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僕のぬくもり
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地上の光が届かない礼拝堂の地下は、いつも夜だった。祈りの声だけが石畳の奥を這い、天井の油灯が湿った息を吐く。苔の匂いと鉄の味が混じる空気の中、僕は歩いていた。
階段を降り切ると、そこには冷たい空間があった。滴る水音、燻った油の匂い、祈りを模した床の文様。神の光が届かない場所こそ、罪を清めるのにふさわしいと改めて感じる。
中央に、鎖に繋がれた男がいた。
裸足で、膝をつき、祈りの姿勢をとっている。
男の名はザイードと言った。異端の徒であり、炎の咎人であると法学者達は語る。
黒く焼けた髪は肩で途切れ、蒼炎を孕む瞳は闇の中で奇妙に揺れていた。まるで今にも燃え尽きそうな焚火のように、命の残滓がそこに宿っていた。
僕は彼の前に立ち、息を整える。
この場所の冷気は、いつだって骨の芯にまで届く。だが、それが清めの証だ。
「貴様の罪を数えよ」
そう告げて、僕は掌を彼に向ける。
指先から滲むように白い息が溢れ、冷気が広がった。床に霜の花が咲き、幾何学文様を描いていく。それは礼拝の模様にも似ていた。
氷が音を立てて、男の足元を這い上がる。くるぶし、脛、腰、肩。ゆっくりと凍らせていく。凍傷は痛みではなく、静寂を与える儀式である。そう、語る法学者達の言葉が反芻する。
彼を凍らせるのに比例して、僕の唇も青く震え始めていた。寒さが肺を締め付け、吐く息が氷の粒となって落ちる。
けれど、それもまた信仰の証だ。
僕は祈るように言葉を繋げた。
「罪を答えよ。さもなくば、貴様を殺す」
ザイードは顔を上げ、口の端をわずかに吊り上げた。
「殺す、ねえ……」
掠れた声が、笑いに変わる。
「お前の方が死にそうだ」
僕は反応しなかった。
視線ひとつ動かさず、氷の層を増やしていく。その白い冷気が、まるで祈りそのもののように静かに脈打つ。
だが、男の笑みは消えない。
「なあ。お前、本気で信じてんのか?」
「……」
「神を信じれば救われると、本気で思ってんのか?」
「黙れ」
瞬間、僕の周囲の空気がさらに冷たくなった。氷の針が地面を突き、音を立てて伸びていく。空気中の水分が白く濁り、呼吸すら凍る。
男の頬に霜が降りた。唇の端が白く凍りつく。それでも彼は笑っていた。
「いいねえ。寒さは嫌いじゃない」
挑発するような彼の言葉に、頭に血が上る。
氷を、さらに這い上がらせる。足元から肩、そして首筋へ。白が広がるたび、僕の指先は感覚を失っていった。冷たさが、信仰の代償のように僕の体を蝕んでいく。
それでも、止めなかった。冷気は神の御手。僕の命など、道具のひとつにすぎない。
「貴様の罪を答えよ。目的は何だ」
ザイードの唇が微かに動いた。
「……神を殺すこと」
氷の針が彼の肩を貫いた。けれど彼は呻きもしなかった。その眼差しは、なお蒼く燃えていた。
僕は、ほんの一瞬だけ、息を飲んだ。それが寒さのせいか、違う理由なのか、自分でも分からなかった。
氷の花が、静かに散った。
この日も、地下には闇が降りていた。ここには昼も夜もなく、時間の代わりに油灯の炎が息をしている。その灯りがゆらめくたび、冷たい石壁がわずかに光り、空気の中に鉄と湿気の匂いが満ちていた。
僕は長い階段を降りながら、法学者達の言葉を思い出していた。
「異端者を尋問せよ」
「反政府組織〈アルミナ〉の居所を探り出せ」
「異端者は一匹残らず駆逐しなければならないのだ」
彼らの命令は、いつだって祈りのように整然としている。僕はその通りに動く。それが、神に仕える者の務めだから。
牢の前で足を止める。鉄格子の向こうは、夜よりも暗かった。油灯が一つ、壁に掛けられている。煙が滞り、光はゆらめきながら空間を漂っている。
その中央に、男がいた。
いつもと同じ、鎖で繋がれ、膝を折り、祈りの姿勢のまま俯いている。焦げた髪の間から覗く蒼炎の瞳だけが、灯の反射を受けて鈍く光った。
「顔を上げよ」
低く命じると、男はゆっくり顔を上げた。その動作ひとつで、鎖が擦れる音が静寂を引き裂く。
「貴様の仲間はどこにいる」
「……」
「答えよ」
沈黙が、氷のように広がる。彼の唇がわずかに動くが、言葉にはならない。
僕は手をかざし、冷気を走らせた。足元の床石が白く変わり、霜の線が幾何学を描いていく。
「さもなくば、貴様を殺す」
男は息を吐き、笑うような声を漏らした。
「昨日と同じだぜ。ガキに拷問は早いんじゃねえのか」
その言葉が、冷気よりも不快に胸を刺した。僕は呼吸を乱さず、氷を進めた。床から伸びた冷気が鎖を伝い、男の両腕を覆っていく。
「仲間はどこだ」
「さあな」
「誰が命じた」
「誰も。俺はただ神を殺すだけだ」
言葉の端に熱を感じる。それは怒りを超えた、一種の執念のような狂気を孕んだ声色だった。
僕はさらに冷気を強めた。氷が男の胸元まで這い上がり、衣の端を掠めた。布が硬直し、裂ける音がした。
――その下に、何かがあった。
灯の光が揺れ、彼の肌に刻まれた模様が浮かび上がる。焼け焦げた皮膚に、円と直線が絡み合っている。それは単なる傷跡ではなかった。
祈りの壁に描かれる文様。神の象徴。
礼拝堂に刻まれたものと、まったく同じ形。
息が詰まった。それが冷気のせいなのか、それとも別の何かのせいなのか、自分でも分からなかった。
神の印は、人に刻まれるものではない。
それは神の創造のありのままの象徴であり、祈る者が地に伏して仰ぐためのものだ。
「……これは、なに」
僕の声は、思っていたよりも掠れていた。
男は、ゆっくりと顔を上げる。焦げた頬にかすかな笑みが浮かんだ。
「知らなかったのか」
「答えよ! これは、一体――」
「人間に光を宿すのさ。俺を、神に、するんだ」
「――!」
氷の針が床を貫いた。結晶が音を立て、空気が震える。だが、その言葉の残響だけが、なお耳の奥に残っていた。
男の瞳がゆっくりと僕を見た。その蒼が、氷と炎の境界のように淡く揺れる。
「どうした。見慣れた印だろう」
その言葉で、胸の奥が冷たく裂けた。理屈ではなく、体が反応した。まるで凍った心臓の奥を、針で突かれたような痛み。
