異世界召喚されて出会った彼はお触り厳禁でした

やらぎはら響

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 教会は予想した通りに白い建物だった。
 古今東西、宗教の建物は白だとなんとなく思っているのでやっぱりかという感想だ。
 建物は高く、敷地面積も広そうだ。
 ベロニカがなんの躊躇もなく横付けされた、これまた真っ白な両開きの扉の中へ入って行くのでおそるおそるついて行く。
 廊下は焦げ茶色の絨毯が敷かれていて、ふかふかとすることからお金があるんだなあと留衣はなんとなく思った。
 壁には絵画も飾られているし、たまに壺なんかも飾られている。
 宗教団体の建物というより、お金持ちの屋敷のようだ。
 けれど時折りすれ違う人間はみんなローブを着ているので、やはり宗教団体だと思わせる。
 そういえばベロニカは宝石をつけてドレス姿だけれど、彼女はローブは着ないのだろうか。
 聞いたらまた怒らせそうだし、そこまで知りたいわけでもないので懸命な判断で口をつぐんでおいた。
 階段を上がってしばらく廊下を歩くと。
「ここよ、早く入りなさい」
 一室の扉をベロニカが開けて中へ促された。
 おそるおそる入った部屋は、無機質な白い部屋などではなく調度品に溢れた貴族的な部屋だった。
 真ん中に長椅子とテーブル。
 窓際にはティーテーブルと椅子。
 無駄に広い部屋はホテルのスイートルームのようだ。
 金と赤を中心にした色合いのせいでベロニカ同様、成金ぽいというか派手派手しい印象を受けるが。
「座りなさい」
 くいと顎で示されたので、居心地悪く長椅子に腰かけた。
 ベロニカは腕を組んでいて、座る気配はない。
「あの、それで私に何の用なのかな、と」
 おそるおそる口にしたときだ。
 バタンと勢いよく扉が開いた。
 何だろうとそちらへ目をやれば。
「でかしたぞベロニカ!」
 ベロニカの父だという教祖のリタリストが、急いで来たのか軽く息を弾ませて現れた。
 ローブの長い裾をさばいて速足で自分へと近づいてくるリタリストに、思わず留衣は反射的に立ち上がった。
「いいえ、お父様。偶然見つけられることができましたのよ」
 微笑むベロニカの目には、家族愛が見える。
「それでは、あたくしはこれで」
「うむ。褒美だ、何か好きな物を買いなさい」
「まあ、嬉しいわ。ありがとうお父様」
 リタリストが懐から出した小袋をベロニカの手のひらに乗せると、ジャラリと重たい音がした。
 あれはかなりお金が入っているなと思いつつ、ベロニカの華美な服装はこうして出来上がっているのだなと納得する。
 ベロニカがそのまま、そそくさと部屋を後にしてしまい。
(えぇっ置いてくの?)
 内心、悲鳴だ。
 正直再会はしたくなかったし二人きりも遠慮したい。
 しかしリタリストは頬を紅潮させて、興奮を隠しきれない様子で留衣の前まで歩いてきた。
「もう一度会えるなんて嬉しいですね。やはり神は私達の味方だ」
「いえいえ私もう帰るんで!」
 立ったままのことをこれ幸いに扉の方へと踏み出せば、リタリストが行く手を阻んで留衣の前に立ちふさがった。
「あの……」
 チラリと自分の上にあるリタリストの顔を見上げると、そこには柔和な笑みがある。
「お座りください」
「私、帰らないと」
 リタリストの何を考えているのかわからない笑みに、留衣はおずおずと口を開いたが。
「あなたは我々に必要なのです」
 断言されて、留衣はへにゃりと眉を下げた。
「必要って言われても……とりあえず帰らないとトゥーイさんが心配するかもしれないし」
「あんな邪悪の権化の所になど帰らなくてよろしい!」
 ビリリッと、恫喝した声が部屋の窓ガラスを震わせる。
 突然の剣幕に、留衣は肩を跳ねさせ一歩後ずさった。
「あんな忌々しき悪の集団に属し、あまつさえ束ねている罪人などの場所に戻る必要はありません」
「悪って、それに罪人とか何それ」
 留衣は思わずきゅっと手を握りしめた。
