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本編

第五十五話

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 昼休憩が終わり、午後の授業の時間になった。
 会長と貴久先輩は生徒会室に残る気満々だったが、昨日に続いて今日まで休ませるわけにはいかない。
 何とか授業に出るように説得し、二人は渋々出て行った。

 三人が並ぶ後ろ姿を見ると、立派な息子達を送り出すお母さんのような気持ちになって胸が熱くなった。
 「いってらっしゃい!」と笑顔で手を振ると、会長だけ戻ってきて「いってきます」とギュッと抱きしめられた。
 貴久先輩も続いて同じことをしようとしたが、会長がラリアットをかけながらそのまま連れていった。

 かなり痛そうでヒヤヒヤしたが、そんなやり取りをしている二人を見るとまたお母さんの気持ちに戻った。
 反抗期の息子達が仲直りをしてお母さんもホッとしました。

 一人になると、早速シュレッダー作業を再開した。
 会長達が戻ってくるまでに終わらせることが出来たらいいのだが……まだ無理かな。
 でも出来るだけ減らそう。

 同時に何枚重ねて処分をすることが出来るか検証してみたり、いかに途切れないよう滑らかに投入できるか挑戦して見たり、自分なりに効率の良い方法を探しながら黙々と処分を続けた。
 途中に一気に入れすぎて詰まらせてしまったり、クズを入れる替え用の袋がなくなったりとハプニングはあったが順調に数を減らしていった。
 割と早く時間の流れを感じながら作業をしていたが、 同じことを延々と続けていると眠くなってきて……睡魔と戦っているうちに会長以外の生徒会メンバーが戻ってきた。

「おお、広い! 大分綺麗になった。頑張ったな、新人ちゃん」
「はい!」

 先頭で生徒会室に入ってきた副会長に頭を撫でられ、嬉しくなった

「木野宮君、休まなくてよかったのか?」
「大丈夫です」

 続いて入って来た浅尾先輩が心配をしてくれた。
 浅尾先輩が手に持っていた小さなナイロン袋を差し出されたので受け取ったら、パックのカフェオレとプリンが入っていた。

「プリン好き? 食べられる? ちょっと休憩しなよ」
「好きです! ありがとうございます!」

 なんて気が利くんだ、浅尾先輩!
 ちょうど喉が渇いていたし、甘い物が食べたいと思っていた。

「浅尾、そんなものを持っていたのか。ずるいな、私も零君を餌付けしたかった」

 最後に入って来た千里先輩が浅尾先輩に声を掛けた。

「餌付けなんてしてないよ!」

 浅尾先輩は焦ったように抗議をしている。

 「千里先輩に餌付けされる」と想像するとドキドキするなあ。

「浅尾ー、湊がいない間にポイントを稼ぐとはやるなあ!」
「ポイントを稼ぐ!? そんなつもりじゃ……!」

 副会長の言葉にもあたふたとしながら必死に否定をした。
 浅尾先輩は弄られキャラでもあったようだ。

 落ち着いた浅尾先輩が「ここで食べてもいいんだよ」と声を掛けてくれたが、僕以外は誰も飲み食いをしないようなので後で食べよう。
 でも本当は今食べたいなあなんて思っていると、千里先輩が遠慮しないで良いと言ってプリンの封をあけて渡してくれた……と思ったのだが。

「ほら、口開けて。あーん」
「え……」

 からかっているわけでもなさそうな、普段通りの普通の表情でそう言われ……これ、どうしたらいいの。

「新人ちゃん待って、写真撮るわ! ……可愛い子同士で……これはいい……」
「撮らないでください!」

 スマホを探してズボンのポケットを探っている副会長に写真を撮られないうちに食べてしまおうと、思い切って口を開けたらすぐにプリンが舌の上に乗った。
 美味しい! ……でも恥ずかしい……。

「ごめん、弟が可愛かったらやってみたかったことの一つなんだ」

 そう言って残りのプリンを渡してくれた。
 全部をあーんで食べなくていいようでホッとした。
 弟が可愛かったら……今までやったことがない口ぶりだな。
 早川は千鳥先輩にとってずっと可愛くない弟だったのかな。

 というか、僕のことは可愛い弟みたいだと思ってくれたってことなのかな?
 だとしたら嬉しい!