僕は無言で掌をかざし、印の上に氷を重ねた。表面が光を失い、白く覆われていく。それが見えなくなっていくたびに、なぜか胸の奥が、強く締めつけられていった。
「祈れ。貴様の息が尽きるまで、神の名を呼び続けろ」
低く命じる声が、自分のものではないように聞こえた。
男は動かない。ただ、笑みとも溜息ともつかない吐息を漏らした。
僕は背を向けた。
鉄格子を閉める音が、地下の静寂に吸い込まれていく。扉の向こうに出たとき、ようやく息を吐いた。冷たい空気を吸っているのに、胸の奥は熱を帯びていた。まるで、知らぬうちに、自分まで焼かれているようだった。
***
その夜、祈りの声が途絶え、聖都が静寂に沈んだ頃、僕は、誰にも告げずに礼拝堂の階段を降りていた。
油灯の明かりは遠く、足音ひとつが壁に反響して何度も返ってくる。冷たい石段を踏むたび、靴底の下から「戻れ」と囁くような音がした。
資料庫は、地下礼拝堂のさらに奥にある。
鍵は、僕を寵愛する法学者の部屋から盗んだ。彼からの寵愛を受けることは、神に愛されると同義であると話す法学者達の声が、今は欺瞞に満ちている。
指先で触れるだけで、鉄の冷たさが皮膚を切るようだった。鍵穴の音がやけに大きく響く。扉が開いた瞬間、閉じ込められていた空気が、溜息のように僕の顔を撫でた。
中は暗く、乾いた匂いがした。紙、革、そして古い血のようなにおい。油灯を灯すと、淡い橙が書架の列を浮かび上がらせる。
長い影が壁に伸び、それがまるで、眠る蛇がゆっくりと目を覚ますように見えた。
――やめろ。
心のどこかで、声が響く。しかし、手は止まらなかった。僕は本棚を探り、背表紙を確認していく。
『寄進財目録』『信徒奉仕録』『施物記録帳』。
どれも関係のない記録ばかりだった。それでも探さずにはいられなかった。あの印の意味を、知らずにいられなかった。
一冊、また一冊。指先に紙の繊維が擦れ、爪に埃が溜まる。どの背表紙にも、知っている言葉しかない。
段々と、息が荒くなっていく。一体、何を探しているのか、自分でも分からないほどだった。
そして、最奥の棚の上段。厚く埃をかぶった一冊が、指先に触れた。
革装丁、焼け焦げた背表紙に、見覚えのある文様。
僕はそれを引き抜いた。軽い音を立てて、埃が宙に舞う。表紙を開いた瞬間、心臓が一拍、大きく跳ねる。
『人体適合実験』
その六文字が、真っ黒なインクで刻まれていた。
視界の端で、油灯の火が揺れる。炎が息を呑むように細くなり、部屋全体がわずかに震えた。
ページをめくる。
『光の適合度』『祈りの強度と肉体反応』『神性変質』
知らない言葉のはずなのに、意味がわかってしまう。
文字を追うごとに、体の温度が下がっていく。背中に伝う汗が、やけに冷たい。
ページをめくり続ける。
そのページには、図が描かれていた。人体の中央に、円と線で構成された幾何学。光を象るようなその模様。
僕は息を止めた。
見覚えがあった。
その文様は、ザイードの肩に刻まれていた、あの焼印と同じ形。
指先が震えた。思わず本を閉じようとしたが、腕が動かない。胸が締め付けられる。
「そんなはずが……」
声が掠れた。息がうまく入らない。僕は後退る。
書架が音を立てて軋む。灯の光が乱れ、影が壁を這う。その影がまるでわらっているように見えた。
「神の光を……人に……」
自分の口から出たその言葉が、ひどく遠く聞こえた。
否定したかった。否定しなければ、僕が崩れる。けれど、目が離せなかった。
指先で触れたインクの跡が、熱を持っているようで、触れた瞬間、皮膚が焼けるような痛みを感じる。
恐怖でもなく、罪悪でもなく、ただ、初めて、未知という感情を知った。
僕は本を閉じ、胸に抱いた。心臓が暴れる。その鼓動がやけに大きく響く。
神の名を唱えようとしたが、声が出なかった。
そして、その沈黙こそが、僕の中に、疑いという名の最初の熱を生んでいたことに気が付く。
灯の火が、ふっと消えた。闇の中で、まだ本の焼けたような不快な匂いだけが残っていた。
***
翌朝、地下の空気は昨日よりもさらに重く冷えていた。油灯が揺らめき、天井の光が濁る。
僕は再び、あの牢へ降りた。
昨夜、あの記録を読んでから、眠れなかった。祈ろうとしても、言葉が喉の奥で砕けた。唇を動かしても、神の名は出てこなかった。
だから、確かめに来た。目の前の男、この異端者が、嘘をついているのかどうか。
鉄格子を開ける音が、やけに大きく響いた。彼は、未だに鎖に繋がれたまま、俯いている。蒼い瞳が、光を拒むように伏せられていた。焼け爛れた身体が、冷えた空気の中で微かに震える。
「貴様に刻まれた文様は何だ」
僕の声は、思ったよりも荒く出た。
彼は顔を上げ、薄く笑った。
「何か見たのか」
「答えろ」
声が震えた。冷気を帯びた空気が肺を刺す。なのに、胸の内側は灼けるように熱かった。
「さあな」
男は鎖を鳴らし、肩をすくめた。
「好きにしろよ。奴らのように、嬲るなりなんなりと」
「ふざけるな!」
「……お前、本気で知らねぇのか?」
彼の声に、わずかな哀れみが混じった。
「――人間に、光を宿すのさ。要するに、神をつくるんだ。人間を器にして。俺は、その失敗作ってこと」
僕は息を呑んだ。
言葉の意味が理解できない。理解できないのに、心臓が嫌に早く打つ。
「嘘だ。神が……そのようなことを許すはずがない」
男は小さく笑った。
「許す? 笑えるな。神なんて、存在しない。人が、神に、されるんだよ」
「黙れ!」
氷の刃が僕の手のひらに形を成した。空気が一瞬、泣くような音を立てて凍る。それを振り下ろした瞬間、金属の鎖が軋み、蒼い閃光が走った。
氷の刃が、彼の胸を深く、裂いた。鮮血が床に落ち、冷たい石畳を汚した。
「っは……」
彼は息を漏らし、笑った。
「お前の、大好きな法学者共はな、俺の、焼けた肉の匂いを嗅いで、笑ってたよ」
笑い声が、氷を裂くように響いた。
僕の呼吸が止まり、胸の奥に何かが落ちる。
そんなことはない。そう信じたかった。法学者達は、皆、優しかった。僕を育み、愛し、生きる価値を与えてくれた。神の愛を教えてくれた。夜、体温が下がり続け、眠れない僕を抱きしめ、祈りを唱えてくれた。あの温もりを、僕は今でも覚えている。
「あなたは神の子なのですよ。光に選ばれた、尊き存在なのです」
優しい声。微笑む顔。僕はその言葉を信じて、生きてきた。信じることでしか、ここに居られなかった。