「騎士団は町を守ってる人達だし、トゥーイさんを罪人とか言うのやめてよ」
 言い切って口をきゅっと結ぶと、リタリストは少し驚いたように片眉を上げた。
「おや、なかなか気の強いお方のようだ。しかし本当の事を言ったまで。悪人や魔物がはびこるのは、騎士団が悪しき魔法を使い引き寄せているのです」
「そんなの順番の問題じゃない。そういうのが来るから騎士団が守ってるんでしょ。とにかく私は帰りたいの」
 一歩も引かずに自分の主張をするとリタリストは一瞬目を細めた。
 その眼差しがゾッとするほど冷たく、留衣は顎を引いた。
 すぐにまた柔和な笑顔に戻ってしまったが。
「あんな下々のものにまで心を砕くとは、さすがは聖女様」
 耳慣れない言葉に留衣は小さく小首を傾げた。
 長い黒髪がサラリと揺れる。
「聖女?そういえば前も救世主って」
「ええ、あなたは我々教会の救世主です。しかし聖女と呼んだ方がふさわしいかと思いましてね。あなたがあの罪人のところにいたのは予想外でした。本当なら異世界からすぐこちらへお迎えする筈でしたのに」
「え……」
 リタリストの言葉に留衣は一瞬何を言われたのか理解が出来ずに呆然とした。
 彼は今その口で留衣を異世界から連れてきたのだと暗に言ったのだから。
 ぶるぶると体が震えだすのが止まらなかった。
「私をここに連れてきたのはあなたなの……?」
 血の気の引いた顔色で、留衣はなんとか震える手を押さえようと胸の前で両手を組んだ。
 それでも震えなんて止まらなかったが。
「口が滑りましたな。まあいい、落ち着かれるまでゆっくりなさいませ。これからはここで過ごしていただきます」
 リタリストが優位な者が浮かべる圧倒的な余裕さを笑みで見せつけ、扉の方へと踵を返した。
「待って!ここにつれて来たのはどうして?帰る方法は?」
 慌ててその後を追うが。
「教えられませんな」
 取り繕う間もなくリタリストは扉を開けると、肩越しに留衣を見やった。
「戻る方法はありませんので諦めてください。それが神の思し召しです。この部屋は結界を張っておきますので」
 ちらりと左手の中指につけている緑の石が嵌め込まれた指輪を見せつけると、無常にもバタンと扉は閉まってしまった。
 残されたのは静寂と青い顔をして呆然とした留衣だけだ。
 胸の前で組んでいた手をだらりと下ろし、落ち着こうと細く息を吐く。
「こっちに来た原因どう考えてもあいつじゃん。しかも帰る方法無いって本当かな、嘘くさい」
 くしゃくしゃと髪に指を突っ込んでかき回す。
 まっすぐに癖のない髪は、絡まることなくそのままさらりと背中に流れた。
「帰りたいかって言われたら、微妙だけどさ」
 両親とは希薄。
 家は火の車。
 ついでにいえば無理矢理に嫁に出されることが決まり、夜這いまでされた。
 そのことが脳裏をよぎると、本当に帰りたいのかと自問自答してしまう。
「でも、ここにいてもトゥーイさんに迷惑かけるしな」
 はあと大きく溜息だ。
「とりあえずここから出て帰らないと」
 考えるのはあとだと思い、きょろりと部屋を見回した。
 テーブルセットに長椅子にローテーブル。
 あとは壺や絵画。
 そして先ほどリタリストが出て行ったのとは別の扉がある。
 そこから廊下に出られるだろうかと扉を開けたが、そちらは天蓋つきのベッドがあるだけだった。
 寝室らしい部屋にはトイレも風呂もついていて、本気でここに閉じ込めて生活させる気だと気づく。
「冗談じゃない」 
 寝室を出て扉を何度も叩いたがびくともせず、ならばとシーツを使って窓から出ようとしたら窓も開かなかった。
 別に鍵がかかっているわけでもないのにだ。
 まるで見えない壁があるようだ。
「結界ってこういうこと」
 思わずイラッとする。
「魔法ってこんなことも出来るの?あの指輪、もしかして魔道具だったのかな」
 手が駄目なら足はどうだと、はしたなくも扉を何度か蹴りつけたが無意味に終わった。
 窓の外が夕焼け色にいつのまにかなっていることに、留衣は焦燥を感じた。
 トゥーイが気づいて引き取りに来てくれたら嬉しいが、会わせてもらえるとは思えないし。
