌にはならないだろう。
案の定、ベロニカは勝ち誇ったような笑みを浮かべて留衣を見やった。
これはこれで、何だか嫌だなあと思ってしまう。
「あたくしは特別だもの。魔力が多いのもあるけれど、これよ」
言いながらベロニカは、ドレスの胸元から赤い雫型の石のついたペンダントを出してみせた。
「それ」
「トゥーイ様の魔力食いを食い止めるペンダントよ。あたくしにくださったの」
魔力食いという言い方に若干引っ掛かったが、留衣はそれを見ておやと目をまばたいた。
「私が貰ったやつと同じだ」
「なんですってぇ!」
ぽつりと呟いたら、それを聞きつけたベロニカがカッと目を見開いた。
わなわなと震える姿は、はっきり言って怖い。
「あなたまさか、これと同じものをトゥーイ様にいただいたと言うの」
「ええ、まあ」
曖昧に誤魔化してしまいたいが、ベロニカがそれを許さなかった。
うっかり口を滑らせたことを後悔しても遅い。
ガッと膝の上に置いていた右手を掴まれ、ぐいと顔を近づけられる。
ベロニカの瞳の奥は爛々と燃えていた。
なんなら父親とそっくりだ。
「あの、痛い」
ギリギリと爪が食い込んでいるが、ベロニカは知ったことではないと取り合わない。
「あの方に無理を言って強引に奪ったのでしょう、恥知らず!」
彼女の脳内では大変なことになっているらしい。
(いや、無理矢理奪われるようなタマじゃないでしょ、あの人)
反論するのは怖いので心の中だけにしておいた。
とうとうキリッと親指の爪をベロニカが噛む。
それを見ながら留衣は、マニキュアが剥がれてもいいのだろうかと見当違いな事をぼんやり思っていた。
(そういえばトゥーイさんが面倒な立場って言ってたな)
ベロニカの立場というのは教会のトップの娘なので、強く出れないということだろう。
多分。
「えぇっと、騎士団と仲悪いのならトゥーイさんと仲良くするの大丈夫なの?」
素朴な疑問をぶつけてみたら、ベロニカが先程までの比ではないくらい般若のような顔でギッと睨みつけてきた。
地雷を踏み抜いたかもしれない。
右手の爪もますます食い込んでいる。
「あたくしとあの方の関係にお前が口を挟む権利はなくてよ!」
とうとうお前呼びになってしまった。
ちょうど馬車が止まったので、ベロニカがバシリと留衣の手をはたき落とし外へと降りていく。
それに助かったと思いつつ、迂闊なことは言わないようにしようと留衣も馬車を降りた。
赤茶色のレンガ造りの建物が大きい。
いたる所にトゥーイの着ていたものと同じ詰襟の制服を着ている人間がいた。
少し場違いだなあと思いながらも、まあいいかと建物の入口に近づくと、門前に立っている二人の騎士と目があった。
「どうしました?」
「届け物を持ってきたんですけど」
そばかす顔の騎士に問いかけられて軽く籠を掲げて見せると、そばかすの騎士は愛想よく笑みを浮かべた。
「騎士の身内の方ですか?」
「はい、トゥーイさんに会いたいんですけど」
そこでそばかす騎士はピタリと固まった。
「え?」
「えっと、だからトゥーイさんて方にお昼を届けに来たんですけど」
もう一度繰り返すと、そばかす騎士は目に見えてダラダラと汗を流し出した。
もう一人の方を見れば、こちらはあきらかに顔が引きつっている。
何だろうと思いながらも。
「あの?」
不思議そうに問いかけると、二人の騎士は顔を合わせて困惑気味に目くばせし合い、そばかす騎士がおそるおそる口を開いた。
「トゥーイ・フェスペルテ団長で間違いないですか?」
「その人です」
こくりと頷くと、片方の騎士から小さく嘘だろと聞こえてきた。
何をそんなに驚いているのだと思いながらも、気になったことをニーナにこそこそと囁きかけた。
「団長ってもしかして一番偉い人のこと?」
「はい。騎士団すべてを束ねています」
肯首するニーナにへええと感心していると、騎士二人もこそこそと何やら話し合ったあと。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「留衣だと言えばわかります」