なのに、彼の言葉が、その記憶を汚していく。あの笑顔の裏で、同じように誰かを焼いていたのかもしれない。その炎の色は、神の光と呼ばれていたのかもしれない。
「……やめろ」
僕の声は震えていた。自分の声とは思えないほど、か細く、震えていた。
「どうした。ガキには少し、刺激が強すぎたか」
「黙れ!」
もう一度、氷を放つ。だが、刃は途中で砕け散った。
僕の手が震えていた。寒さのせいではない。自分でもわからない震えだった。
男は肩で息をしながら、薄く笑った。
氷の粒が床に散り、血の上で静かに溶けた。水と血が混ざり合い、冷たい小さな湖を作る。
視界の端で、油灯が揺れた。壁の影が伸び、僕の形を飲み込む。
その影の中で、僕は初めて神の沈黙を知った。
***
香の匂いがする。
彼の部屋は、昼よりも明るい。金の灯が壁を照らし、絨毯の上には祈りの跡が幾重にも重なっている。
彼はいつも、穏やかに笑って、僕を呼ぶ。
「おいで」
その声は祈りと同じ調子で、昼間よりも柔らかかった。
肌を晒されるたび、布の擦れる音がやけに大きく響いた。香油の甘い香りが空気に溶ける。
彼の指が背をなぞる。
それは彼からの無償の愛であり、神に愛されるための儀式でもあった。
目を閉じ、祈りを捧げても、神の御声が聞こえない。そこにあったのは沈黙だけだった。
夜が終わるころ、彼が僕の頬に触れ、囁いた。
「――もう、地下には降りなくて良い」
僕は何も言わなかった。言えなかった。
その声音には、優しさと同じくらいの恐れがあり、底知れぬ恐怖のようなものを肌で感じる。
「異端者は穢れだ。お前のような子は、触れてはならない」
彼は微笑みながら言ったが、その微笑の裏に、何かが潜んでいた。言葉の奥にあるのは、祈りではない。
秘匿。
何かを必死に隠そうとする、危うさだった。
僕は静かに頷いた。それが正しい返事だと分かっていた。けれど、心の奥で何かがざらついていた。
あの男の声が蘇る。
鎖の音。焦げた匂い。蒼い瞳の残像。忘れようとしても、思考の隙間から滲み出してくる。
その夜、祈りの言葉は喉の奥で凍った。唱えようとしても、声にならなかった。
冷たい空気を吸い込む。
礼拝堂の外には、風が吹いていた。砂を含んだ夜風が頬を掠め、どこか遠くの鐘の音を運んでくる。
彼は穏やかな寝息を立て、静かに眠っている。
部屋の壁には、複数の鍵が掛けられていて、そのうちの一つが夜闇に光っている。
禁じられた。知ることを。それでも、足が動いた。鍵を取る指先が震える。それは恐怖ではなく、何かにあてられた情熱に似ていた。
確かめなければ、祈れない。祈らなければ、生きられない。
一歩、一歩と踏み出すたびに、空気が重くなる。神の光が届かぬその場所に、僕の心が引かれていた。まるで、そこにしか、真実の光がないと知っていたかのように。
***
地下へ続く階段を降りるたび、空気が変わっていった。
いつもであれば、息を吸えば肺が凍るほどに冷たいはずのこの場所が、今夜は妙に熱を孕んでいた。
息が重くなり、喉が渇く。冷気の世界で生きてきた僕にとって、それは異常そのものだった。
一段降りるごとに、熱は高まり、まるで世界を焼き尽くそうとしているようだった。油灯の火が共鳴するように強まり、焦げた香油の匂いが漂っていた。
地下の空気に熱が混じるなど、ありえないことだが、その熱には覚えがあった。
あの男の、蒼い炎。
牢の扉を開けた瞬間、熱が顔を叩いた。空気が膨張し、蒼い炎が揺れている。
鉄格子の向こうでは、男が倒れていた。
いつものように膝をついてはいない。鎖が弛み、両腕がだらりと伸び、指先が痙攣している。焼け焦げた皮膚が汗に濡れ、熱気が立ちのぼる。
まるで牢そのものが燃えているようで、息ができない。
僕は、ゆっくりと足を踏み入れた。
冷気を放とうと意識するが、空気が熱に負ける。掌の感覚が鈍くなり、喉の奥が痛い。
それでも、歩みを止められなかった。
あの鎖の音の向こうに、まだ命の気配があった。
近づくと、男の胸が微かに上下しているのが見えた。熱に歪む空気の中で、その動きは幻のように儚い。唇がわずかに開き、かすれた声が漏れた。
「……そろそろ……かもな」
その言葉が空気の中で溶け、耳に届く頃には、もう息と見分けがつかなくなっていた。
僕は彼のもとへと行き、膝をついた。焼ける床の上で、冷気を失った手を伸ばす。指先が彼の肌に触れた瞬間、痛みが走った。
皮膚が焼ける。
それでも、離せなかった。掌に力を込めると、冷気が滲み出し、白い霧が立ち昇る。空気が凍り、油灯の炎が揺らいだ。霜が音もなく広がり、男の肩を覆っていく。熱が静まり、焦げた匂いが薄れていくと、彼の呼吸が、浅く、静かに整っていく。
時が止まったように、氷が床に滴り落ちる音だけが響く。冷と熱とが触れ合い、互いを侵しながら形を失っていく。
それは、神への儀式でも祈りでもなかった。ただの、人のためだった。
僕の指先が震える。
冷たいはずの手が、微かに温かい。その温度が、皮膚から骨へ、そして胸の奥へと伝わっていく。まるで、彼の命が僕の中へ流れ込んでくるようだった。
息を吸うたびに、喉の奥が熱くなり、涙のような痛みが広がる。罪の意識が、刃の形をして心を刺す。
それでも、僕は、手を離せなかった。
やがて、彼の唇が動いた。声にならない息の中で、かすかに言葉が生まれる。
「……あたたかい」
その響きが、僕の胸の奥に深く、静かに沈んでいく。彼の呼吸が落ち着き、熱がゆるやかに消えていく。
僕は、自分の手を見つめた。その指先には、霜の代わりに、薄い赤みが残っていた。焼けた痛みと、微かな温度。
神の光ではない。人のあたたかさだった。
そのぬくもりは、恐ろしいほどに優しく、神よりもずっと近くにある温度だった。
冷たい空気が再び満ちていく中で、僕は初めて、人のあたたかさを知った。
***
朝の祈りの鐘が鳴る頃、聖都の空はまだ薄く青く、冷気が残っていた。礼拝堂の回廊を歩くと、石壁に染みついた香の匂いが、夜の名残のように漂っていた。
いつも通りの朝。そのはずだった。けれど、その静けさの奥に、何かがひずんでいるのを、僕は肌で感じ取っていた。
息を吸っても、空気が少し重い。光が濁って見える。まるで、この街全体が、何かを言い出せずにいるような気配。
祈りを終え、額を上げた瞬間、法学者のひとりが僕を呼び止めた。