「そもそも来るかわかんないよね」
 迷惑をかけている自覚はある。
 それにトゥーイやニーナの言っていたことが本当なら、トゥーイはあまり教会に関わりたくないはずだ。
「やっぱ脱出あるのみ」
 こうなったら最終手段だと、テーブルセットの華奢な彫刻をされた椅子を両手で掴んだ。
 扉の前まで引きずっていき、背もたれ部分を両手で掴み直すと。
「弁償しろとか言われませんように」
 えいやと持ち上げた。
 振りかぶろうとした時だ。
 コンコン、と窓の方から音がした。
 なんだと思って振り向くと。
「勇ましいですね」
 窓の向こうにトゥーイがいた。
「トゥーイさん、なんでそんなとこに!」
 あわわと椅子を慌てて下ろし、窓辺へと駆け寄った。
 ついでに蹴りを入れたりして乱れていたスカートをささっと整える。
「どうせ正面切っては会えないだろうから、木をつたってお邪魔したんですよ」
 意外とワイルドだ。
 そして不法侵入だった。
「迎えにきてくれたの?」
「まあ、そうですね」
「ありがとう!」
 迎えにくるとは思っていなかったので、留衣は満面な笑みを浮かべた。
 トゥーイは少し顎を引いてじっと見つめてきたが、留衣が首を傾げると何でもないと右手を上げた。
「帰りますよ」
「でも結界が張ってあるらしくて、窓開かないんだ」
「でしょうね。魔法を継続して使い続けるのは骨が折れるので、魔道具で結界を張ってあるはずです」
 トゥーイの言葉に留衣はこくりと頷いた。
「あの教祖が緑色の石がついた指輪を見せつけてきた」
「おそらくそれですね。石を壊さないと、結界は破れません」
「そんなあ」
 思わずへろりと眉をへたれさせる。
「最後まで話は聞きなさい。結界に魔力を流し込んで暴発させます。魔道具の石が割れるのですぐに気づかれるでしょうから、手早く逃げますよ」
「そんなこと出来るんだ!わかった」
 トゥーイに窓から離れるように言われ、距離を取る。
 それを確認すると、トゥーイは窓の真ん中に手袋をしている右の手の平をぺたりとガラスに付けた。
 ドキドキしながら見守っていると、トゥーイの手元に青白く光りが集まり出し、バチバチと電気が走っているような音が響き渡る。
 空気が圧縮されていくような感覚にごくりとかたずを飲んでトゥーイを見やるが、彼はいつもの綺麗な顔を崩していない。
 なんのためらいもなく一度手の平をグッと押すと、バチィンと一層大きく音が響いて光は消えた。
「ほら、帰りますよ」
 後には静寂が戻り、夕暮れからすっかり夜闇に変わっている。
 あんなに何をしても開かなかった窓を難なく開けられて促され、留衣はぽかんと呆気に取られていた。
 口も開いてしまっているので、まぬけな顔だった。
「すっごい!本当に魔法使えるんだね」
「当たり前です。ほら、来なさい、降りれますか?」
 木をつたってここまで来たらしいトゥーイが目線で促すと、留衣は窓から身を乗り出し下に続く木の幹を見下ろした。
「大丈夫。高いところも平気だから」
 頷いて勇ましく窓枠に足をかけて出ようとしたとき、バタンと部屋の扉が勢いよく開いた。
「聖女様!」
 白いローブを着ている男が数人、入り口から入ってくる。
「ひえ、やばい」
 慌てて窓枠に乗り上げると。
「聖女を攫う不届きものめ!」
 ゴウッとなんの前触れも無しに、矢の形をした光の塊が男達の手から放たれた。
 「教会って攻撃していいわけっ?」
トゥーイが右手を上げて青白い障壁を作り、その矢を弾き飛ばす。
 それにホッとして窓から木へと伝い、トゥーイの邪魔にならないように手早く木の根本まで降りた。
 運動神経が悪くなくてよかったと思う。
 トゥーイが攻撃を防ぎながら留衣の元まであと少しで降りてくるので、安堵していると。
「馬鹿っ何してる!」
 男の一人が声を上げた。
先ほどよりも大きな矢が、トゥーイではなく留衣の方へと向かっていた。
 思わず固まってしまった留衣だったが、トゥーイが木の幹を蹴って無理矢理な姿勢で留衣の腕を引く。