こくりとそばかす騎士が頷き門の中に入って行く。
そして五分もすると帰ってきて。
「お待たせしました。確認が取れましたので、団長の元へ案内いたします」
こちらへどうぞと導かれ、石畳の床とレンガの壁をもの珍しく眺めて歩いていたが、すれ違う騎士や物陰からチラチラと送られる視線に、留衣は何だろうと小首を傾げた。
「こちらです。フェスペルテ団長、お連れしました」
「入れ」
そばかす騎士の呼びかけに、内側から入室の許可がでる。
扉を開けてそばかす騎士が頭を下げた。
留衣を室内に促すと。
「扉の前にいますので、お帰りの際はお声がけください」
留衣とニーナが室内に入ったのを確認して扉を閉めた。
室内は窓の前に大きな執務机が置かれて、本棚や壁のタペストリーが重厚な雰囲気を醸し出している。
執務机から立ち上がったトゥーイが眉をひそめながらも留衣の前までやってきた。
「こんなところまで何の用です」
咎めるような声音にひるみながらも、留衣は勢いよく頭を下げた。
「このあいだはごめんなさい。危ないなんて知らなくて、勝手に部屋の中のものいじって」
留衣の謝罪に対して何も発しないトゥーイに、留衣がおそるおそる頭を上げると。
「それを言いに来たのですか?」
あっけに取られた顔をしてトゥーイは留衣を見下ろしていた。
「いやだって、昨日も別に怒ってたわけじゃなくて謝らなきゃって思ってたのに、謝れなかったから」
眉を下げてもう一度ごめんと謝る留衣に、トゥーイははあとひとつ嘆息した。
「かまいませんよ。あなたが屋敷を掃除してくれていたのを分かっていたのに、直接注意しておかなかった私にも非はありますし」
「じゃあ、仲直り」
にこりと笑って言えば、きょとんとトゥーイは目を丸くした。
そして仕方がないなと言うように、苦笑する。
「ええ、そうですね」
トゥーイが同意したことに、えへへと笑ったあと。
「そうだ、これ」
自信満々に籠を差し出した。
「何ですか?」
思わず受け取ったトゥーイが首を傾げると、編んでいる髪がサラリと肩を滑った。
窓からの陽光に蜂蜜色が光を弾く。
「お昼ご飯」
そこでピタリとトゥーイの動作が止まった。
「朝作れなかったから、何も食べてないだろうと思って持ってきた」
にこにこと上機嫌で、サンドイッチだよと言えば、トゥーイの顔があきらかに引きつった。
「え、何その顔」
「いえ、まさかあなたの手料理を昼食にも食べるとは思ってもみなかったので」
「……だってまともにご飯食べないって聞いたし。迷惑だった?」
「あなたの料理は前衛的すぎるんですよ」
言われてしまえば、むうと唇を尖らせた。
「じゃあいいよ、持って帰る」
籠を返してもらおうと手を差し出したが。
「食べますよ」
トゥーイはそれを執務机の上に置いた。
「無理しなくていいよ」
少しむくれて言ってみる。
けれど、トゥーイはからかうように口元に笑みを浮かべた。
「あなたが来てからずっと食べている料理です。慣れました」
「……なんか嬉しくない」
「喜んでおきなさい」
釈然としない気分だが、食べてくれるのならまあいいかと留衣は頷いておいた。
「じゃあ帰るね」
「ええ、ありがとうございます」
扉を開けて、小さく手を振るとそばかす騎士が驚いた表情で留衣とトゥーイを見比べたあと、ハッと姿勢を正して。
「門までご案内します」
来た時にくぐった門まで道案内してくれた。
余談だが、帰りの道行きでも通路を歩いているあいだ、大勢の騎士達の視線にさらされ留衣は不思議に思ったのだった。
「よし、お届けも終わったし帰ろうか」
「はい」
後ろに控えて歩くニーナを連れて騎士団の本部から出ると、帰り道を歩き出す。
「にしてもトゥーイさんて意外と顔に出るよね」
引きつった顔を思い出す。
理由が留衣の料理なのは嬉しくないが、最初に会ったときよりは親しくなれているのではないかと思う。
軽い足取りで石畳を歩いていると。
「あら」
前方から以前会ったベロニカが歩いてきて、留衣を見て軽く目を見張った。