彼はゆるやかに笑っていた。その笑みは、見慣れたものだった。慈愛の形をした支配の面。何度も何度も見てきた、あの柔らかな仮面。
「おいで」
そう言われた瞬間、背筋がかすかに強張った。声の温度が、空気の冷たさに似ていた。
「お前に、知らせておかねばならぬことがある」
胸の奥で、何かがゆっくりと沈む。言葉はまだ続いていないのに、もう理解してしまっていた。
彼の唇が動く。音が遠い。
「異端の男は、今夜、処刑される」
瞬間、視界の縁が白く滲む。吐いた息がうまく外に出ていかない。心臓が、痛いほど静かに打っていた。
「昨夜、お前が地下へ降りたことは、知っている」
彼は静かに言った。
「責めているわけではないよ。お前は、まだ子供なのだから、好奇心をくすぐられるのは仕方がないね。でも、私達は、お前を思って言っているのだよ」
その声は優しく、あたたかな掌のように僕を包み込んでくる。
「今夜の儀は、清めだ。あの男は、罪を抱えて生まれ、炎を宿して死ぬ。それが世の理なのだよ。お前は、ただ見届ければいい」
その言葉がどこか遠くで繰り返されている。彼の声が、祭壇の奥で反響するように聞こえる。
僕は頷こうとしたけれど、首が動かない。何かが、喉の奥に詰まっているようで、声が出なかった。
「お前は選ばれた人間なのだから。心を乱してはいけないよ」
乱してはいけない。
その言葉が胸の中で何度もこだまする。静かな声なのに、鋭い刃のようだった。
祈りを装った命令。
愛を語る拘束。
そのとき、なぜか、昨夜のことがよみがえった。冷たい空気の中で、確かに感じたあのぬくもり。僕の掌に残った温度。熱に焦がれ、命を燃やそうとした彼の声。
「……あたたかい」
まるでその言葉だけが、今も胸の奥で燃え続けているようだった。
法学者の口が、まだ何かを語っている。世の理だとか、清めの儀だとか、祈りだとか。
だが、もう何も耳に入らなかった。
目の前の景色が遠ざかっていく。白い光が、視界の隙間からこぼれ落ちる。心臓の鼓動が早まる。胸が熱い。
気がつけば、足が動いていた。
彼の声が、遠くで揺れている。
「どこへ行く。戻りなさい!」
それでも歩みは止まらなかった。冷たいはずの空気が、妙に熱を帯びていて、地下の方角を見た瞬間、身体の奥から何かがはじけた。
行かなければ。
その言葉だけが、はっきりと浮かんだ。神の声ではない。けれど、それは確かに、僕の心の底から聞こえてきた。
僕は振り返らなかった。ただ、歩みを進めていく。朝の光が背中に当たり、その冷たさが胸を突く。視線の先には、いつもの地下へとつながる階段がある。
神の影が支配する世界。その闇へ向かって、僕は足を踏み出した。
階段を降りるたびに、空気の質が変わっていった。上の世界の冷たい空気が、ひとつ、またひとつ、背後へと遠ざかっていく。代わりに、湿った空気が肺に満ち、鉄の味が舌の奥に染みた。いつもより熱いそれが、彼の命を燃やす熱であると分かった。
地下は静かだった。油灯は消えていたけれど、暗闇の中に、青く淡い光が漂っていた。
その光は、炎ではなかった。
まるで、死にかけた星が最後に放つ残光のように、儚く揺れていた。
足を踏み入れた瞬間、熱が頬を撫でた。冷たくあるはずの空間が、まるで息をしているように生温かい。胸が痛いほど脈打つ。祈りを捧げるために生きてきたこの身体が、今はまるで異物のように重い。
鉄格子の向こうで、男が倒れていた。鎖が緩み、彼の身体は床に崩れ落ちている。焦げた皮膚の下で、まだ小さく光が蠢いている。それは命の残り火。死の直前の、最も静かな輝きだった。
「……まだ、生きている」
声に出した自分の言葉が、やけに遠く聞こえた。彼は反応しなかった。ただ、浅い呼吸を繰り返している。焼けた胸の奥から、微かな音がした。それが鼓動なのか、炎の名残なのか、僕には分からなかった。
その時、背後で衣擦れの音がした。振り返ると、法学者達が階段の影に立っていた。
誰も声を荒げなかった。彼らは、いつも通りだった。穏やかで、微笑んでいて、まるで祈りを捧げているかのような顔だった。
「おいで」
一人が言った。その声は、あの夜に囁かれた声と同じ響きをしていた。柔らかく、暖かく、まるで逃げ場を奪うかのように優しかった。
「お前は選ばれた人間なのだよ。そこにいてはいけない。戻っておいで」
その瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
戻っておいで。その言葉が、どれほど恐ろしい意味を持つかを、僕はもう知ってしまっていた。
あの夜の優しさが、支配の形であったことを。あの手の温もりが、僕という存在を道具に変えていったことを。
彼らの笑みが、闇の中でゆらめく。僕の名を呼ぶ声が、まるで祈りの旋律のように響く。身体が硬直して、動けなくなる。
そのとき、視界の端で、男がわずかに動いた。
唇が、かすかに震え、息のような声で、言葉が零れた。
「……生きろ」
それだけだった。だが、その声が、世界を変えた。音が消え、空気が震えた。
僕の中で、何かが決壊したような感覚に陥り、祈りの形をしていた氷が、音もなく砕け散る。
僕は立ち上がった。
法学者達の呼ぶ声が背中に刺さる。けれど、もう意味を持たなかった。神も、清めも、救いも、すべてが灰のように崩れ落ちていく。
掌を彼へとかざすと、冷気が音もなく走る。鎖が瞬時に凍り、ひび割れ、崩れた。乾いた音が地下に響いて、鉄が床に散らばる。
法学者達の声が強くなる。
「やめなさい」
「それは罪であるぞ」
「戻りなさい!」
その声は、もう、僕の耳には届かなかった。単なるの命令の残響。
地下に充満している水蒸気を氷に変え、簡単な足場を作り、彼をその上に乗せた。氷が緩やかに解けていくのを見て、彼の熱が和らいでいるのだと感じる。焦げた皮膚が、微かに震えている。まるで息づく火種を抱えているようだった。
床を凍らせ、法学者達を遮り、僕も氷の足場に乗り上げた。二人を乗せた氷の足場が、浮かび上がるように動き出す。法学者の伸ばした手が届くよりも早く、僕はそのまま駆け出した。
回廊を駆け抜けるように飛んでいく。灯火が砕け、冷気と熱が渦を巻く。上昇するたびに、彼らの声が遠ざかる。
礼拝堂の扉を突き抜けた瞬間、夜風が頬を打った。冷たさに、涙が溢れる。空は暗く、砂塵が舞い、遠くで炎の光が揺れている。
氷の足場が揺れる。その上で、彼の体を支える。呼吸は浅いが、確かに生きている重みが、腕の中にある。