「ちりちゃん、オレにもしてくれない?」
「副会長はどんな風に脳内処理をしても可愛い弟にはなりませんのでお断りします」
「冷たい。でも弟になりたいわけじゃないからいっか」

 副会長はそう言いながら意味ありげな視線を千里先輩に向けた。
 その視線を無視するようにスッと顔を背けた千里先輩だったが、いつもよりも表情は柔らかいように見える。
 そういえばこの二人の関係って謎だった。
 どう見ても良い感じなのに「まだ付き合っていない」みたいなことを副会長が言っていた気がする。

「あ、そうだ」

 プリンを食べながら二人の様子を見守っていると、副会長が何か思い出したようで僕を見た。

「佐野山のことだけどさ、退学で決まりそうだわ」
「!」

 攫われたことやそれまでに起きたことを、事件として警察に届けることは僕の意思でやめて貰った。
 事件ともなれば暫く佐野山と関わらなければいけない。
 攫われた時のことを詳細に人に話さなきゃいけないのも嫌だった。
 だから僕の希望は学園で一番重い処分の『退学』だったのだが、望んでいた通りになってホッとした。
 会長達が一年の時に体験したいじめ事件の時のように無罪放免にされたらどうしようとビクビクしていたのだが、杞憂だったようだ。

 実は会長達が「示談で事件として扱わないことにしているが、理事会が停学処分を認めないなら示談は取りやめると」と伝えたらしい。
 事件になるくらいなら、特に庇う理由のない学生一人の退学なんて安いものだとあっさり聞き入れられたそうだ。
 なので佐野山の退学は、まだ正式には決まっていないがすぐに確定するだろうということだった。

「あと学園都市にも立ち入らない。新人ちゃんに近づかないって約束させているから。これを破ったら、すぐにあいつが君にしたことの証拠を警察に出すようにしている。だからまあ、二度とあいつの顔を見ることはないだろ!」
「ありがとうございます!」

 あいつの顔を二度といなくてもいいのは、僕にとってはこの上ない朗報だった。
 ああ、良かった!!

「湊、超頑張ったぞ。あとでサービスしてやってくれ」

 前半は「そうか、会長が頑張ってくれたのか」と感激しながら聞いていたのだが……サービス?
 意味ありげなウインクされましても……。

「さーびす……とは……」
「さあ? オレは湊が喜ぶことなんて分からないし考えたくもないけど、新人ちゃんなら分かるんじゃない?」
「……」

 ええ……なんだろう?
 料理はまずは一緒にしろと言われているし……。

「ま、本人に聞いてみてもいいかもね?」
「! そうします」

 サプライズ的なことをしたい気もするが、良い案が浮かばないの副会長が言うように本人に聞いてみよう。

「あ、あとね。あいつもう、新人ちゃんに興味がないと思うから安心して!」
「え? どういうことですか?」

 副会長が僕にはとても嬉しいことを言ってくれたが、千里先輩が微妙な顔をしている。

「あいつにね、『可哀想に……早川千鳥が泣きながら君の心変わりを嘆いていたよ』と囁いたら、目を輝かせて『千鳥ちゃん! 浮気してごめんよ!』って叫んでたから」
「!!!!」

 それは……佐野山の興味が早川に戻ったってこと?
 どや顔をしている副会長のことを崇めたくなった。
 なんという人なんだ……神か!