相変わらずジャラジャラと宝石を付けていて重そうだなと思う。
今日はオレンジのドレスを着ていて、後ろにお仕着せ姿の侍女だろう女性が立っていた。
「ごきげんよう」
「こんにちは」
軽く会釈をして通り過ぎようとしたら。
「あなた、こんなところで何をしていらっしゃるの?この先には騎士団の本部しかないのに」
突然の質問に留衣は何故そんなことを聞かれるのだろうと思いながらも。
「トゥーイさんに昼食を届けに」
「まあ!」
ベロニカは口に手を当てて、驚いて見せた。
そしてきゅっと瞳を細めて、じろりと留衣を見やった。
「あなた、そんなことをしているの?トゥーイ様のお仕事の邪魔をするのはやめてちょうだい」
「邪魔って……」
いきなりの文句にあっけに取られているところで、ふとベロニカの後ろにいる侍女がバスケットを持っていることに気付いた。
そちらに思わず目をやると。
「トゥーイ様への差し入れはこのあたくしがします。あなたは引っ込んでいらっしゃい」
ぱちりと留衣は思わず一度まばたきをした。
「えっと、でもトゥーイさん食べるって言ったし。多分、邪魔はしてないと思うけど」
ベロニカの言い分にぽかんとしながらも言えば、彼女の眉が吊り上がった。
(ひええ)
なかなかに怖い。
ここはさっさと去るべきだと思い、それではとそそくさと立ち去ろうとしたら。
「お待ちなさい」
通りすぎざまに、ぐっと右手を捕まえられた。
「な、なんでしょう」
おそるおそる振り向くと。
「ちょうどよかったわ。あなたと話したいことがあったのよ」
女王然と顎をついと持ち上げたベロニカに、私は話す事ないんだけどなあと思う。
「あなた、出身はどちら?遠方とは聞いたけれどどうやって来たのかしら」
思わぬ質問に眉根を寄せ首を傾げたが、早くおっしゃいと言われてしぶしぶ留衣は口を開いた。
「えぇっと……」
トゥーイが以前会った時に明言していなかったので、言わない方がいいだろうと思い留衣は頭を捻った。
自慢じゃないがごまかしたりするのは得意ではない。
「だいぶ遠くから、なんか適当に……」
かなり酷い返答が口をついて出た。
もちろんそれで納得するわけもなく、ベロニカはさらにキリリと眉を吊り上げる。
「あなた、この世界とは別の場所から来たのでしょう」
はっきりと言い切ったベロニカに、留衣はさっと顔色を変えた。
ここで肯定していいのか悪いのか迷っていると。
「ごまかしは必要なくてよ。あたくしには確信があるのだから」
ベロニカの言葉に、留衣は身をこわばらせながら慎重な目つきで様子を伺った。
彼女は確信に満ちた眼差しを留衣に向けている。
「どうして知ってるの」
「あなたは知らなくてよくてよ。父が会いたがっているわ、いらっしゃい」
人の質問にまったく答えずに、傲慢に言い放つベロニカに留衣は思わず眉を寄せた。
「なんであなたの父親が?」
「あなたを探していたからよ。先日会ったはずよ、教会の教祖であるリタリスト・スマーフェス、あたくしのお父様と」
「教祖って……」
脳裏に浮かんだのは、やたらと興奮して自分に声をかけてきた姿だ。
正直、遠慮したいと思い断ろうと口を開きかけたが。
「来なければトゥーイ様に迷惑がかかるわよ」
ぴくりと思わず留衣の指先が動いた。
「どういうこと?」
「騎士団長の知人が教祖の娘をないがしろにしたなんて知られたら、困るのはトゥーイ様よ」
教会と騎士団は仲が良くないと聞いたが、そのせいだろうか。
どうしたらいいのだろうと思い、ニーナにひそりと留衣は唇を寄せた。
「トゥーイさんが困るって本当?」
「騎士団と教会は今のところ、騎士団の方が立場が下です。任務などで怪我をしたら治療をしてもらわなければならないので」
「なにそれ足元見てるじゃない」
思わず鼻白む。
しかしそれなら騎士団は教会に強くは出れないだろう。
「わかった、行くわ」
しぶしぶ承諾した。
トゥーイに迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「こちらよ」
ベロニカは少し先の路肩に止まっている馬車へと歩き出した。