彼のぬくもりを感じたあの日から、神は沈黙し続けている。
その沈黙の中で、僕は初めて、鼓動の音を、聞いた。
階段を降り切ると、そこには冷たい空間があった。滴る水音、燻った油の匂い、祈りを模した床の文様。神の光が届かない場所こそ、罪を清めるのにふさわしいと改めて感じる。
中央に、鎖に繋がれた男がいた。
裸足で、膝をつき、祈りの姿勢をとっている。
男の名はザイードと言った。異端の徒であり、炎の咎人であると法学者達は語る。
黒く焼けた髪は肩で途切れ、蒼炎を孕む瞳は闇の中で奇妙に揺れていた。まるで今にも燃え尽きそうな焚火のように、命の残滓がそこに宿っていた。
僕は彼の前に立ち、息を整える。
この場所の冷気は、いつだって骨の芯にまで届く。だが、それが清めの証だ。
「貴様の罪を数えよ」
そう告げて、僕は掌を彼に向ける。
指先から滲むように白い息が溢れ、冷気が広がった。床に霜の花が咲き、幾何学文様を描いていく。それは礼拝の模様にも似ていた。
氷が音を立てて、男の足元を這い上がる。くるぶし、脛、腰、肩。ゆっくりと凍らせていく。凍傷は痛みではなく、静寂を与える儀式である。そう、語る法学者達の言葉が反芻する。
彼を凍らせるのに比例して、僕の唇も青く震え始めていた。寒さが肺を締め付け、吐く息が氷の粒となって落ちる。
けれど、それもまた信仰の証だ。
僕は祈るように言葉を繋げた。
「罪を答えよ。さもなくば、貴様を殺す」
ザイードは顔を上げ、口の端をわずかに吊り上げた。
「殺す、ねえ……」
掠れた声が、笑いに変わる。
「お前の方が死にそうだ」
僕は反応しなかった。
視線ひとつ動かさず、氷の層を増やしていく。その白い冷気が、まるで祈りそのもののように静かに脈打つ。
だが、男の笑みは消えない。
「なあ。お前、本気で信じてんのか?」
「……」
「神を信じれば救われると、本気で思ってんのか?」
「黙れ」
瞬間、僕の周囲の空気がさらに冷たくなった。氷の針が地面を突き、音を立てて伸びていく。空気中の水分が白く濁り、呼吸すら凍る。
男の頬に霜が降りた。唇の端が白く凍りつく。それでも彼は笑っていた。
「いいねえ。寒さは嫌いじゃない」
挑発するような彼の言葉に、頭に血が上る。
氷を、さらに這い上がらせる。足元から肩、そして首筋へ。白が広がるたび、僕の指先は感覚を失っていった。冷たさが、信仰の代償のように僕の体を蝕んでいく。
それでも、止めなかった。冷気は神の御手。僕の命など、道具のひとつにすぎない。
「貴様の罪を答えよ。目的は何だ」
ザイードの唇が微かに動いた。
「……神を殺すこと」
氷の針が彼の肩を貫いた。けれど彼は呻きもしなかった。その眼差しは、なお蒼く燃えていた。
僕は、ほんの一瞬だけ、息を飲んだ。それが寒さのせいか、違う理由なのか、自分でも分からなかった。
氷の花が、静かに散った。
この日も、地下には闇が降りていた。ここには昼も夜もなく、時間の代わりに油灯の炎が息をしている。その灯りがゆらめくたび、冷たい石壁がわずかに光り、空気の中に鉄と湿気の匂いが満ちていた。
僕は長い階段を降りながら、法学者達の言葉を思い出していた。
「異端者を尋問せよ」
「反政府組織〈アルミナ〉の居所を探り出せ」
「異端者は一匹残らず駆逐しなければならないのだ」
彼らの命令は、いつだって祈りのように整然としている。僕はその通りに動く。それが、神に仕える者の務めだから。
牢の前で足を止める。鉄格子の向こうは、夜よりも暗かった。油灯が一つ、壁に掛けられている。煙が滞り、光はゆらめきながら空間を漂っている。
その中央に、男がいた。
いつもと同じ、鎖で繋がれ、膝を折り、祈りの姿勢のまま俯いている。焦げた髪の間から覗く蒼炎の瞳だけが、灯の反射を受けて鈍く光った。
「顔を上げよ」
低く命じると、男はゆっくり顔を上げた。その動作ひとつで、鎖が擦れる音が静寂を引き裂く。
「貴様の仲間はどこにいる」
「……」
「答えよ」
沈黙が、氷のように広がる。彼の唇がわずかに動くが、言葉にはならない。
僕は手をかざし、冷気を走らせた。足元の床石が白く変わり、霜の線が幾何学を描いていく。
「さもなくば、貴様を殺す」
男は息を吐き、笑うような声を漏らした。
「昨日と同じだぜ。ガキに拷問は早いんじゃねえのか」
その言葉が、冷気よりも不快に胸を刺した。僕は呼吸を乱さず、氷を進めた。床から伸びた冷気が鎖を伝い、男の両腕を覆っていく。
「仲間はどこだ」
「さあな」
「誰が命じた」
「誰も。俺はただ神を殺すだけだ」
言葉の端に熱を感じる。それは怒りを超えた、一種の執念のような狂気を孕んだ声色だった。
僕はさらに冷気を強めた。氷が男の胸元まで這い上がり、衣の端を掠めた。布が硬直し、裂ける音がした。
――その下に、何かがあった。
灯の光が揺れ、彼の肌に刻まれた模様が浮かび上がる。焼け焦げた皮膚に、円と直線が絡み合っている。それは単なる傷跡ではなかった。
祈りの壁に描かれる文様。神の象徴。
礼拝堂に刻まれたものと、まったく同じ形。
息が詰まった。それが冷気のせいなのか、それとも別の何かのせいなのか、自分でも分からなかった。
神の印は、人に刻まれるものではない。
それは神の創造のありのままの象徴であり、祈る者が地に伏して仰ぐためのものだ。
「……これは、なに」
僕の声は、思っていたよりも掠れていた。
男は、ゆっくりと顔を上げる。焦げた頬にかすかな笑みが浮かんだ。
「知らなかったのか」
「答えよ! これは、一体――」
「人間に光を宿すのさ。俺を、神に、するんだ」
「――!」
氷の針が床を貫いた。結晶が音を立て、空気が震える。だが、その言葉の残響だけが、なお耳の奥に残っていた。
男の瞳がゆっくりと僕を見た。その蒼が、氷と炎の境界のように淡く揺れる。
「どうした。見慣れた印だろう」
その言葉で、胸の奥が冷たく裂けた。理屈ではなく、体が反応した。まるで凍った心臓の奥を、針で突かれたような痛み。
僕は無言で掌をかざし、印の上に氷を重ねた。表面が光を失い、白く覆われていく。それが見えなくなっていくたびに、なぜか胸の奥が、強く締めつけられていった。
「祈れ。貴様の息が尽きるまで、神の名を呼び続けろ」
低く命じる声が、自分のものではないように聞こえた。
男は動かない。ただ、笑みとも溜息ともつかない吐息を漏らした。