「副会長凄い!!」

 執着されたり逆恨みされたら嫌だなと思っていたが、その杞憂も払えた。
 僕は思わず立ち上がって喜んだ。

「愚弟は自業自得だが……あんな奴が家の周りをうろうろし始めたらどうしてくれるんですか……」
「あ!」

 佐野山が早川に付きまとうようになったら、千里先輩にも被害がいくかもしれない。

「大丈夫、ちりちゃんのことはオレが守るし、あいつ学園都市内には入っちゃ駄目だから」
「あいつが約束を守ればいいですけどね……」
「佐野山の保護者の方に念を押しているから大丈夫だと思うよ」

 その辺りも副会長はしっかり手を回しておいてくれたらしい。
 さすがに親は息子が犯罪者になるのは困るだろうから必死に見張ってくれるだろう。

「千鳥は一週間停学にしかならなかったんだ。ごめんね」
「そうなんですか。……千里先輩が謝ることじゃないです」

 早川は退学まではいかないとは思っていたから、特になんとも思わない。
 退学になって僕の視界からいなくなれ-! と思うこともあるが、どうしても千里先輩の弟なので厳しいことは言えない。
 それに僕はあいつのことは心底嫌いだし腹が立つけど、どうも憎みきれないところがある。
 同じ人を好きになったシンパシーなのか、馬鹿すぎて怒りも湧かないのか分からないけれど……。

「復学初日は君に土下座させるから、頭を踏む練習をしておいて」
「あはは……」

 今日一番の笑顔を見せてくれた千里先輩に苦笑いを返した。
 貴久先輩も佐野山の頭を踏んでいたが……僕は特にそんなことはしたいとは思わないです……。
 千里先輩が踏むと需要がありそうだ。

 そんなことを思っていると生徒会室の扉が開いた。

「会長!」
「頑張ったようだな」

 中に入って来た会長は部屋の中を見渡すと、あと僅かになった書類を見て褒めてくれた。
 嬉しくなって飛びつきそうになったが、ここが生徒会室だということを思い出して我慢した。
 
「会長、佐野山の件で頑張ってくれたんですよね? ありがとうございました! 会長にお礼がしたいです」
「良かったなあ、湊。新人ちゃんが何でもサービスしてくれるってさ」
「サービス?」

 僕の目の前まで来た会長がさっきの僕のように顔を顰めている。

「何がいいですか? 僕、なんでもします!」
「!」

 本当になんでもいいです、どんと来い! と会長を見上げると目を見開いていた。
 驚く様なことじゃないと思うのですが……。

「よかったなあ。『な ん で も』するってさあ。羨ましいよな、浅尾」
「俺に話を振らないでくださいっ」

 一部を強調してニヤニヤと笑っている副会長に同意を求められた浅尾先輩の顔が真っ赤だ。
 ちょっと待って、どういうことを考えているのか教えてください!

「……考えておく」
「あ、はい」

 会長まで妙に顔の血色が良いように見えるのですが……。
 僕は何をさせられるのだろう。
 なんでも、なんて言ったのを少し後悔した。

「ちりちゃん、オレも超頑張ったんだー。ご褒美くれない?」
「どうぞ」
「これなに?」
「今日のお仕事です」
「……湊、貴久に新人ちゃんを奪われてしまえ」
「ああ?」
 
 千里先輩からファイルを渡された副会長は会長向けて何かボソッと呟くと、執務室の方へ消えていこうとしたが……僕が引き留めた。

「待ってください副会長! 僕、副会長にもお礼がしたいです!」

 会長にもお世話になったが、副会長にもお世話になった。
 千里先輩や浅尾先輩にもお世話になったのでお礼をしたいが、休みの日まで僕関連のことで学園に来ていたことを聞いたし、副会長には特にお礼がしたい。
 僕の言葉を聞くとトボトボと歩いていた副会長だったが、嬉しそうに振り返った。

「オレにもなんでもしてくれる?」
「はい!」
「木野宮! 彩斗は使うものなんだから改めて礼なんていらない」
「おい!」

 まるで副会長のことを道具のように言う会長に止められたが、副会長には部屋を手配して貰ったりもしているし、絶対にお礼をします!

「一個お願いしていい?」

 そう言ってニヤリと笑った副会長の『お願い』を聞いて、僕は「それはいい!」と頷いたのだった。
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