 ギリギリのところで自分を逸れた光りの矢にゾッとしながら、トゥーイ超しに上を見上げると、窓から身を乗り出した男がもう一度こちらに矢を放った。
 次の的は留衣ではない。
 不自然な体制で地面に着地したトゥーイだ。
 思わずトゥーイの体を体当たりして、矢の軌道上から押し出そうとした。
 けれどそのまま自分がトゥーイを庇って矢の先に飛び出してしまい、自分に向かってくる矢に留衣は目を見開いた。
 事故にあったりするときとは、こういう感じなのかもしれない。
 危ないとわかってて見えてもいるのに、体が動けない。
 目も逸らせず痛みがくるのに身構えた。
 けれど痛みは留衣を襲わなかった。
「あっぐぅ」
 自分の顔にぱしゃりと温かいものが飛び散った。
 何だろうと思ったのと同時に、視界が蜂蜜色と赤に染まる。
 そして、目の前の蜂蜜色のあいだから見える、歪んだ白皙の美貌。
「トゥーイさん!」
 留衣が庇おうとした瞬間、身をひねって逆に留衣を庇ったトゥーイの右肩を光の矢が貫いたのだ。
 がくりとその場に片膝をついたトゥーイの右肩は血に濡れていて、長い蜂蜜色の髪も赤く染まっていく。
 自分の顔にかかったものがトゥーイの血だと気づいた留衣は、慌ててトゥーイに手を伸ばしたが。
 すいと体を引いて、右肩を押さえたトゥーイが茂みに向かって声を上げた。
「引きますよ」
 トゥーイの声に反応してガサリと茂みから現れたのはニーナだった。
「トゥーイさん怪我が!」
「長居は無用です」
 ニーナに体を支えられながら立ち上がると、トゥーイは怪我人とは思えない素早さで敷地の外へと向かって行く。
 教会の建物の方では騒ぎが大きくなっているようで、騒々しい。
 その喧噪から逃れるように身を隠しながら敷地を出てしばらく行くと、人目のつかない場所に馬車が用意されていた。
 ニーナがトゥーイを馬車に乗せ、心配で真っ青になって付いてきていた留衣も馬車に乗せる。
 自分は御者台に座ると、ニーナは馬車を走らせ出した。
 馬車の中で揺れを感じながら、留衣は顔色がどんどん悪くなるトゥーイに。
「ねえ、教会に戻ろう。戻って怪我を治してもらおうよ」
 泣きそうな顔で懇願したが。
「馬鹿ですか、あなたは」
 右肩を抑える左手も真っ赤に染めながら、トゥーイに一蹴された。
「だって!あ、止血、ハンカチ」
 慌ててポケットから白いハンカチを取り出しトゥーイの右肩に触れようとしたが、それよりも先に馬車が止まった。
 そしてニーナの着きましたと言う声に、トゥーイはさっさと馬車を降りてしまう。
 慌てて後を追いかけると、玄関ホールに入ったところでトゥーイが片膝をついた。
 呼吸も荒く、肩で息をしている。
 血が足りないのだろう。
 もともと白い肌が、紙のようになっている。
「トゥーイさん!」
「触るな!」
 手を伸ばした留衣に、トゥーイの恫喝する声が響いた。
 びくりと伸ばしかけた手が止まる。
「手当てはニーナがします。絶対に、触らないでください」
 硬質な声に、留衣は泣きたくなった。
 自分が下手に動いたから、結局トゥーイが留衣を庇って怪我をしたのだ。
 ニーナがトゥーイの左手を自分の肩に回して立ち上がる。
「あとはお任せください」
 淡々と告げられた言葉と、青白い顔のなか鳶色の瞳が完全なる拒絶をしていて、留衣は小さく頷くしか出来なかった。
 誰もいなくなった玄関ホールに立ち尽くす。
 床にはトゥーイが片膝をついた場所に血が落ちた跡が残っている。
 自分のせいなのに、傷の手当ても出来ない。
 情けなくて滲んでくる涙を、留衣は乱暴に拭った。
 その夜はトゥーイが心配だったが、ニーナに手当ても終わり落ち着いていると言われ、もう休んでいると言われてしまえば部屋に行くのもはばられて、留衣は自室に戻った。
 ベッドに横になっても、何度もトゥーイが肩を貫かれる光景が目の裏によみがえり、結局まともに眠れなかった。
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