僕は背を向けた。
鉄格子を閉める音が、地下の静寂に吸い込まれていく。扉の向こうに出たとき、ようやく息を吐いた。冷たい空気を吸っているのに、胸の奥は熱を帯びていた。まるで、知らぬうちに、自分まで焼かれているようだった。
***
その夜、祈りの声が途絶え、聖都が静寂に沈んだ頃、僕は、誰にも告げずに礼拝堂の階段を降りていた。
油灯の明かりは遠く、足音ひとつが壁に反響して何度も返ってくる。冷たい石段を踏むたび、靴底の下から「戻れ」と囁くような音がした。
資料庫は、地下礼拝堂のさらに奥にある。
鍵は、僕を寵愛する法学者の部屋から盗んだ。彼からの寵愛を受けることは、神に愛されると同義であると話す法学者達の声が、今は欺瞞に満ちている。
指先で触れるだけで、鉄の冷たさが皮膚を切るようだった。鍵穴の音がやけに大きく響く。扉が開いた瞬間、閉じ込められていた空気が、溜息のように僕の顔を撫でた。
中は暗く、乾いた匂いがした。紙、革、そして古い血のようなにおい。油灯を灯すと、淡い橙が書架の列を浮かび上がらせる。
長い影が壁に伸び、それがまるで、眠る蛇がゆっくりと目を覚ますように見えた。
――やめろ。
心のどこかで、声が響く。しかし、手は止まらなかった。僕は本棚を探り、背表紙を確認していく。
『寄進財目録』『信徒奉仕録』『施物記録帳』。
どれも関係のない記録ばかりだった。それでも探さずにはいられなかった。あの印の意味を、知らずにいられなかった。
一冊、また一冊。指先に紙の繊維が擦れ、爪に埃が溜まる。どの背表紙にも、知っている言葉しかない。
段々と、息が荒くなっていく。一体、何を探しているのか、自分でも分からないほどだった。
そして、最奥の棚の上段。厚く埃をかぶった一冊が、指先に触れた。
革装丁、焼け焦げた背表紙に、見覚えのある文様。
僕はそれを引き抜いた。軽い音を立てて、埃が宙に舞う。表紙を開いた瞬間、心臓が一拍、大きく跳ねる。
『人体適合実験』
その六文字が、真っ黒なインクで刻まれていた。
視界の端で、油灯の火が揺れる。炎が息を呑むように細くなり、部屋全体がわずかに震えた。
ページをめくる。
『光の適合度』『祈りの強度と肉体反応』『神性変質』
知らない言葉のはずなのに、意味がわかってしまう。
文字を追うごとに、体の温度が下がっていく。背中に伝う汗が、やけに冷たい。
ページをめくり続ける。
そのページには、図が描かれていた。人体の中央に、円と線で構成された幾何学。光を象るようなその模様。
僕は息を止めた。
見覚えがあった。
その文様は、ザイードの肩に刻まれていた、あの焼印と同じ形。
指先が震えた。思わず本を閉じようとしたが、腕が動かない。胸が締め付けられる。
「そんなはずが……」
声が掠れた。息がうまく入らない。僕は後退る。
書架が音を立てて軋む。灯の光が乱れ、影が壁を這う。その影がまるでわらっているように見えた。
「神の光を……人に……」
自分の口から出たその言葉が、ひどく遠く聞こえた。
否定したかった。否定しなければ、僕が崩れる。けれど、目が離せなかった。
指先で触れたインクの跡が、熱を持っているようで、触れた瞬間、皮膚が焼けるような痛みを感じる。
恐怖でもなく、罪悪でもなく、ただ、初めて、未知という感情を知った。
僕は本を閉じ、胸に抱いた。心臓が暴れる。その鼓動がやけに大きく響く。
神の名を唱えようとしたが、声が出なかった。
そして、その沈黙こそが、僕の中に、疑いという名の最初の熱を生んでいたことに気が付く。
灯の火が、ふっと消えた。闇の中で、まだ本の焼けたような不快な匂いだけが残っていた。
***
翌朝、地下の空気は昨日よりもさらに重く冷えていた。油灯が揺らめき、天井の光が濁る。
僕は再び、あの牢へ降りた。
昨夜、あの記録を読んでから、眠れなかった。祈ろうとしても、言葉が喉の奥で砕けた。唇を動かしても、神の名は出てこなかった。
だから、確かめに来た。目の前の男、この異端者が、嘘をついているのかどうか。
鉄格子を開ける音が、やけに大きく響いた。彼は、未だに鎖に繋がれたまま、俯いている。蒼い瞳が、光を拒むように伏せられていた。焼け爛れた身体が、冷えた空気の中で微かに震える。
「貴様に刻まれた文様は何だ」
僕の声は、思ったよりも荒く出た。
彼は顔を上げ、薄く笑った。
「何か見たのか」
「答えろ」
声が震えた。冷気を帯びた空気が肺を刺す。なのに、胸の内側は灼けるように熱かった。
「さあな」
男は鎖を鳴らし、肩をすくめた。
「好きにしろよ。奴らのように、嬲るなりなんなりと」
「ふざけるな!」
「……お前、本気で知らねぇのか?」
彼の声に、わずかな哀れみが混じった。
「――人間に、光を宿すのさ。要するに、神をつくるんだ。人間を器にして。俺は、その失敗作ってこと」
僕は息を呑んだ。
言葉の意味が理解できない。理解できないのに、心臓が嫌に早く打つ。
「嘘だ。神が……そのようなことを許すはずがない」
男は小さく笑った。
「許す? 笑えるな。神なんて、存在しない。人が、神に、されるんだよ」
「黙れ!」
氷の刃が僕の手のひらに形を成した。空気が一瞬、泣くような音を立てて凍る。それを振り下ろした瞬間、金属の鎖が軋み、蒼い閃光が走った。
氷の刃が、彼の胸を深く、裂いた。鮮血が床に落ち、冷たい石畳を汚した。
「っは……」
彼は息を漏らし、笑った。
「お前の、大好きな法学者共はな、俺の、焼けた肉の匂いを嗅いで、笑ってたよ」
笑い声が、氷を裂くように響いた。
僕の呼吸が止まり、胸の奥に何かが落ちる。
そんなことはない。そう信じたかった。法学者達は、皆、優しかった。僕を育み、愛し、生きる価値を与えてくれた。神の愛を教えてくれた。夜、体温が下がり続け、眠れない僕を抱きしめ、祈りを唱えてくれた。あの温もりを、僕は今でも覚えている。
「あなたは神の子なのですよ。光に選ばれた、尊き存在なのです」
優しい声。微笑む顔。僕はその言葉を信じて、生きてきた。信じることでしか、ここに居られなかった。
なのに、彼の言葉が、その記憶を汚していく。あの笑顔の裏で、同じように誰かを焼いていたのかもしれない。その炎の色は、神の光と呼ばれていたのかもしれない。
「……やめろ」
僕の声は震えていた。自分の声とは思えないほど、か細く、震えていた。
「どうした。ガキには少し、刺激が強すぎたか」