どうやらトゥーイへの差し入れは今日はやめるらしい。
馬車まで来るとニーナを振り返り。
「使用人は帰りなさい」
ツンとそれだけ言うと、馬車に乗ってしまった。
思わずニーナを見てしまったが、そう言われてしまえば遠慮してもらわなければいけないわけで。
「夕飯の支度までには戻るから」
申し訳なさそうに眉を下げると、ニーナはひとつ頷いて馬車から離れた。
馬車に乗れば、ベロニカの侍女は後から来るのか扉が閉められる。
向かい合わせに座った状態で、留衣はなんとも居心地悪く窓の外に目線をやった。
「あなた、何故トゥーイ様のお傍にいられるの?あの方は誰にも心を許さないのに」
話しかけられてしまえば答えないわけにはいかず、留衣は視線をベロニカに向ける。
相変わらず目つきが怖い。
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「おばあちゃん?まさかあなた、フミの孫なの?」
急にベロニカが声を荒げた。
「そうです」
思わず敬語で答えてしまうほど剣幕が凄い。
「なんてこと……」
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密室なので無理だが。
せめてもう少しマシな空気にしようと思い、留衣はわざとらしく明るい声を出した。
「あなたはトゥーイさんに触れるんですよね」
トゥーイが好きなら彼の話題を振れば不機嫌にはならないだろう。
案の定、ベロニカは勝ち誇ったような笑みを浮かべて留衣を見やった。
これはこれで、何だか嫌だなあと思ってしまう。
「あたくしは特別だもの。魔力が多いのもあるけれど、これよ」
言いながらベロニカは、ドレスの胸元から赤い雫型の石のついたペンダントを出してみせた。
「それ」
「トゥーイ様の魔力食いを食い止めるペンダントよ。あたくしにくださったの」
魔力食いという言い方に若干引っ掛かったが、留衣はそれを見ておやと目をまばたいた。
「私が貰ったやつと同じだ」
「なんですってぇ!」
ぽつりと呟いたら、それを聞きつけたベロニカがカッと目を見開いた。
わなわなと震える姿は、はっきり言って怖い。
「あなたまさか、これと同じものをトゥーイ様にいただいたと言うの」
「ええ、まあ」
曖昧に誤魔化してしまいたいが、ベロニカがそれを許さなかった。
うっかり口を滑らせたことを後悔しても遅い。
ガッと膝の上に置いていた右手を掴まれ、ぐいと顔を近づけられる。
ベロニカの瞳の奥は爛々と燃えていた。
なんなら父親とそっくりだ。
「あの、痛い」
ギリギリと爪が食い込んでいるが、ベロニカは知ったことではないと取り合わない。
「あの方に無理を言って強引に奪ったのでしょう、恥知らず!」
彼女の脳内では大変なことになっているらしい。
(いや、無理矢理奪われるようなタマじゃないでしょ、あの人)
反論するのは怖いので心の中だけにしておいた。
とうとうキリッと親指の爪をベロニカが噛む。
それを見ながら留衣は、マニキュアが剥がれてもいいのだろうかと見当違いな事をぼんやり思っていた。
(そういえばトゥーイさんが面倒な立場って言ってたな)
ベロニカの立場というのは教会のトップの娘なので、強く出れないということだろう。
多分。
「えぇっと、騎士団と仲悪いのならトゥーイさんと仲良くするの大丈夫なの?」
素朴な疑問をぶつけてみたら、ベロニカが先程までの比ではないくらい般若のような顔でギッと睨みつけてきた。
地雷を踏み抜いたかもしれない。
右手の爪もますます食い込んでいる。
「あたくしとあの方の関係にお前が口を挟む権利はなくてよ!」
とうとうお前呼びになってしまった。
ちょうど馬車が止まったので、ベロニカがバシリと留衣の手をはたき落とし外へと降りていく。
それに助かったと思いつつ、迂闊なことは言わないようにしようと留衣も馬車を降りた。
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