「黙れ!」
もう一度、氷を放つ。だが、刃は途中で砕け散った。
僕の手が震えていた。寒さのせいではない。自分でもわからない震えだった。
男は肩で息をしながら、薄く笑った。
氷の粒が床に散り、血の上で静かに溶けた。水と血が混ざり合い、冷たい小さな湖を作る。
視界の端で、油灯が揺れた。壁の影が伸び、僕の形を飲み込む。
その影の中で、僕は初めて神の沈黙を知った。
***
香の匂いがする。
彼の部屋は、昼よりも明るい。金の灯が壁を照らし、絨毯の上には祈りの跡が幾重にも重なっている。
彼はいつも、穏やかに笑って、僕を呼ぶ。
「おいで」
その声は祈りと同じ調子で、昼間よりも柔らかかった。
肌を晒されるたび、布の擦れる音がやけに大きく響いた。香油の甘い香りが空気に溶ける。
彼の指が背をなぞる。
それは彼からの無償の愛であり、神に愛されるための儀式でもあった。
目を閉じ、祈りを捧げても、神の御声が聞こえない。そこにあったのは沈黙だけだった。
夜が終わるころ、彼が僕の頬に触れ、囁いた。
「――もう、地下には降りなくて良い」
僕は何も言わなかった。言えなかった。
その声音には、優しさと同じくらいの恐れがあり、底知れぬ恐怖のようなものを肌で感じる。
「異端者は穢れだ。お前のような子は、触れてはならない」
彼は微笑みながら言ったが、その微笑の裏に、何かが潜んでいた。言葉の奥にあるのは、祈りではない。
秘匿。
何かを必死に隠そうとする、危うさだった。
僕は静かに頷いた。それが正しい返事だと分かっていた。けれど、心の奥で何かがざらついていた。
あの男の声が蘇る。
鎖の音。焦げた匂い。蒼い瞳の残像。忘れようとしても、思考の隙間から滲み出してくる。
その夜、祈りの言葉は喉の奥で凍った。唱えようとしても、声にならなかった。
冷たい空気を吸い込む。
礼拝堂の外には、風が吹いていた。砂を含んだ夜風が頬を掠め、どこか遠くの鐘の音を運んでくる。
彼は穏やかな寝息を立て、静かに眠っている。
部屋の壁には、複数の鍵が掛けられていて、そのうちの一つが夜闇に光っている。
禁じられた。知ることを。それでも、足が動いた。鍵を取る指先が震える。それは恐怖ではなく、何かにあてられた情熱に似ていた。
確かめなければ、祈れない。祈らなければ、生きられない。
一歩、一歩と踏み出すたびに、空気が重くなる。神の光が届かぬその場所に、僕の心が引かれていた。まるで、そこにしか、真実の光がないと知っていたかのように。
***
地下へ続く階段を降りるたび、空気が変わっていった。
いつもであれば、息を吸えば肺が凍るほどに冷たいはずのこの場所が、今夜は妙に熱を孕んでいた。
息が重くなり、喉が渇く。冷気の世界で生きてきた僕にとって、それは異常そのものだった。
一段降りるごとに、熱は高まり、まるで世界を焼き尽くそうとしているようだった。油灯の火が共鳴するように強まり、焦げた香油の匂いが漂っていた。
地下の空気に熱が混じるなど、ありえないことだが、その熱には覚えがあった。
あの男の、蒼い炎。
牢の扉を開けた瞬間、熱が顔を叩いた。空気が膨張し、蒼い炎が揺れている。
鉄格子の向こうでは、男が倒れていた。
いつものように膝をついてはいない。鎖が弛み、両腕がだらりと伸び、指先が痙攣している。焼け焦げた皮膚が汗に濡れ、熱気が立ちのぼる。
まるで牢そのものが燃えているようで、息ができない。
僕は、ゆっくりと足を踏み入れた。
冷気を放とうと意識するが、空気が熱に負ける。掌の感覚が鈍くなり、喉の奥が痛い。
それでも、歩みを止められなかった。
あの鎖の音の向こうに、まだ命の気配があった。
近づくと、男の胸が微かに上下しているのが見えた。熱に歪む空気の中で、その動きは幻のように儚い。唇がわずかに開き、かすれた声が漏れた。
「……そろそろ……かもな」
その言葉が空気の中で溶け、耳に届く頃には、もう息と見分けがつかなくなっていた。
僕は彼のもとへと行き、膝をついた。焼ける床の上で、冷気を失った手を伸ばす。指先が彼の肌に触れた瞬間、痛みが走った。
皮膚が焼ける。
それでも、離せなかった。掌に力を込めると、冷気が滲み出し、白い霧が立ち昇る。空気が凍り、油灯の炎が揺らいだ。霜が音もなく広がり、男の肩を覆っていく。熱が静まり、焦げた匂いが薄れていくと、彼の呼吸が、浅く、静かに整っていく。
時が止まったように、氷が床に滴り落ちる音だけが響く。冷と熱とが触れ合い、互いを侵しながら形を失っていく。
それは、神への儀式でも祈りでもなかった。ただの、人のためだった。
僕の指先が震える。
冷たいはずの手が、微かに温かい。その温度が、皮膚から骨へ、そして胸の奥へと伝わっていく。まるで、彼の命が僕の中へ流れ込んでくるようだった。
息を吸うたびに、喉の奥が熱くなり、涙のような痛みが広がる。罪の意識が、刃の形をして心を刺す。
それでも、僕は、手を離せなかった。
やがて、彼の唇が動いた。声にならない息の中で、かすかに言葉が生まれる。
「……あたたかい」
その響きが、僕の胸の奥に深く、静かに沈んでいく。彼の呼吸が落ち着き、熱がゆるやかに消えていく。
僕は、自分の手を見つめた。その指先には、霜の代わりに、薄い赤みが残っていた。焼けた痛みと、微かな温度。
神の光ではない。人のあたたかさだった。
そのぬくもりは、恐ろしいほどに優しく、神よりもずっと近くにある温度だった。
冷たい空気が再び満ちていく中で、僕は初めて、人のあたたかさを知った。
***
朝の祈りの鐘が鳴る頃、聖都の空はまだ薄く青く、冷気が残っていた。礼拝堂の回廊を歩くと、石壁に染みついた香の匂いが、夜の名残のように漂っていた。
いつも通りの朝。そのはずだった。けれど、その静けさの奥に、何かがひずんでいるのを、僕は肌で感じ取っていた。
息を吸っても、空気が少し重い。光が濁って見える。まるで、この街全体が、何かを言い出せずにいるような気配。
祈りを終え、額を上げた瞬間、法学者のひとりが僕を呼び止めた。
彼はゆるやかに笑っていた。その笑みは、見慣れたものだった。慈愛の形をした支配の面。何度も何度も見てきた、あの柔らかな仮面。
「おいで」
そう言われた瞬間、背筋がかすかに強張った。声の温度が、空気の冷たさに似ていた。
「お前に、知らせておかねばならぬことがある」
胸の奥で、何かがゆっくりと沈む。言葉はまだ続いていないのに、もう理解してしまっていた。
彼の唇が動く。音が遠い。
「異端の男は、今夜、処刑される」
瞬間、視界の縁が白く滲む。吐いた息がうまく外に出ていかない。心臓が、痛いほど静かに打っていた。
「昨夜、お前が地下へ降りたことは、知っている」
彼は静かに言った。
「責めているわけではないよ。お前は、まだ子供なのだから、好奇心をくすぐられるのは仕方がないね。でも、私達は、お前を思って言っているのだよ」
その声は優しく、あたたかな掌のように僕を包み込んでくる。
「今夜の儀は、清めだ。あの男は、罪を抱えて生まれ、炎を宿して死ぬ。それが世の理なのだよ。お前は、ただ見届ければいい」
その言葉がどこか遠くで繰り返されている。彼の声が、祭壇の奥で反響するように聞こえる。
僕は頷こうとしたけれど、首が動かない。何かが、喉の奥に詰まっているようで、声が出なかった。
「お前は選ばれた人間なのだから。心を乱してはいけないよ」
乱してはいけない。
その言葉が胸の中で何度もこだまする。静かな声なのに、鋭い刃のようだった。
祈りを装った命令。
愛を語る拘束。
そのとき、なぜか、昨夜のことがよみがえった。冷たい空気の中で、確かに感じたあのぬくもり。僕の掌に残った温度。熱に焦がれ、命を燃やそうとした彼の声。
「……あたたかい」
まるでその言葉だけが、今も胸の奥で燃え続けているようだった。
法学者の口が、まだ何かを語っている。世の理だとか、清めの儀だとか、祈りだとか。
だが、もう何も耳に入らなかった。
目の前の景色が遠ざかっていく。白い光が、視界の隙間からこぼれ落ちる。心臓の鼓動が早まる。胸が熱い。
気がつけば、足が動いていた。
彼の声が、遠くで揺れている。
「どこへ行く。戻りなさい!」
それでも歩みは止まらなかった。冷たいはずの空気が、妙に熱を帯びていて、地下の方角を見た瞬間、身体の奥から何かがはじけた。
行かなければ。
その言葉だけが、はっきりと浮かんだ。神の声ではない。けれど、それは確かに、僕の心の底から聞こえてきた。
僕は振り返らなかった。ただ、歩みを進めていく。朝の光が背中に当たり、その冷たさが胸を突く。視線の先には、いつもの地下へとつながる階段がある。
神の影が支配する世界。その闇へ向かって、僕は足を踏み出した。
階段を降りるたびに、空気の質が変わっていった。上の世界の冷たい空気が、ひとつ、またひとつ、背後へと遠ざかっていく。代わりに、湿った空気が肺に満ち、鉄の味が舌の奥に染みた。いつもより熱いそれが、彼の命を燃やす熱であると分かった。
地下は静かだった。油灯は消えていたけれど、暗闇の中に、青く淡い光が漂っていた。
その光は、炎ではなかった。
まるで、死にかけた星が最後に放つ残光のように、儚く揺れていた。
足を踏み入れた瞬間、熱が頬を撫でた。冷たくあるはずの空間が、まるで息をしているように生温かい。胸が痛いほど脈打つ。祈りを捧げるために生きてきたこの身体が、今はまるで異物のように重い。
鉄格子の向こうで、男が倒れていた。鎖が緩み、彼の身体は床に崩れ落ちている。焦げた皮膚の下で、まだ小さく光が蠢いている。それは命の残り火。死の直前の、最も静かな輝きだった。
「……まだ、生きている」
声に出した自分の言葉が、やけに遠く聞こえた。彼は反応しなかった。ただ、浅い呼吸を繰り返している。焼けた胸の奥から、微かな音がした。それが鼓動なのか、炎の名残なのか、僕には分からなかった。
その時、背後で衣擦れの音がした。振り返ると、法学者達が階段の影に立っていた。
誰も声を荒げなかった。彼らは、いつも通りだった。穏やかで、微笑んでいて、まるで祈りを捧げているかのような顔だった。
「おいで」
一人が言った。その声は、あの夜に囁かれた声と同じ響きをしていた。柔らかく、暖かく、まるで逃げ場を奪うかのように優しかった。
「お前は選ばれた人間なのだよ。そこにいてはいけない。戻っておいで」
その瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
戻っておいで。その言葉が、どれほど恐ろしい意味を持つかを、僕はもう知ってしまっていた。
あの夜の優しさが、支配の形であったことを。あの手の温もりが、僕という存在を道具に変えていったことを。
彼らの笑みが、闇の中でゆらめく。僕の名を呼ぶ声が、まるで祈りの旋律のように響く。身体が硬直して、動けなくなる。
そのとき、視界の端で、男がわずかに動いた。
唇が、かすかに震え、息のような声で、言葉が零れた。
「……生きろ」
それだけだった。だが、その声が、世界を変えた。音が消え、空気が震えた。
僕の中で、何かが決壊したような感覚に陥り、祈りの形をしていた氷が、音もなく砕け散る。
僕は立ち上がった。
法学者達の呼ぶ声が背中に刺さる。けれど、もう意味を持たなかった。神も、清めも、救いも、すべてが灰のように崩れ落ちていく。
掌を彼へとかざすと、冷気が音もなく走る。鎖が瞬時に凍り、ひび割れ、崩れた。乾いた音が地下に響いて、鉄が床に散らばる。
法学者達の声が強くなる。
「やめなさい」
「それは罪であるぞ」
「戻りなさい!」
その声は、もう、僕の耳には届かなかった。単なるの命令の残響。
地下に充満している水蒸気を氷に変え、簡単な足場を作り、彼をその上に乗せた。氷が緩やかに解けていくのを見て、彼の熱が和らいでいるのだと感じる。焦げた皮膚が、微かに震えている。まるで息づく火種を抱えているようだった。
床を凍らせ、法学者達を遮り、僕も氷の足場に乗り上げた。二人を乗せた氷の足場が、浮かび上がるように動き出す。法学者の伸ばした手が届くよりも早く、僕はそのまま駆け出した。
回廊を駆け抜けるように飛んでいく。灯火が砕け、冷気と熱が渦を巻く。上昇するたびに、彼らの声が遠ざかる。
礼拝堂の扉を突き抜けた瞬間、夜風が頬を打った。冷たさに、涙が溢れる。空は暗く、砂塵が舞い、遠くで炎の光が揺れている。
氷の足場が揺れる。その上で、彼の体を支える。呼吸は浅いが、確かに生きている重みが、腕の中にある。
彼のぬくもりを感じたあの日から、神は沈黙し続けている。
その沈黙の中で、僕は初めて、鼓動の音を、聞いた。
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